すももの花です。

お母さん!!
心がわが子に向いていますか??
心が離れていませんか。
何故、子育てに疲れるのでしょうか?
毎日毎日、わが子にたくさんのことをしてあげてるのに。
わが子は、夜泣きや愚図る。用事をしようとすると泣いたり、抱っこを要求する。
そんな状態にいて、子育てを辛く感じているあなた。
今のあなた自身の心の中を感じてください。
心は、わが子に向いていますか??
外ばかり向いていませんか。
外に救いを求めるようにいろいろな場所をさまよっていませんか!!!
なんやかんやと「無駄な用事」をいれて外出していませんか?
子どものことにかこつけて。
自分の安心を得るために。
出かけて「安心」を得られますか。
自宅に帰ってあなたは「満足」かもしれません。
しかし、わが子の「機嫌」が悪いのではないですか。
自分のエゴに振り回される「わが子は犠牲者」です。
外にいったら「我慢」しなさいの連続。
親の御前が我慢せい。
お母さんと大好きな家で思い切り遊んで欲しいのに、それをわかってくれない。
悲しいことです。
無駄な外出は、避けてわが子のために大切な時間をつかってください。
あなたの心がわが子に向かえば外に行く必要はありません。
こころを「ウロウロ」させないでください。
自分の心を見つめ直して心を安定させてください。
お子さんの心も安定しますよ。
わが子と過ごす時間が楽しい時間になりますよ。

お母さん!!
心がわが子に向いていますか??
心が離れていませんか。
何故、子育てに疲れるのでしょうか?
毎日毎日、わが子にたくさんのことをしてあげてるのに。
わが子は、夜泣きや愚図る。用事をしようとすると泣いたり、抱っこを要求する。
そんな状態にいて、子育てを辛く感じているあなた。
今のあなた自身の心の中を感じてください。
心は、わが子に向いていますか??
外ばかり向いていませんか。
外に救いを求めるようにいろいろな場所をさまよっていませんか!!!
なんやかんやと「無駄な用事」をいれて外出していませんか?
子どものことにかこつけて。
自分の安心を得るために。
出かけて「安心」を得られますか。
自宅に帰ってあなたは「満足」かもしれません。
しかし、わが子の「機嫌」が悪いのではないですか。
自分のエゴに振り回される「わが子は犠牲者」です。
外にいったら「我慢」しなさいの連続。
親の御前が我慢せい。
お母さんと大好きな家で思い切り遊んで欲しいのに、それをわかってくれない。
悲しいことです。
無駄な外出は、避けてわが子のために大切な時間をつかってください。
あなたの心がわが子に向かえば外に行く必要はありません。
こころを「ウロウロ」させないでください。
自分の心を見つめ直して心を安定させてください。
お子さんの心も安定しますよ。
わが子と過ごす時間が楽しい時間になりますよ。
今朝はあいにくの雨。
農家には、この雨は歓迎されません。
畑仕事が遅れるからです。
田んぼや畑の耕作が出来ないからです。
山にはツツジが咲き始めました。

薄紫色の花に心を癒されます。
雨に打たれて咲く花も美しい。
春の芽吹きを感じます。
この花を見ると春だと思います。
桜よりも山ツツジが好きです。

雨の日は仕事がはかどります。
5時に起床して、朝食の準備をします。6時に朝食。
食後の片付けをして7時から仕事の開始です。
昨夜は、わらびの煮付けをつくりました。
いただき物のワラビをあく抜きしました。
幸い我が家には「稻藁」がありますのでそれを燃やして灰をつくりそれであく抜きをし、水洗いをして昆布だしをつくり、醤油とみりんで味付けします。
美味しくできましたよ。
農家には、この雨は歓迎されません。
畑仕事が遅れるからです。
田んぼや畑の耕作が出来ないからです。
山にはツツジが咲き始めました。

薄紫色の花に心を癒されます。
雨に打たれて咲く花も美しい。
春の芽吹きを感じます。
この花を見ると春だと思います。
桜よりも山ツツジが好きです。

雨の日は仕事がはかどります。
5時に起床して、朝食の準備をします。6時に朝食。
食後の片付けをして7時から仕事の開始です。
昨夜は、わらびの煮付けをつくりました。
いただき物のワラビをあく抜きしました。
幸い我が家には「稻藁」がありますのでそれを燃やして灰をつくりそれであく抜きをし、水洗いをして昆布だしをつくり、醤油とみりんで味付けします。
美味しくできましたよ。
今日の花は「桜」です。
近所の集落の山に咲く桜が素晴らしいので紹介します。
爺はソメイヨシノや八重桜、しだれ桜よりも山桜が好きです。
同じような花が沖縄をのぞく全国に植樹されているのはおかしいです。
桜の並木などは、皆さん喜んでいるが、爺には作為的で美しいとは思えない。
大阪の造幣局の桜の通り抜けは有名ですが大阪に住んでいたころも一度も行っていません。
行く気にならないのです。
里山や幽谷に葉とともに咲く楚々とした花が好きです。
だれも愛でることがない山桜には、感動します。

今日はお産の記録をご紹介させていただきます。
***********
子宝ママさんのお友達のご出産のお話、とてもすてきなお話だと思いながら読ませていただきました。
私の話など、ちょっと間の抜けたもので、お恥ずかしいのですが
それもまた、私にちょうどいい出産だったのだと思います。
(その割には、かなり長くなってしまいました。すみません。)
いろいろ考えて・・・・とても大切なことがあったので
妊娠する前からお話させていただこうかと思います。
結婚したときに、「子どもはいらない。」と周囲に宣言していました。
子どもの存在をうっとうしいと思うタイプだった私は、間違ってもいらないと思っていました。
また出産も恐ろしかった。
そんな自分が大きく変わるには、約10年かかりました。
少しずつ外堀を埋めるように、いろんなことがありました。
きっと何かの、力が働いていたのでしょう。
振り返ってみると、考え方を変える一番大切な出来事がありました。
元気だった義理の母方の祖父は、縁は遠いいのですが良くしてくださるので、甘えて折々にお顔を見に伺っていました。
その義祖父がアルツハイマーになり、ぼんやり座っているだけになりました。
あれほど元気だった方が、みんなに囲まれて、ぼんやり座っている姿は、寂しいものがありました。
あるとき、6ヶ月位の赤ちゃんを連れたママが、義祖父に挨拶に来ていました。
いつものようにぼんやり座っている義祖父に、お世話をしている叔母が
「おじいさん!この間 産まれたんだよー!」と耳元で大きな声をかけました。
すると、眠るか座るか食べるかだけだった義祖父が、スッ と、手を伸ばし、
抱こうとする素振りを見せたのです。
驚きました。すごく、神々しかった。
その姿に、理屈ではない「命のリレー」をみたような気がしました。
結局、義祖父のその手に赤ちゃんが渡ることはなく、もどかしい思いをしたのですが、
あの命のリレーを女性は身体に宿せる、と思ったら自分の身体を尊く思えるようになりました。
自分にもし、生命が宿せ産み出す力が備わっているとしたら、それを、自分のエゴで無にするようなことは愚かだと思ったのです。
頭で考えることより、もっともっと崇高な営みがあるのだと。
その後、しばらくして、一人を流産し、少しして、新たな命を宿すことができました。
何人分もの命をこの身体に宿し、預からせてもらった思いでした。
近所の病院に行くのが当たり前と思っていたので、何も考えずに通院を始めたのですが、
検診のたび、数値の確認だけ。
今どうやって見えない「我が子」と向き合っていけばいいのか、全く指導がなく、疑問に思いました。
妊娠期間というものを、病院はどう捉えているのだろう?とズレを感じ始めました。
その病院で出産した方々と話す機会がありました。
伺っていると、やたらと、むずかしい薬や知らない処置があるので、
調べていくうちに、出産に果たして自分は耐えられるだろうかという不安も、もたげました。
その頃、偶然にもテレビで「助産師」という仕事を紹介していました。
古い時代のドラマにでてくる割烹着のおばちゃんくらいの印象(すみません!!)だったので、衝撃でした。
出産方法は選ばなくてはいけないと思いました。
これも偶然に、その助産院が行けなくもないところにあり、相談に伺うことにしました。
40歳初産の高齢出産のリスクがあり、受け入れるのは難しいと断られました。
ですが、自分の出産に対する思いのたけをぶつけさせていただいたら、
妊娠期間中は自宅で助産院の助産師さんのケアや検診を受けながら、
出産場所は、外部助産師の入室を認めている病院(フリースタイル出産・カンガルーケア・母子同室・完全母乳)の施設を借りて出産するというオープンシステムなるものを紹介してくださいました。(これ、病院ではあまり公にしていませんでしたが・・・ここで紹介してもいいのでしょうか?)
助産師さんと出会えたことで、ようやく、お腹の子と過ごす妊娠期間の取り組みが、はじまりました。やっと、母親になる準備が始まったような気持ちでした。
出産は雪が降り出す寒い日でした。
私は病院がかなり遠いのを心配していました。
しかし、お腹の子が、病院に早めに行けるようにしてくれたのでしょう。
うっかり勘違いする規則正しい収縮が早朝に起こり、渋滞にまきこまれることもなく
病院に行くことができました。
本当なら帰されるところですが、医師がかすかな破水に気付いてくださり、
朝から、分娩を待つ部屋に居座ることができました。
脱線しますが・・・・、
この日は、月も大潮の前日。
寒さも相まって、たくさんの出産がある日でした。
何人を見送ったことでしょう。なんだか長老の気分でした。
そのなかに気になる妊婦さんがいました。
入ってきたその姿は、膝上スカートにタイツ、ヒールは低めですがパンプス。若い妊婦さんでした。
破水もおしるしもないのに、入ってきてからずーっと酷い痛みを訴えていました。
痛みの「間隔」というのも全くなく、痛がり続けました。
こんなケースもあるのかと怖くなりました。
助産師さんがやってきて、彼女を電気毛布で包みました。
しばらくして、痛みは間隔をあけるようになり、彼女も冷静さを取り戻し、
分娩室は、正しい空気に戻りました。
私の出産は明日だというので、誰にも相手にされず、病院の階段を上り下りしていました。
壁にすがるほど痛みがあっても、がんばりすぎたか、
「そんな歩けるんだからまだまだよー」と言われ、
陣痛とはこんなものではないらしい・・・と誰もわかってくれないーと、しぶしぶ、一日中再び歩き回っていました。
寝る頃になって、寒気がするので、毛布が欲しいとお願いしたときに、破水。
進行が早く、すでに8センチ。
念願の分娩室に移動しました!
本来取上げをお願いする助産院の助産師さんも、立ち会うはずだった主人も間に合わない、医師の到着も間に合わず、という、スピード出産となりました。
誰もいないこの心細い状態を、パッと見て8人くらいの助産師さんがすばらしいチームワークで動いてくださるのがわかりました。
陣痛は、ものすごいエネルギーでした。
赤ちゃんってエネルギーの塊!!!すごいものだと思いました。
こんなエネルギーで子どもは産まれて来るのだ、応援しようと自然に思えました。
「痛い!」と言うよりも「がんばって!がんばって!大丈夫だよ!もう少しだよ!」とお腹に語りかけ続けました。
妊娠中の検診で、助産院の助産師さんに陣痛のことを伺ったら、、
「痛みを感じると身体は縮まろうとするけれど、この痛みは広げようとする痛みだから、縮めたら尚更痛くなるよ。
赤ちゃんが出たいんだから、痛くなったら一緒に広がっていくように緩めてあげるといいよ。」といわれたのを思い出しました。
痛みは、がんばる子どもへの「応援」に変わり、痛みを受け入れられ楽になりました。
私の応援の仕方は正しいのか、つかの間の休息に助産師さんに確認しましたが、
「全てそのままでいい。何も考えず、今のまま」という言葉がものすごい励ましになりました。
私が、産むなんて、これは現実?なんて思うと、
間違いなく現実を生きている!!と心身ともに確信させられ、
今までの人生にない、すごい生きている感というか、充実感というか、そういうものを感じていました。
「もう、いるわよ!」、と、言われたとき、ほんの少しの力で流れるようにご対面。
この子がいたの?どこからきたの?
産まれでた子は、「あれ、出ちゃった?」って思っているように見えました。
ほうけた、この子に「私の子?」と、つぶやいていました。
友達の子でも、親戚の子でも、どこの子でもない、どこにも存在していないたった一人のこの子が、私だけの子。そんな思いで、つい出たのです。
手首や足首につける名前のリングは、エンゲージリングのようにうれしく、いまでも私と我が子のと並べて飾ってあります。(お父さんのは、残念ながらないんですよね。母の特権です♪)
陣痛待ちの間、病院の方々が、痛みを訴える私に、「そんなの陣痛じゃないわよ」と笑うのを真に受けたおかげで、陣痛開始時間がわかりません。
でもよかったのだと思います。
痛みに弱いといわれ続けたそのおかげで、魔法にかかり、痛みは誕生のエネルギーに変えられました。
それも助産師さんたちの凄腕なのかもしれません。
1ヶ月後、病院に伺ったとき、取上げてくださった助産師さんにご挨拶に行きました。
あと数日で退職されるとのこと。
「出産時間が早かったのも、日頃身体をしっかり守っていたからだと思うわよ。あなたに何もすることはなかった。何も言わなくても、お腹のこどもに気持ちを向けていたから。
印象に残る出産だった。」と仰ってくださいました。
出産は、子どもとの二人三脚ように思えます。
私の様なタイプは、主人や身内、長くお世話になった助産院の助産師さんにさえ、余計な意識が働いて甘えていたかもしれません。
私にぴったりの場面を神様が作ってくださり、みんなが来る前に、産まれてくれた。
そう思っています。
自分が我が子と向き合い続けられて幸せでした。
世の中ですばらしいお仕事がたくさんありますが、その1つが助産師さんだと思います。
取上げてくださった助産師さんも、退職されても、またいつか、どこかで始めるとのことでした。
うれしく思いました。
すばらしい助産師さんたちに出会えたことが、幸せなことでしたから。
我が子にお誕生日が2回来ました。
私は「お誕生日、ありがとう」と言います。
この子が産まれたのは、お母さんが頑張ったからじゃないように思います。
あなたが頑張った。
お母さんは幸せな経験をさせてもらいました。
これからも、「ありがとう」です。
新井様から、出産の振り返りをさせていただく機会をいただき、感謝しています。
何度も何度も涙を拭きながら、書かせていただきました。
この子の笑顔が、宝物です。あらためてそう思います。
失敗することもあるし、がっかりさせていることもいっぱいあると思いますが、
私はあなたが大好きなのだという気持ちだけは、持ち続けて、生きたいと思います。
ありがとうございました。
********************
素晴らしいお産体験ありがとうございました。
心から感謝いたします。
お腹の子に気持ちを向けることはお産を素晴らしいものにしてくれます。
お産は「我が子との共同作業」です。
これからお産を迎える皆さん。
お産を我が子と共同してください。
あなただけがするのではありません。
近所の集落の山に咲く桜が素晴らしいので紹介します。
爺はソメイヨシノや八重桜、しだれ桜よりも山桜が好きです。
同じような花が沖縄をのぞく全国に植樹されているのはおかしいです。
桜の並木などは、皆さん喜んでいるが、爺には作為的で美しいとは思えない。
大阪の造幣局の桜の通り抜けは有名ですが大阪に住んでいたころも一度も行っていません。
行く気にならないのです。
里山や幽谷に葉とともに咲く楚々とした花が好きです。
だれも愛でることがない山桜には、感動します。

今日はお産の記録をご紹介させていただきます。
***********
子宝ママさんのお友達のご出産のお話、とてもすてきなお話だと思いながら読ませていただきました。
私の話など、ちょっと間の抜けたもので、お恥ずかしいのですが
それもまた、私にちょうどいい出産だったのだと思います。
(その割には、かなり長くなってしまいました。すみません。)
いろいろ考えて・・・・とても大切なことがあったので
妊娠する前からお話させていただこうかと思います。
結婚したときに、「子どもはいらない。」と周囲に宣言していました。
子どもの存在をうっとうしいと思うタイプだった私は、間違ってもいらないと思っていました。
また出産も恐ろしかった。
そんな自分が大きく変わるには、約10年かかりました。
少しずつ外堀を埋めるように、いろんなことがありました。
きっと何かの、力が働いていたのでしょう。
振り返ってみると、考え方を変える一番大切な出来事がありました。
元気だった義理の母方の祖父は、縁は遠いいのですが良くしてくださるので、甘えて折々にお顔を見に伺っていました。
その義祖父がアルツハイマーになり、ぼんやり座っているだけになりました。
あれほど元気だった方が、みんなに囲まれて、ぼんやり座っている姿は、寂しいものがありました。
あるとき、6ヶ月位の赤ちゃんを連れたママが、義祖父に挨拶に来ていました。
いつものようにぼんやり座っている義祖父に、お世話をしている叔母が
「おじいさん!この間 産まれたんだよー!」と耳元で大きな声をかけました。
すると、眠るか座るか食べるかだけだった義祖父が、スッ と、手を伸ばし、
抱こうとする素振りを見せたのです。
驚きました。すごく、神々しかった。
その姿に、理屈ではない「命のリレー」をみたような気がしました。
結局、義祖父のその手に赤ちゃんが渡ることはなく、もどかしい思いをしたのですが、
あの命のリレーを女性は身体に宿せる、と思ったら自分の身体を尊く思えるようになりました。
自分にもし、生命が宿せ産み出す力が備わっているとしたら、それを、自分のエゴで無にするようなことは愚かだと思ったのです。
頭で考えることより、もっともっと崇高な営みがあるのだと。
その後、しばらくして、一人を流産し、少しして、新たな命を宿すことができました。
何人分もの命をこの身体に宿し、預からせてもらった思いでした。
近所の病院に行くのが当たり前と思っていたので、何も考えずに通院を始めたのですが、
検診のたび、数値の確認だけ。
今どうやって見えない「我が子」と向き合っていけばいいのか、全く指導がなく、疑問に思いました。
妊娠期間というものを、病院はどう捉えているのだろう?とズレを感じ始めました。
その病院で出産した方々と話す機会がありました。
伺っていると、やたらと、むずかしい薬や知らない処置があるので、
調べていくうちに、出産に果たして自分は耐えられるだろうかという不安も、もたげました。
その頃、偶然にもテレビで「助産師」という仕事を紹介していました。
古い時代のドラマにでてくる割烹着のおばちゃんくらいの印象(すみません!!)だったので、衝撃でした。
出産方法は選ばなくてはいけないと思いました。
これも偶然に、その助産院が行けなくもないところにあり、相談に伺うことにしました。
40歳初産の高齢出産のリスクがあり、受け入れるのは難しいと断られました。
ですが、自分の出産に対する思いのたけをぶつけさせていただいたら、
妊娠期間中は自宅で助産院の助産師さんのケアや検診を受けながら、
出産場所は、外部助産師の入室を認めている病院(フリースタイル出産・カンガルーケア・母子同室・完全母乳)の施設を借りて出産するというオープンシステムなるものを紹介してくださいました。(これ、病院ではあまり公にしていませんでしたが・・・ここで紹介してもいいのでしょうか?)
助産師さんと出会えたことで、ようやく、お腹の子と過ごす妊娠期間の取り組みが、はじまりました。やっと、母親になる準備が始まったような気持ちでした。
出産は雪が降り出す寒い日でした。
私は病院がかなり遠いのを心配していました。
しかし、お腹の子が、病院に早めに行けるようにしてくれたのでしょう。
うっかり勘違いする規則正しい収縮が早朝に起こり、渋滞にまきこまれることもなく
病院に行くことができました。
本当なら帰されるところですが、医師がかすかな破水に気付いてくださり、
朝から、分娩を待つ部屋に居座ることができました。
脱線しますが・・・・、
この日は、月も大潮の前日。
寒さも相まって、たくさんの出産がある日でした。
何人を見送ったことでしょう。なんだか長老の気分でした。
そのなかに気になる妊婦さんがいました。
入ってきたその姿は、膝上スカートにタイツ、ヒールは低めですがパンプス。若い妊婦さんでした。
破水もおしるしもないのに、入ってきてからずーっと酷い痛みを訴えていました。
痛みの「間隔」というのも全くなく、痛がり続けました。
こんなケースもあるのかと怖くなりました。
助産師さんがやってきて、彼女を電気毛布で包みました。
しばらくして、痛みは間隔をあけるようになり、彼女も冷静さを取り戻し、
分娩室は、正しい空気に戻りました。
私の出産は明日だというので、誰にも相手にされず、病院の階段を上り下りしていました。
壁にすがるほど痛みがあっても、がんばりすぎたか、
「そんな歩けるんだからまだまだよー」と言われ、
陣痛とはこんなものではないらしい・・・と誰もわかってくれないーと、しぶしぶ、一日中再び歩き回っていました。
寝る頃になって、寒気がするので、毛布が欲しいとお願いしたときに、破水。
進行が早く、すでに8センチ。
念願の分娩室に移動しました!
本来取上げをお願いする助産院の助産師さんも、立ち会うはずだった主人も間に合わない、医師の到着も間に合わず、という、スピード出産となりました。
誰もいないこの心細い状態を、パッと見て8人くらいの助産師さんがすばらしいチームワークで動いてくださるのがわかりました。
陣痛は、ものすごいエネルギーでした。
赤ちゃんってエネルギーの塊!!!すごいものだと思いました。
こんなエネルギーで子どもは産まれて来るのだ、応援しようと自然に思えました。
「痛い!」と言うよりも「がんばって!がんばって!大丈夫だよ!もう少しだよ!」とお腹に語りかけ続けました。
妊娠中の検診で、助産院の助産師さんに陣痛のことを伺ったら、、
「痛みを感じると身体は縮まろうとするけれど、この痛みは広げようとする痛みだから、縮めたら尚更痛くなるよ。
赤ちゃんが出たいんだから、痛くなったら一緒に広がっていくように緩めてあげるといいよ。」といわれたのを思い出しました。
痛みは、がんばる子どもへの「応援」に変わり、痛みを受け入れられ楽になりました。
私の応援の仕方は正しいのか、つかの間の休息に助産師さんに確認しましたが、
「全てそのままでいい。何も考えず、今のまま」という言葉がものすごい励ましになりました。
私が、産むなんて、これは現実?なんて思うと、
間違いなく現実を生きている!!と心身ともに確信させられ、
今までの人生にない、すごい生きている感というか、充実感というか、そういうものを感じていました。
「もう、いるわよ!」、と、言われたとき、ほんの少しの力で流れるようにご対面。
この子がいたの?どこからきたの?
産まれでた子は、「あれ、出ちゃった?」って思っているように見えました。
ほうけた、この子に「私の子?」と、つぶやいていました。
友達の子でも、親戚の子でも、どこの子でもない、どこにも存在していないたった一人のこの子が、私だけの子。そんな思いで、つい出たのです。
手首や足首につける名前のリングは、エンゲージリングのようにうれしく、いまでも私と我が子のと並べて飾ってあります。(お父さんのは、残念ながらないんですよね。母の特権です♪)
陣痛待ちの間、病院の方々が、痛みを訴える私に、「そんなの陣痛じゃないわよ」と笑うのを真に受けたおかげで、陣痛開始時間がわかりません。
でもよかったのだと思います。
痛みに弱いといわれ続けたそのおかげで、魔法にかかり、痛みは誕生のエネルギーに変えられました。
それも助産師さんたちの凄腕なのかもしれません。
1ヶ月後、病院に伺ったとき、取上げてくださった助産師さんにご挨拶に行きました。
あと数日で退職されるとのこと。
「出産時間が早かったのも、日頃身体をしっかり守っていたからだと思うわよ。あなたに何もすることはなかった。何も言わなくても、お腹のこどもに気持ちを向けていたから。
印象に残る出産だった。」と仰ってくださいました。
出産は、子どもとの二人三脚ように思えます。
私の様なタイプは、主人や身内、長くお世話になった助産院の助産師さんにさえ、余計な意識が働いて甘えていたかもしれません。
私にぴったりの場面を神様が作ってくださり、みんなが来る前に、産まれてくれた。
そう思っています。
自分が我が子と向き合い続けられて幸せでした。
世の中ですばらしいお仕事がたくさんありますが、その1つが助産師さんだと思います。
取上げてくださった助産師さんも、退職されても、またいつか、どこかで始めるとのことでした。
うれしく思いました。
すばらしい助産師さんたちに出会えたことが、幸せなことでしたから。
我が子にお誕生日が2回来ました。
私は「お誕生日、ありがとう」と言います。
この子が産まれたのは、お母さんが頑張ったからじゃないように思います。
あなたが頑張った。
お母さんは幸せな経験をさせてもらいました。
これからも、「ありがとう」です。
新井様から、出産の振り返りをさせていただく機会をいただき、感謝しています。
何度も何度も涙を拭きながら、書かせていただきました。
この子の笑顔が、宝物です。あらためてそう思います。
失敗することもあるし、がっかりさせていることもいっぱいあると思いますが、
私はあなたが大好きなのだという気持ちだけは、持ち続けて、生きたいと思います。
ありがとうございました。
********************
素晴らしいお産体験ありがとうございました。
心から感謝いたします。
お腹の子に気持ちを向けることはお産を素晴らしいものにしてくれます。
お産は「我が子との共同作業」です。
これからお産を迎える皆さん。
お産を我が子と共同してください。
あなただけがするのではありません。
長い冬の厳しさにたえ、今年も桜が咲きました。
春の華やかさをお知らせするために桜を紹介します。
ソメイヨシノや八重桜、しだれ桜には、爺は感動しません。
何故ならば、人為的に植樹された桜には「自然」を感じないからです。
山に咲く山桜は大好きです。

朝晩冷え込みますが春です。
入学式に間に合うように咲いてくれました。
沖縄では、入学式の頃に咲く花は「デイゴ」です。
紅い花が美しい。
沖縄を代表する花です。

今日の写真は、爺の近所に川「篠山川」の堤防に2キロに渡って桜並木があります。
それを撮しました。
6月には螢が舞います。
夏にはこどもたちと川遊びを楽しみます。
ほのかに匂う桜の花に元気をいただきました。
今日も元気に楽しく過ごせそうです。
春の華やかさをお知らせするために桜を紹介します。
ソメイヨシノや八重桜、しだれ桜には、爺は感動しません。
何故ならば、人為的に植樹された桜には「自然」を感じないからです。
山に咲く山桜は大好きです。

朝晩冷え込みますが春です。
入学式に間に合うように咲いてくれました。
沖縄では、入学式の頃に咲く花は「デイゴ」です。
紅い花が美しい。
沖縄を代表する花です。

今日の写真は、爺の近所に川「篠山川」の堤防に2キロに渡って桜並木があります。
それを撮しました。
6月には螢が舞います。
夏にはこどもたちと川遊びを楽しみます。
ほのかに匂う桜の花に元気をいただきました。
今日も元気に楽しく過ごせそうです。
野山はこれから花盛りになります。
農道には、耕耘機やトラクターが走り、泥があちこちで見られます。
これも春の風物詩です。
農道の端に咲いているオオイヌフグリを見つけました。

オオイヌフグリ(大犬睾)ゴマノハグサ科クワガタソウ属
花期11月~6月
草丈 足首以下
分布 日本全土
道ばたで春の到来を告げる野草、本来は地中海原産の帰化植物。
日本の山野になじんでいますので我が国固有の植物かと思っていました。

野草のたくましさを学びたいものですね。
最近は子どもが温室育ちに思えてなりません。
親が親から促成栽培されているように思います。
受験と就職が全て、いい学校(?)に入学することだけが目的の子育てはヒトを育てない
大木に育つためには強い根を持たないと大きくなれない。
温室の木は大木になれない。
踏まれても風吹かれても、嵐にあっても日照りにあっても強く成長する木に学ぶことが必要です。
農道には、耕耘機やトラクターが走り、泥があちこちで見られます。
これも春の風物詩です。
農道の端に咲いているオオイヌフグリを見つけました。

オオイヌフグリ(大犬睾)ゴマノハグサ科クワガタソウ属
花期11月~6月
草丈 足首以下
分布 日本全土
道ばたで春の到来を告げる野草、本来は地中海原産の帰化植物。
日本の山野になじんでいますので我が国固有の植物かと思っていました。

野草のたくましさを学びたいものですね。
最近は子どもが温室育ちに思えてなりません。
親が親から促成栽培されているように思います。
受験と就職が全て、いい学校(?)に入学することだけが目的の子育てはヒトを育てない
大木に育つためには強い根を持たないと大きくなれない。
温室の木は大木になれない。
踏まれても風吹かれても、嵐にあっても日照りにあっても強く成長する木に学ぶことが必要です。
庭先に、木蓮の花が咲いていました。
毎日、毎日多くの花に感動しています。

モクレン
モクレン科 モクレン属
高さ 2m~3m
花色 白 赤紫
開花 3月~4月
名前由来
中国名 「木蓮」の和音読み
花言葉・・・恩恵・自然愛

昨日、自宅分娩された方の所にサポーターにいかれた
子宝ママさんからコメントをいただきました。
素晴らしい文章なのでご紹介させていただきます。
******************
今夜、ひげ爺さま繋がりの友人に無事元気な赤ちゃんが誕生しました。
ママも赤ちゃんも、ホントよく頑張ってくれました~(*^_^*)
ご縁があって、朝から分娩までお付き合いさせて頂く機会に恵まれました。
家族でもない私を受け入れてくださって・・・本当にありがたい・・・です。
ゆったりと時間をかけた静かなお産でした。
パパは、ずっとママに寄り添い、腰をさすり~
お姉ちゃんは、「ママ、赤ちゃん頑張って~」とかわいい声援を送り~
おばぁちゃまは、ママの為に、身の回りのお世話や栄養満点のお食事やお茶の準備~
みんなの優し~い愛に包まれて赤ちゃんは産まれてきてくれました。
昨夜から、なかなか陣痛が進まず、今日の夕方まではママは、本当につらかっただろうと思います。ママの頑張りに拍手~!!!
助産師さんが到着されてからは、ズンズンお産が進行していきました。
赤ちゃんの頭が見えだした時、お姉ちゃんは不思議そうな眼差しで見つめていました。
お産終盤戦は・・・赤ちゃんが自らの力でママの中からヌル~ッ、ツルンと出てきました。
誕生すぐ泣くこともなく、安心しきってたのでしょうね・・・
ママの胸に抱かれ至福のひととき~
間もなくして、ご近所のお友達もかけつけて下さり、みなさまからの祝福の嵐~
ご近所の子ども達も産まれてすぐの小ちゃな赤ちゃんに釘づけです。
赤ちゃんどっから産まれてきたん~?の質問に~戸惑うママたち。
そこですかさず助産師さんの子どもでもよくわかる的確な回答~
赤ちゃん産まれる大切な場所やから、トイレの時、前から後ろにちゃんと拭こうね~っと。
みんなのママもこうやって一生懸命にみんなを産んでくれてんよ~
だから、お誕生日にはプレゼントおねだりしないでママにありがとう~って言ってあげてね~っと。
赤ちゃんとママを繋いでくれていたへその緒のカットの瞬間も、ご近所のみなさんに
見守られながら行われたそうです。
胎盤の役割の説明も、実物を使い、皆さんの前でされたそうです。
なんてアットホームで素晴らしいんでしょう~

こんなにも貴重な体験を共有されたご近所のママさん&ちびっ子たち~
これからも今まで以上に、ママ&赤ちゃん&Kちゃんの力強ーいサポート隊に
なってくれることまちがいないですね~!!!
友人やご近所さんを巻き込んでのお産って素晴らしいですね~!!!
赤ちゃん抱っこの時も、パパが抱き~次にお姉ちゃんの順番がきたとき・・・
助産師さんが「世界にたった一人の大事な妹だよ~」と手渡されたそうです。
小さな腕の中に抱かれた赤ちゃん、新米お姉ちゃんの優しさ・あたたかさを
感じたことでしょう~
同時にお姉ちゃんも・・・自分よりも小ちゃな存在の妹のことを愛おしく
思ったでしょうね~
この話を聞いて・・・こころがあったか~くなりました。
産まれたての赤ちゃんの前での「いのちの素晴らしさ」の特別授業に真剣に聞き入る子ども達でした。
助産師のFさん・Nさん本当にありがとうございました。
友人のお産は・・・その場に集まった何人もの子ども達にもママ達に多くのメッセージと感動
そして幸せを与えてくれました。 いいなぁ~自宅出産って・・・
もちろん私も、いっぱ~いの幸せを・・・感動を分けて頂きました。
ありがとう~!!! Nちゃ~ん!!!
今夜は幸せをかみしめて眠りについてることでしょうね~
今日は嬉しさと感動で眠れそうにありませ~ん
************
多くの人に祝福される命は幸せです。
それを選んだお母さんに敬意を表します。
その感動を忘れず、楽しい子育てをしてください。
毎日、毎日多くの花に感動しています。

モクレン
モクレン科 モクレン属
高さ 2m~3m
花色 白 赤紫
開花 3月~4月
名前由来
中国名 「木蓮」の和音読み
花言葉・・・恩恵・自然愛

昨日、自宅分娩された方の所にサポーターにいかれた
子宝ママさんからコメントをいただきました。
素晴らしい文章なのでご紹介させていただきます。
******************
今夜、ひげ爺さま繋がりの友人に無事元気な赤ちゃんが誕生しました。
ママも赤ちゃんも、ホントよく頑張ってくれました~(*^_^*)
ご縁があって、朝から分娩までお付き合いさせて頂く機会に恵まれました。
家族でもない私を受け入れてくださって・・・本当にありがたい・・・です。
ゆったりと時間をかけた静かなお産でした。
パパは、ずっとママに寄り添い、腰をさすり~
お姉ちゃんは、「ママ、赤ちゃん頑張って~」とかわいい声援を送り~
おばぁちゃまは、ママの為に、身の回りのお世話や栄養満点のお食事やお茶の準備~
みんなの優し~い愛に包まれて赤ちゃんは産まれてきてくれました。
昨夜から、なかなか陣痛が進まず、今日の夕方まではママは、本当につらかっただろうと思います。ママの頑張りに拍手~!!!
助産師さんが到着されてからは、ズンズンお産が進行していきました。
赤ちゃんの頭が見えだした時、お姉ちゃんは不思議そうな眼差しで見つめていました。
お産終盤戦は・・・赤ちゃんが自らの力でママの中からヌル~ッ、ツルンと出てきました。
誕生すぐ泣くこともなく、安心しきってたのでしょうね・・・
ママの胸に抱かれ至福のひととき~

間もなくして、ご近所のお友達もかけつけて下さり、みなさまからの祝福の嵐~

ご近所の子ども達も産まれてすぐの小ちゃな赤ちゃんに釘づけです。
赤ちゃんどっから産まれてきたん~?の質問に~戸惑うママたち。
そこですかさず助産師さんの子どもでもよくわかる的確な回答~

赤ちゃん産まれる大切な場所やから、トイレの時、前から後ろにちゃんと拭こうね~っと。
みんなのママもこうやって一生懸命にみんなを産んでくれてんよ~
だから、お誕生日にはプレゼントおねだりしないでママにありがとう~って言ってあげてね~っと。
赤ちゃんとママを繋いでくれていたへその緒のカットの瞬間も、ご近所のみなさんに
見守られながら行われたそうです。
胎盤の役割の説明も、実物を使い、皆さんの前でされたそうです。
なんてアットホームで素晴らしいんでしょう~


こんなにも貴重な体験を共有されたご近所のママさん&ちびっ子たち~
これからも今まで以上に、ママ&赤ちゃん&Kちゃんの力強ーいサポート隊に
なってくれることまちがいないですね~!!!
友人やご近所さんを巻き込んでのお産って素晴らしいですね~!!!
赤ちゃん抱っこの時も、パパが抱き~次にお姉ちゃんの順番がきたとき・・・
助産師さんが「世界にたった一人の大事な妹だよ~」と手渡されたそうです。
小さな腕の中に抱かれた赤ちゃん、新米お姉ちゃんの優しさ・あたたかさを
感じたことでしょう~

同時にお姉ちゃんも・・・自分よりも小ちゃな存在の妹のことを愛おしく
思ったでしょうね~

この話を聞いて・・・こころがあったか~くなりました。
産まれたての赤ちゃんの前での「いのちの素晴らしさ」の特別授業に真剣に聞き入る子ども達でした。
助産師のFさん・Nさん本当にありがとうございました。
友人のお産は・・・その場に集まった何人もの子ども達にもママ達に多くのメッセージと感動
そして幸せを与えてくれました。 いいなぁ~自宅出産って・・・

もちろん私も、いっぱ~いの幸せを・・・感動を分けて頂きました。
ありがとう~!!! Nちゃ~ん!!!
今夜は幸せをかみしめて眠りについてることでしょうね~

今日は嬉しさと感動で眠れそうにありませ~ん

************
多くの人に祝福される命は幸せです。
それを選んだお母さんに敬意を表します。
その感動を忘れず、楽しい子育てをしてください。
昨日は、兵庫県丹波市氷上町清住でカタクリの群落を見に行ってきました。
素晴らしい花でした。

カタクリ(片栗、学名:Erythronium japonicum Decne.)は、ユリ科カタクリ属に属する多年草。
かたくりの花はユリ科の多年草で、花が咲くまでに7~8年かかると言われています。雨や、曇りの日にはつぼみのままの姿で、晴れた日にしかその可憐な姿を見ることができません。また、氷上町はかたくりの南限と言われています。

万葉集に残る、「もののふの 八十乙女らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」(巻18)に詠まれている「堅香子(カタカゴ)」古くから親しまれていました。
昔はこの鱗茎から抽出したデンプンを片栗粉として調理に用いていたが、近年は片栗粉というとほぼジャガイモから抽出したデンプン粉のことを指すようになってしまった。とても残念です。
いい香にミツバチが集まっていました。
毎日毎日美しい花を観賞させていただいています。
感謝
素晴らしい花でした。

カタクリ(片栗、学名:Erythronium japonicum Decne.)は、ユリ科カタクリ属に属する多年草。
かたくりの花はユリ科の多年草で、花が咲くまでに7~8年かかると言われています。雨や、曇りの日にはつぼみのままの姿で、晴れた日にしかその可憐な姿を見ることができません。また、氷上町はかたくりの南限と言われています。

万葉集に残る、「もののふの 八十乙女らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」(巻18)に詠まれている「堅香子(カタカゴ)」古くから親しまれていました。
昔はこの鱗茎から抽出したデンプンを片栗粉として調理に用いていたが、近年は片栗粉というとほぼジャガイモから抽出したデンプン粉のことを指すようになってしまった。とても残念です。
いい香にミツバチが集まっていました。
毎日毎日美しい花を観賞させていただいています。
感謝
今朝の新聞に「植物工場」を「無農薬、見栄えも良しとする記事がありました。
人気が高まっていると紹介しています。
土をつかわず閉ざされた環境、地下や温室の中で、
温度、養分、水分をコントロールし、蛍光灯や発光ダイオードなどの照明や太陽光をつかう。
農薬をつかわない、虫食いがないので安心安全としているが、
養分の内容もわからない??
その上、同じ商品でも割高である。
植物は、土と太陽光の恩恵を受けてそれぞれの「旬」に味わうことで私たちの身体を養ってくれるのです。
忘れていませんか!!!!
野菜は「旬」の時期があります。
本来、その時期にとれるものをいただくのが身体にとっていいのです。
一年中、トマトやキュウリがあることがおかしいのです。
私たち日本人は、銭儲け企業の術中にはまり、商業主義に毒されているのです。
自然の中で暮らしていると「旬の野菜」をその時期だけいただいています。
冬は「白菜」「タマネギ」「大根」「蕪」「キャベツ」「ブロッコリー」「ネギ」「ほうれん草」
「あざみな」などを、その日食べる分を畑で収獲します。
トマトやキュウリ、レタスは全く食べません。
それでいいのです。
冬は「虫」もいません。
野菜に虫食いはありません。
白菜やキャベツなどの野菜は春や夏にはたくさんの虫に食べられます。
それは、虫にたいしてのお礼の意味で食べさせてあげます。
きれいに食べてくれます。
食べられた後からまた葉が出てきます。
農薬は必要ありません。
虫に施しをしたらその何倍も美味しい野菜ができます。
全ての生き物と共存することが大切です。
ごまかされてはいけません。
正しいものを見抜く力が大切です。
子育てにとっても、自分自身が生きていくためにも。
情報に振り回されてはいけません。
マスコミの情報が全て正しいと思ってはいけません。
情報操作され、企業や国や自治体の提灯記事やバーターの記事があります。
特に最悪なのが企業の金儲けにのった広告まがいの記事です。
欺されるな!!!
土筆は、春になり土の中からでてきます。
また来年も、その次の年もまた生えてきます。
それが自然です。
自然は偉大です。

人気が高まっていると紹介しています。
土をつかわず閉ざされた環境、地下や温室の中で、
温度、養分、水分をコントロールし、蛍光灯や発光ダイオードなどの照明や太陽光をつかう。
農薬をつかわない、虫食いがないので安心安全としているが、
養分の内容もわからない??
その上、同じ商品でも割高である。
植物は、土と太陽光の恩恵を受けてそれぞれの「旬」に味わうことで私たちの身体を養ってくれるのです。
忘れていませんか!!!!
野菜は「旬」の時期があります。
本来、その時期にとれるものをいただくのが身体にとっていいのです。
一年中、トマトやキュウリがあることがおかしいのです。
私たち日本人は、銭儲け企業の術中にはまり、商業主義に毒されているのです。
自然の中で暮らしていると「旬の野菜」をその時期だけいただいています。
冬は「白菜」「タマネギ」「大根」「蕪」「キャベツ」「ブロッコリー」「ネギ」「ほうれん草」
「あざみな」などを、その日食べる分を畑で収獲します。
トマトやキュウリ、レタスは全く食べません。
それでいいのです。
冬は「虫」もいません。
野菜に虫食いはありません。
白菜やキャベツなどの野菜は春や夏にはたくさんの虫に食べられます。
それは、虫にたいしてのお礼の意味で食べさせてあげます。
きれいに食べてくれます。
食べられた後からまた葉が出てきます。
農薬は必要ありません。
虫に施しをしたらその何倍も美味しい野菜ができます。
全ての生き物と共存することが大切です。
ごまかされてはいけません。
正しいものを見抜く力が大切です。
子育てにとっても、自分自身が生きていくためにも。
情報に振り回されてはいけません。
マスコミの情報が全て正しいと思ってはいけません。
情報操作され、企業や国や自治体の提灯記事やバーターの記事があります。
特に最悪なのが企業の金儲けにのった広告まがいの記事です。
欺されるな!!!
土筆は、春になり土の中からでてきます。
また来年も、その次の年もまた生えてきます。
それが自然です。
自然は偉大です。

山間の谷川に自生するわさびの花を見つけました。
とてもきれいな白い花です。
このわかめを熱湯で浸し揉んで醤油につけると美味しい。
山葵独特のからみとわずかな甘味に春を感じました。

ワサビ(山葵)?アブラナ科の多年草。
?日本特産、山間の渓流の砂礫(されき)地に生えています。
太い円柱状の根茎があります。葉は長い葉柄の先に直径8~10センチメートルの心臓形の葉があります。
3~5月に地上茎が伸び、20~30センチメートルになります。

短い柄の小形の葉が互生し、先端に白色4弁の花をつけます。
花は数個から10個が下から上に順次咲いていきます。
先端に嘴(くちばし)状の角果ができ、中に小さい楕円(だえん)形の種子が多く実ります。
山里ならではの花との出会いに日々感謝です。
美しい花に感動。
今日も心を洗ってもらいました。
とてもきれいな白い花です。
このわかめを熱湯で浸し揉んで醤油につけると美味しい。
山葵独特のからみとわずかな甘味に春を感じました。

ワサビ(山葵)?アブラナ科の多年草。
?日本特産、山間の渓流の砂礫(されき)地に生えています。
太い円柱状の根茎があります。葉は長い葉柄の先に直径8~10センチメートルの心臓形の葉があります。
3~5月に地上茎が伸び、20~30センチメートルになります。

短い柄の小形の葉が互生し、先端に白色4弁の花をつけます。
花は数個から10個が下から上に順次咲いていきます。
先端に嘴(くちばし)状の角果ができ、中に小さい楕円(だえん)形の種子が多く実ります。
山里ならではの花との出会いに日々感謝です。
美しい花に感動。
今日も心を洗ってもらいました。
今日は、爺の住んでいるところからさらに奥に入った峠の手前の知人の家に行ってきました。
老夫婦二人で峠の手前の山間で農業をしています。
田んぼといっても千枚田のような狭い段々畑で細々と耕作しています。
水は谷から引いた水と井戸の水を引用しています。
自然豊かな暮らしです。
その家の横を流れている谷川の水際に小さな白い花が咲いていました。
初めて見た花です。

ミヤマカタバミ(深山傍食)という花です。
多年草
本州~九州の山地の木陰などに生える。3小葉からなる。小葉は倒心形で長さ1~2.5cmで角はとがります。葉柄、葉の裏面、花柄に軟毛が密生しています。
7cmほどの花柄への先に花を1個つける。花は白色で淡い紫色の筋がある。果実は楕円形。花期は3~4月。

このところ野山には、美しい花が咲き出しました。
自然を愛でる目があれば草花が声をかけてくれます。
都会では、その力を得ることができませんでした。
心を開けば我が子も同じようにお母さんに訴えてくれますよ。
今日から四月ですね。
早いですね。
老夫婦二人で峠の手前の山間で農業をしています。
田んぼといっても千枚田のような狭い段々畑で細々と耕作しています。
水は谷から引いた水と井戸の水を引用しています。
自然豊かな暮らしです。
その家の横を流れている谷川の水際に小さな白い花が咲いていました。
初めて見た花です。

ミヤマカタバミ(深山傍食)という花です。
多年草
本州~九州の山地の木陰などに生える。3小葉からなる。小葉は倒心形で長さ1~2.5cmで角はとがります。葉柄、葉の裏面、花柄に軟毛が密生しています。
7cmほどの花柄への先に花を1個つける。花は白色で淡い紫色の筋がある。果実は楕円形。花期は3~4月。

このところ野山には、美しい花が咲き出しました。
自然を愛でる目があれば草花が声をかけてくれます。
都会では、その力を得ることができませんでした。
心を開けば我が子も同じようにお母さんに訴えてくれますよ。
今日から四月ですね。
早いですね。