「岡崎正義のかわら版」

スピリチュアルカウンセラー「岡崎正義」が、日々感じるこの世の事象を綴っていきます。

閲覧の際は、クリックのご協力をよろしくお願いします。

にほんブログ村 その他趣味ブログ 占い師へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアルヒーリングへ
にほんブログ村


スピリチュアルランキング

FC2 Blog Ranking

ご案内

スピリチュアルセッションについては、内容を詳しく説明しているブログ「スピリチュアルカウンセラー岡崎正義の館」をご参照下さい。
興味のある方、セッションを受けたい方は、下記のリンクをクリックして下さい。
「岡崎正義の館」へはこちら。

大阪セッション【8/22(木)~26(月)】締切:23日(金)22時

東京セッション【9/19(木)~23(月)】締切:20日(金)22時

神戸セッション【10/17(木)~21(月)】締切:18日(金)22時

名古屋セッション【9~10月頃開催予定】締切:未定

の日程で開催予定です♪
出張セッション申し込みは、ご希望地域をクリックして下さい。

霊という存在・・・。気付いて欲しい寂しがり屋

2012年08月25日 15時17分37秒 | 霊に関すること

 一般的に言われている『霊』という存在。
地縛霊、浮遊霊、精霊、指導霊・・・と、様々な霊が存在します。

何らかの理由で、あの世界に戻らずこの世で過ごす霊たち。

思いが強すぎて、戻りそびれた霊、突然の事故で自分が「死んだ」
ことを理解できず留まっている霊。

その者たちを「地縛霊」とか「浮遊霊」と呼んだりします。

巷では、「怖い存在」として認識されている彼ら達ですが、
彼ら達にも言い分があるのです。

私自身、現在のような「スピリチュアル・カウンセラー」を
積極的にする前は、「怖い霊」と思っていました。

それが、ある相談をきっかけに、その認識を改めました。
今回はそのお話を致します。


・Yさんの相談「何かが私に憑いている気がする」

Yさんは、一人でいる時も、お買い物をしている時も、なぜか人の気配を
感じていたそうです。

特にお風呂の時は、ドアを開けていないと不安になるほどになったそうです。
共通の友人から私のことを聞き、相談に来た方でした。

「観察」してみると、確かに20代の女性が「同居」していました。
その女性から、Yさんに同居している理由を尋ねてみました。

すると、こんな答えが返ってきたのです。

(Yさんに同居している方のお話)
「私は、通勤途中で交通事故に遭い、意識を失いました。
 再び意識が戻った時には、なぜか病院にいました。

 服はボロボロで、身体の至る所に傷もありました。
幸いにも痛みはありませんでしたので、軽傷で済んだのだと
ホッとしていました。

しかし、ベッドから勝手に動くのも悪いと思い、誰かが来るのを
じっと待っていました。
でも、いつまでたっても看護婦はおろか医者も来ません。

痺れを切らした私は、そっと病室から廊下へと出ました。
他の病室を通り過ぎながら、「ナースステーション」までたどり着きました。

しかし、そこには誰もいませんでした。
思うに、他の病室も患者さんがいなかったような気がします。

『なんなの?この病院。あまり人気ないのかな?救急だから変な病院に
 搬送されちゃったのかしら・・・。』と不安になってきました。

と、その時です。
真後ろから、赤ちゃんが突然泣き出したのです。
振り向くと、もっとビックリしました。
赤ちゃんが宙に浮いているのです!
ちょうど私の目の高さです。

絶対これは「幽霊だ!」と思いました。
人気のない病院ですから、無理もありません。
私はパニックになってしまいました。

その場でしゃがみこんだ私は、しばらく耳をふさいで、
誰かが来るのを待っていました。

そしたら、誰かが近づいてくる足音がしてきました。
そっと目を開けると、向こうから看護婦さんがこっちに来たのです。

「助けて!い、今赤ちゃんの幽霊が・・!」
私は夢中で助けを求めました。

次の瞬間、信じられないことが起きました。
看護婦さんは私に気付かないどころか、私の身体を通り抜け、何事もなく廊下を・・。

「ゆ、幽霊! いや待って。何かがおかしい。」
待合室に一人もいない病院って、あり得ないと思いました。
どんなに人気のない病院とは言っても、一人くらいはいるはずです。

そう思った瞬間、スピーカーから呼び出す声が。
「100番から110番の方、診療室前で待機下さい!」

『え!100番どころか誰もいないのに・・・。』
その時、はっと気付きました。

『も、もしかして、幽霊なのは私!?』
自分が「死んだ」と気付いた瞬間でした。

それからが大変でした。
病院を出た私は、見慣れた場所を歩き続けました。
でも、あれだけたくさんいた人々が、数えられるほどしか
歩いていないのです。

声を掛けても、目の前で手を振っても気付いてくれません。
私は途方にくれてしまいました。

ずいぶんたったある日、あまりにも気付いてくれないので、
怒りに任せて、ある男性に体当たりしました。
『なんで気付いてくれないのよ!もう!!」

その瞬間、私はその男性に「肩車」をされていました。
いや、貼りついたという表現がぴったりな状態でした。

それは不思議な感覚でした。
その男性に話しかけているのでしょうが、私の存在を
気付いてくれるようでとても嬉しかったんです。
加えて、その男性の感情・感覚も伝わってくるんです。

味覚、触覚、嗅覚・・・。全ての感覚が甦ったようでした。

しばらくすると、不思議なことが起きました。
私がアイスが食べたいと思うと、アイスを食べてくれたり、
海が見たいなと思うと、海にドライブに行ってくれたり。

『もしかして、私の思いが伝わるの!』

それに気付いてからは、私の思い通りにすることが出来ました。
でも、しばらくするとその男性が体調を崩したのです。
すると、私の思いも通じなくなり、不満も溜まって来ました。

「もう!早く元気になってくれなきゃ、思いが通じないじゃない!」
私はその男性に八つ当たりしていました。

すると、冬にもかかわらず、部屋に暑い日差しが入ったと思った瞬間、
身体がその男性から離れていました。

途端に、寒さと心細さが一気に襲い掛かり、無我夢中で外へ飛び出し、
他に貼り付ける人がいないか、必死に探し回りました。

そんなことを数え切れない位に繰り返し、今ここにいる人にお世話になっています。」

Yさんに「同居」している方のお話はこんな感じでした。

まず、私は「彼女」に以下のことを伝えました。

・死んだと気付いた時点で、あの世に戻るべきだった。
・注意深く見ていれば、「お迎え」がいたはず。
・生きている人に乗っていると、その人が弱っていくので、迷惑を掛けている。
・今のようなことを繰り返していると、あの世に戻れなくなり、『魂の洗濯』どころか、
 生きている人に迷惑を掛けてしまい、ますます孤独になっていく。
・あの世は、今の感覚の比ではない位、とても幸福感に包まれる。
・あの世に戻りたい意思があるなら、すぐに「お迎え」を手配する。

『彼女』も、必要にかられてやっているだけで、あの世に行けるなら、
自分がいるべき場所に行きたいと思ってくれました。

それを受けて、私は「お迎え」を呼び、「彼女」にとって思い出の場所を巡り、
両親や会っておきたい人に挨拶をさせ、連れて行くようにお願いをしました。

その後、Yさんはいつもの生活に戻ったようです。


さて、私はこの相談を通じて、様々なことを学びました。

1.亡くなった方は、この世で「全ての人」が見えていないということ。
2.最初から「取り憑いちゃえ!」と悪意を持ってはいないということ。
3.寂しさと必要にかられて、「乗っかっている」ということ。
4.機会があれば、あの世に戻りたいと思っていること。
5.ゆえに、気づいてくれた時は、必死に助けを求めるということ。

「霊」という存在は、意外と生きている人以上に怖がりで、寂しがりや
なのかもしれません。
だから、「見えた」人には必死で自分の境遇を訴えるのかもしれません。

「霊」にとって、「見える」人というのは、あの世で同じ『ソウルメイト』だったり、
自分と同じ人生を辿っている「同調」できる人なのでしょうか・・。

確かにYさんも、どことなく「彼女」と似た雰囲気がありました。

この世の人間も、あの世の「霊」も、『自分に似た存在』を寄せ付けるのでしょうか。










 

 

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする