作物病害 メモ帳 主に畑作物に寄生するネコブカビ類

作物の病害に関するメモ #コムギ #テンサイ #バレイショ #マメ類 #ソルガム #Polymyxa

コムギ根内のPolymyxa graminis休眠胞子塊の観察方法

2024-05-28 22:50:02 | 実験法

I.材料の入手

・圃場の材料の採集時期(盛岡市と帯広市の場合)

 大藤・石黒(2004)が盛岡市の圃場で栽培したコムギの根を観察したところ、休眠胞子塊は4月中旬にはわずかしか検出されず、7月上旬には大量に検出された。これらのことから盛岡市では4月中旬以降に感染・増殖が活発化するとしている。

 この研究では調査が4月11日と7月8日しか行われていないため、いつから休眠胞子塊が頻繁に観察されるのかがわからないが、人工気象器(13℃)を用いた砂耕栽培試験(佐山2009)では出芽後6週目以降に多くの休眠胞子塊が観察されたことから、4月中旬から感染がはじまるとすれば、その6週後以降に根の採集を行うのが一つの目安になると思われる。

 単純に気温の条件を北海道帯広市に当てはめると、盛岡市の4月11日からの半旬平均値の平年値である8.1℃に近いのは、4月21日からの半旬の7.5℃と4月26日からの8.8℃である。盛岡市より2週間程度遅く感染が活発化するとすれば、6月上旬以降に採集するのが目安になる。

 

・人工気象器などで栽培する場合の採集方法

 栽培温度については、コムギ根へのP. graminisの侵入、増殖は地温が8℃以上で観察され、13~17℃で最も活発である(大藤・石黒2004)。Littlefieldら(1998)は、コムギを15~20℃で栽培した場合、定植後12~13日で変形体や未熟な遊走子のう、18~30日で遊走子のうや遊走子、25~30日で休眠胞子塊が普通に観察されるとしている。またLegreveら(1998)は、オオムギを使用した試験で15~18℃が感染に適しており、接種後46日以降に安定して観察されたとしている。

 これらの情報から、人工気象器でP. graminisの生育に適した条件で栽培する場合には、病土への定植後1ヵ月以上栽培後に採集するのが目安になると思われる。栽培条件としては、出芽するまでは作物の発芽に適した20℃程度に設定し、出芽が概ね揃ったのちは、13~15℃に変更する。同程度の温度でコムギ縞萎縮ウイルスも増殖できるが、症状は再現されないことが多い。

 砂耕栽培あるいは土壌と石英砂の混合土壌での栽培の場合には、潅水に水耕液を用いる。組成は阿部・玉田(1988)のテンサイそう根病の媒介者としてのP. betaeの増殖に用いた方法に準じる。この組成はテンサイそう根病の病徴が見やすいように主にNを減らしているが、私はコムギに用いる場合にはこの処方よりKNO3を若干多めにして作成している。砂耕栽培に用いる石英砂は最初に使用する前に酸で洗浄する必要があり、希塩酸(3%)で洗い、十分に水洗する。私は希塩酸に一晩漬けた後に水洗している。

 また、石英砂は発がん物質に指定されているので、扱うときにはマスクを着用し、作業後には手を洗う。

 

II.観察方法

作業の流れ

・お湯を沸かしておく(あればウオーターバスで90℃、なければなべ)

・固定液を作る

・根をきる

・根を固定液に入れる

・熱を加えて固定

・観察

 

1.根の切り方

(1) Polymyxaの存在を確認するだけのとき

 根を1cm程度の長さに切り、できるだけ根のあちこちからまんべんなく根を拾い、チューブに入れる。根を何本観察したか記録して、合計何cm分観察したか論文などに記載できるようにしておく。

 

(2) ある程度定量的に観察するとき

 植物が小さいときは、根の全量を約2mmに切り、全量をチューブに入れる。

 やや大きい時は、根を同様に切り、蒸留水を入れた50mLまたは100mLビーカーに入れる。この液をかき混ぜてから、必要量をピンセットでつまみ、チューブに入れる。

 圃場から採集したようなコムギの根の時は、労力に合わせて一部の根を2mmに切り、上記のように混合してからピンセットでつまんでチューブに入れる。

 

2.固定

〇固定液

ラクトグリセロール

乳酸875ml、グリセロール63ml

 水を加えて1Lとする。

※面倒くさい時は乳酸のみでも可

 

染色しないで観察するときは、上記のラクトグリセロールに漬けてから加熱して固定するか、急がないときは数日室温に置いて固定します。

よほど褐変がひどくない限りは、休眠胞子塊は無染色でも見えます。

微分干渉顕微鏡を使うと、見えやすいこともあります。

※加熱方法 チューブのふたを軽くして、90℃程度の湯せんで10分以上熱する。

 

形態を詳しく観察したい場合などに、染色して見る場合はラクトグリセロールに下記の色素のいずれか(好みで)を混合して染色液を作り、上記の処理を行います。ただし、染色液の濃度や時間に気を付けないと植物組織もろとも染まりすぎて、かえって見えにくくなることがあります。また、余裕があれば、染色処理後に色素が入っていないラクトグリセロールに入れ替えます。そのままだと植物組織もどんどん染まっていき、見えにくくなるためです。

・コットンブルー(1~0.5g/1L) 

・酸性フクシン(1g/1L)、

・トリパンブルー 1%水溶液を作り、乳酸またはラクトグリセロールで20倍に希釈する(0.05%液にする)。

 褐変がひどい場合は前処理として10%KOHに100℃で1時間加熱→水洗→1~2%塩酸に室温で数分間→水洗するなどを行うことによりある程度脱色させることもできますが、面倒です。

 

参考文献

阿部秀夫・玉田哲男 Polymyxa betae Keskin(テンサイそう根病のウイルス媒介者)の簡易接種・増殖法.てん菜研究会報29:34-38(1988)

Anne Legreve, Philippe Delfosse, Brigitte Vanpee, Andre Goffin and Henri Maraite

Differences in temperature requirements between Polymyxa sp. of Indian origin and Polymyxa graminis and Polymyxa betae from temperate areas.

European Journal of Plant Pathology 104: 195–205, (1998)

 

J. Littlefield, J. H. Whallon, P. J. Doss, Z. M. Hassan

Postinfection Development of Polymyxa graminis in Roots of Triticum aestivum

Mycologia, Vol. 90, No. 5 (Sep. - Oct., 1998), pp. 869-882 (14 pages)

 

大藤 泰雄・ 石黒 潔

コムギ縞萎縮ウイルス(WYMV)を保毒するPolymyxa graminis休眠胞子が圃場で増加する時期の推定

北日本病害虫研究会報55:59-63(2004)

 

佐山 充

試験管育苗法のコムギ縞萎縮病ベクターPolymyxa graminisへの応用

北日本病害虫研究会報60:30-34 (2009)