※アウトギャップ読了後の「そこ放置かよーっ」ぷりが
あんまりだったものですから。
※クリプトマスク→アウトギャップという展開
伊佐さんには同情を禁じ得ない、というものですが。
※感想とかはまた、あらためて。
もう誰もいない屋上を後にして。
ひどく疲労を覚えながら伊佐が建物の中に戻ってくると、イリュージョン・ファンタジア『絢爛』は盛況のうちにフィナーレを迎えているようだ。わっ、と観客たちがどよめく声、それから大勢の拍手がステージの外まで聞こえてきていた。
伊佐はステージの様子には構わず、スタッフ用の通用口から設備の中をすたすたと進む。終演を迎えて慌ただしくなっているスタッフエリアの一角に、イベントの運営スタッフが数人集まっているのを見つける。舞台の様子を映すモニターが設置されているようだ。
(…やれやれ、怒られるぞ)
伊佐も通りがけにモニターを伺うと、画面には金、銀、それに白い紙吹雪の降り注ぐ中、優雅に一礼して見せたのはスイヒン素子。それから…
(ライジング仙人…だったか?)
そんな芸名の千条も彼女から下がった位置でうやうやしく礼をしている。
(しかし、あれはコンビ名だったようにも思うんだが…手品の演目自体はウーダン師がメインでやっていたような気がするし、仙人というネーミングからしてもウーダン師を指しているような…)
そんなことを考えながら、伊佐は立ち止まることなく通路を進む。後ろで先ほどのスタッフたちが目上のスタッフに注意されているのが聞こえる。
『仙人ライジングスター』
合同の楽屋の前に戻ってきた伊佐は、入り口に張り付けられた紙に書かれているその名前に、やっぱりどこか納得しかねるものを感じるが、眼鏡の位置を直しつつ、何かをあきらめながら楽屋のドアを開けた。
さすがに千条はまだ戻っていないようだ。
楽屋に置いてあったペットボトルの緑茶を取り分けて、一気に飲み干すと、ようやく落ち着いたような気がして伊佐は一つ息を吐いた。先ほど、屋上で何があったかをじっくり考えるには少し疲れていた。どうせ、後で報告をしなければならないのだ。
誰もいない楽屋。何ということはなく携帯電話を取り出すと、不在着信の表示。
(そういえばーー)
『伊佐さん!伊佐さん!伊佐さん?』
まるで伊佐が気づくのを待っていたようなタイミングで、耳元の通信機から東澱奈緒瀬の声が飛び込んできた。
「わっ!?」
『ーー伊佐さん?聞こえますか?奈緒瀬です!』
「…ああ、聞こえている。ずっとこちらを呼んでいたのか?」
『ええ…。あの、先ほど急にノイズで通信できなくなって…』
通信機の向こうの奈緒瀬の声は、伊佐の無事を確認したためか、幾分かほっとしたような様子だった。
「すまなかったな。こちらは千条の楽屋に戻ってきたところだ」
奈緒瀬と会場内で別れたときは、まだペイパーカットの出現は半々という感触だった。自分の考えの甘さに多少の自嘲めいたものを覚えつつも、伊佐は口調のみは淡々と、ペイパーカットがスイヒン素子の助手として潜伏していたこと、客席に現れインフィニティ柿生と接触したことをごく簡潔に説明し、自分がペイパーカットを追跡したことを告げ、
「奴はーー取り逃がしたよ」
口にしてみると、苦いものがぶり返してくる。奈緒瀬もペイパーカットと伊佐が接触したこと自体は察していたのだろう、特に驚いた様子はないようだったが、別のことで何かを少し言いよどむような様子。少しして。
『………あの、伊佐さん、その。ご無事で、よかったです』
どうやら落ち込んでいるこちらのことを気づかっているらしい奈緒瀬の様子に、伊佐もようやく少し笑う。
「ありがとう、そういってもらえると少しは気が楽になるよ。あんたには譲ってもらったような形なのに、気を使わせてしまって悪いな」
『いえ、伊佐さんが悪いなんてことありませんから』
奈緒瀬はこういう時、妙に律儀に言い返してくる。生真面目な性格なのだろう。
「…そちらの首尾はどうだったのかな」
『あ!は、はい。種木悠兎の身柄は無事に確保しました。今、インフィニティ柿生と一緒に医務室にいます。柿生は足を骨折しましたが命に別状はありません。もうすぐ手配した搬送車が到着すると思います。その前に伊佐さんも会われますか?』
「いや、俺はどのみち後で面会しなければいけないだろうから、今はやめておく」
『わかりました』
「あんたはどうするんだ?柿生太一の搬送に同行するのか、それともこちらで状況の確認をするか。あんたも今回の件でこちらに確認したいことがあるんじゃないか」
『ええ…、でも、それはまた別に時間を作ってでもかまいませんし』
と、また妙に気遣うようなことを奈緒瀬は言ってきた。
「こちらはかまわんよ」
『…いえ、こちらは種木悠兎をひとまず家まで送り届けることにします。それでは』
「そうか。よろしく頼む」
通信を終えて、改めて会場の各場所に待機している係員に状況を報告していると、舞台を終えた千条が帰ってきた。
「お疲れさん。そっちは大成功だったみたいだな」
「観客の反応から推察するとそのようだね」
千条は疲れた様子などもちろんなく、まだわずかに楽屋まで聞こえてくる観客たちの興奮の名残にも、まったくの他人事のようだ。
「今回のようなパフォーマンスであれば、僕も一人前にやっていけるかもしれないね」
と、妙なことを言い出したので、伊佐は顔をしかめた。
「おまえの場合、手品はひととおりできるだろうが、観客の反応を引き出すのは手品のトリックとは別の技術だ。その部分はまだ誰かのサポートが必要になると思うが。…おまえ、手品に興味があるのか?」
「いや、僕に自立する必要が生じた場合にどのような職種なら適応できるかという考察なんだが。なるほど、難しいものだね」
どうやら先日の伊佐の言葉を受けての発言であるようだ。
「心配しなくてもお前はサーカムが食わしてくれるだろうに」
「君の疲労状態が回復しない場合には、僕自身の雇用状態も極めて不確定になるからね。君にはもっと自覚をしてもらいたいんだが」
意外に千条は食い下がってくる。
「自覚ねえ…」
うめくように繰り返して、ふと伊佐はひらめくものを感じた。
「…さっき、俺が留守番しておくよう言われたのに出歩いたりしたのを根に持っているのか?お前」
さすがに千条は伊佐の発言の意図をとらえかねたのか、少し間があってから、
「根に持つ、というのは過去の行為や言動を理由に、一方的に感情的に理不尽な確執を抱いているということだろう。僕の場合は、君の体力・精神面の疲労による総合的な能力不全がもたらす指示の不徹底と、任務遂行への影響が、君自身のみならず僕の不安定要素にもなりうるという状況判断から、君に注意喚起をしたわけだから、それには当たらないと思うが」
千条の反論のようなものに、どこか苦く伊佐はつぶやく。
「なるほど。過去の俺の言動に対する確執からの発言ではなく、自分の未来への影響をこそ心配しているという訳か」
『彼は結局、過去に固執してーーだから決して私には届かなかった』
先ほどの、誰ともつかぬ声が脳裏で繰り返す。
『私は君のーー』
「ーー…それから、君は何度言っても理解しないようだから繰り返して言うけれど」
千条はまたも食い下がるようなことを言う。伊佐は思考から意識を引き戻すようにして千条の言葉の続きを待つ。
すると、千条の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「…僕は君自身の健康状態を心配しているんだよ」
「え?」
思わずまともに千条の顔をみつめてしまう。
(そういえば、こいつ、今回は何度もそんなことを言っていたような…)
それに対して自分はほとんどまともに取り合うことはしなかったと、今更思い当たって、伊佐は苦笑してしまう。
「そうか」
「ここまで長期に渡って君が不安定な状況から回復しないのは共同で任務に当たるようになってから今までなかったことだから、僕なりに判断して配慮をしたつもりだ」
「心配かけてすまなかったな」
「君がひとまず理解してくれたようで安心したよ」
先ほどの東澱奈緒瀬とのやりとりを思い出してみても、やはり相手に余計に心配をかけるような言動をしていたのだろうと、改めて呆れてしまう。
「お前が指摘したように、俺は今回ひどく疲労したみたいだ。今回の報告と検査の後、きちんと休養をとることにするかな」
「ああ。それが望ましいよ」
ようやく、今回の騒動がひとまず終わった…と言うには問題はいろいろと残っているものの、何かの区切りはついたような気分で、伊佐は久しぶりに、ひとつ大きくのびをした。
★ ★ ★ ★ ★
そういえば前回千条は人の健康状態を検査しながら脅かしつけるという奇妙な特技を疲労していましたが。今回はさすがに千条おもしろかわいそうだなあと思ってしまいました。留守番しとくよう念を押したらソッコーで飛び出されるとか。なおかつ、そこフォローなしだったりとか。あと奈緒瀬かわいいっていうか。先生と運転手自重…しないでください!!!!!
先生と運転手漫才、千条も加わってほしかったなあ…さすがにかわいそうか。とどめ甚だしいよねそれは。
※適当すぎたのでちょっと直しました。
あんまりだったものですから。
※クリプトマスク→アウトギャップという展開
伊佐さんには同情を禁じ得ない、というものですが。
※感想とかはまた、あらためて。
もう誰もいない屋上を後にして。
ひどく疲労を覚えながら伊佐が建物の中に戻ってくると、イリュージョン・ファンタジア『絢爛』は盛況のうちにフィナーレを迎えているようだ。わっ、と観客たちがどよめく声、それから大勢の拍手がステージの外まで聞こえてきていた。
伊佐はステージの様子には構わず、スタッフ用の通用口から設備の中をすたすたと進む。終演を迎えて慌ただしくなっているスタッフエリアの一角に、イベントの運営スタッフが数人集まっているのを見つける。舞台の様子を映すモニターが設置されているようだ。
(…やれやれ、怒られるぞ)
伊佐も通りがけにモニターを伺うと、画面には金、銀、それに白い紙吹雪の降り注ぐ中、優雅に一礼して見せたのはスイヒン素子。それから…
(ライジング仙人…だったか?)
そんな芸名の千条も彼女から下がった位置でうやうやしく礼をしている。
(しかし、あれはコンビ名だったようにも思うんだが…手品の演目自体はウーダン師がメインでやっていたような気がするし、仙人というネーミングからしてもウーダン師を指しているような…)
そんなことを考えながら、伊佐は立ち止まることなく通路を進む。後ろで先ほどのスタッフたちが目上のスタッフに注意されているのが聞こえる。
『仙人ライジングスター』
合同の楽屋の前に戻ってきた伊佐は、入り口に張り付けられた紙に書かれているその名前に、やっぱりどこか納得しかねるものを感じるが、眼鏡の位置を直しつつ、何かをあきらめながら楽屋のドアを開けた。
さすがに千条はまだ戻っていないようだ。
楽屋に置いてあったペットボトルの緑茶を取り分けて、一気に飲み干すと、ようやく落ち着いたような気がして伊佐は一つ息を吐いた。先ほど、屋上で何があったかをじっくり考えるには少し疲れていた。どうせ、後で報告をしなければならないのだ。
誰もいない楽屋。何ということはなく携帯電話を取り出すと、不在着信の表示。
(そういえばーー)
『伊佐さん!伊佐さん!伊佐さん?』
まるで伊佐が気づくのを待っていたようなタイミングで、耳元の通信機から東澱奈緒瀬の声が飛び込んできた。
「わっ!?」
『ーー伊佐さん?聞こえますか?奈緒瀬です!』
「…ああ、聞こえている。ずっとこちらを呼んでいたのか?」
『ええ…。あの、先ほど急にノイズで通信できなくなって…』
通信機の向こうの奈緒瀬の声は、伊佐の無事を確認したためか、幾分かほっとしたような様子だった。
「すまなかったな。こちらは千条の楽屋に戻ってきたところだ」
奈緒瀬と会場内で別れたときは、まだペイパーカットの出現は半々という感触だった。自分の考えの甘さに多少の自嘲めいたものを覚えつつも、伊佐は口調のみは淡々と、ペイパーカットがスイヒン素子の助手として潜伏していたこと、客席に現れインフィニティ柿生と接触したことをごく簡潔に説明し、自分がペイパーカットを追跡したことを告げ、
「奴はーー取り逃がしたよ」
口にしてみると、苦いものがぶり返してくる。奈緒瀬もペイパーカットと伊佐が接触したこと自体は察していたのだろう、特に驚いた様子はないようだったが、別のことで何かを少し言いよどむような様子。少しして。
『………あの、伊佐さん、その。ご無事で、よかったです』
どうやら落ち込んでいるこちらのことを気づかっているらしい奈緒瀬の様子に、伊佐もようやく少し笑う。
「ありがとう、そういってもらえると少しは気が楽になるよ。あんたには譲ってもらったような形なのに、気を使わせてしまって悪いな」
『いえ、伊佐さんが悪いなんてことありませんから』
奈緒瀬はこういう時、妙に律儀に言い返してくる。生真面目な性格なのだろう。
「…そちらの首尾はどうだったのかな」
『あ!は、はい。種木悠兎の身柄は無事に確保しました。今、インフィニティ柿生と一緒に医務室にいます。柿生は足を骨折しましたが命に別状はありません。もうすぐ手配した搬送車が到着すると思います。その前に伊佐さんも会われますか?』
「いや、俺はどのみち後で面会しなければいけないだろうから、今はやめておく」
『わかりました』
「あんたはどうするんだ?柿生太一の搬送に同行するのか、それともこちらで状況の確認をするか。あんたも今回の件でこちらに確認したいことがあるんじゃないか」
『ええ…、でも、それはまた別に時間を作ってでもかまいませんし』
と、また妙に気遣うようなことを奈緒瀬は言ってきた。
「こちらはかまわんよ」
『…いえ、こちらは種木悠兎をひとまず家まで送り届けることにします。それでは』
「そうか。よろしく頼む」
通信を終えて、改めて会場の各場所に待機している係員に状況を報告していると、舞台を終えた千条が帰ってきた。
「お疲れさん。そっちは大成功だったみたいだな」
「観客の反応から推察するとそのようだね」
千条は疲れた様子などもちろんなく、まだわずかに楽屋まで聞こえてくる観客たちの興奮の名残にも、まったくの他人事のようだ。
「今回のようなパフォーマンスであれば、僕も一人前にやっていけるかもしれないね」
と、妙なことを言い出したので、伊佐は顔をしかめた。
「おまえの場合、手品はひととおりできるだろうが、観客の反応を引き出すのは手品のトリックとは別の技術だ。その部分はまだ誰かのサポートが必要になると思うが。…おまえ、手品に興味があるのか?」
「いや、僕に自立する必要が生じた場合にどのような職種なら適応できるかという考察なんだが。なるほど、難しいものだね」
どうやら先日の伊佐の言葉を受けての発言であるようだ。
「心配しなくてもお前はサーカムが食わしてくれるだろうに」
「君の疲労状態が回復しない場合には、僕自身の雇用状態も極めて不確定になるからね。君にはもっと自覚をしてもらいたいんだが」
意外に千条は食い下がってくる。
「自覚ねえ…」
うめくように繰り返して、ふと伊佐はひらめくものを感じた。
「…さっき、俺が留守番しておくよう言われたのに出歩いたりしたのを根に持っているのか?お前」
さすがに千条は伊佐の発言の意図をとらえかねたのか、少し間があってから、
「根に持つ、というのは過去の行為や言動を理由に、一方的に感情的に理不尽な確執を抱いているということだろう。僕の場合は、君の体力・精神面の疲労による総合的な能力不全がもたらす指示の不徹底と、任務遂行への影響が、君自身のみならず僕の不安定要素にもなりうるという状況判断から、君に注意喚起をしたわけだから、それには当たらないと思うが」
千条の反論のようなものに、どこか苦く伊佐はつぶやく。
「なるほど。過去の俺の言動に対する確執からの発言ではなく、自分の未来への影響をこそ心配しているという訳か」
『彼は結局、過去に固執してーーだから決して私には届かなかった』
先ほどの、誰ともつかぬ声が脳裏で繰り返す。
『私は君のーー』
「ーー…それから、君は何度言っても理解しないようだから繰り返して言うけれど」
千条はまたも食い下がるようなことを言う。伊佐は思考から意識を引き戻すようにして千条の言葉の続きを待つ。
すると、千条の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「…僕は君自身の健康状態を心配しているんだよ」
「え?」
思わずまともに千条の顔をみつめてしまう。
(そういえば、こいつ、今回は何度もそんなことを言っていたような…)
それに対して自分はほとんどまともに取り合うことはしなかったと、今更思い当たって、伊佐は苦笑してしまう。
「そうか」
「ここまで長期に渡って君が不安定な状況から回復しないのは共同で任務に当たるようになってから今までなかったことだから、僕なりに判断して配慮をしたつもりだ」
「心配かけてすまなかったな」
「君がひとまず理解してくれたようで安心したよ」
先ほどの東澱奈緒瀬とのやりとりを思い出してみても、やはり相手に余計に心配をかけるような言動をしていたのだろうと、改めて呆れてしまう。
「お前が指摘したように、俺は今回ひどく疲労したみたいだ。今回の報告と検査の後、きちんと休養をとることにするかな」
「ああ。それが望ましいよ」
ようやく、今回の騒動がひとまず終わった…と言うには問題はいろいろと残っているものの、何かの区切りはついたような気分で、伊佐は久しぶりに、ひとつ大きくのびをした。
★ ★ ★ ★ ★
そういえば前回千条は人の健康状態を検査しながら脅かしつけるという奇妙な特技を疲労していましたが。今回はさすがに千条おもしろかわいそうだなあと思ってしまいました。留守番しとくよう念を押したらソッコーで飛び出されるとか。なおかつ、そこフォローなしだったりとか。あと奈緒瀬かわいいっていうか。先生と運転手自重…しないでください!!!!!
先生と運転手漫才、千条も加わってほしかったなあ…さすがにかわいそうか。とどめ甚だしいよねそれは。
※適当すぎたのでちょっと直しました。