[二十帖要旨] 朝顔は、桃園(モモソノ)式部卿の宮の遺児、前の伊勢神宮の斎院。朝顔の姫君は、父宮の服喪のため賀茂の斎院を退き、桃園の邸で暮らしています。この姫君を帚木の帖以来、恋慕の情を燃やしている源氏は、姫と同居する女五の宮の見舞いを口実に桃園の邸を訪れ、朝顔の姫君に恋心を訴えるが、御簾越しに女房を介しての対話しか許されない。自宅に帰った源氏は、眠れぬまゝに朝霧にかすむ庭を眺めている。朝顔が咲いているのを折らせて、次の歌を添えて贈る:
見し折りの つゆ忘られぬ 朝顔の
花の盛りは 過ぎやしぬらん (源氏)
この源氏の執心は世間のうわさにもなり、世の人々はこの二人を理想の二人と噂する。紫の上の耳にも入り、さしたる後見のない自分の身と前斎宮である姫君を比べて強い不安を覚えます。
相変わらず朝顔は、源氏になびかない。あきらめきれない源氏だが、一方、紫の上を放っておくこともできず、弁明に明け暮れる。ある雪の日、源氏と終日紫の上は女性論を交わし、故藤壺の宮の人柄を語る。その夜の源氏の夢枕に藤壺の宮が立ち、秘密の漏洩を深く恨みます。
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見し折りの つゆ忘られぬ 朝顔の
花の盛りは 過ぎやしぬらん (源氏)
(大意) 曽て初めて見た時の姿、つゆも忘れることが出来なかったのに
朝顔の花の盛りの時は過ぎてしまったのでしょうか。
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<漢詩>
花色轉移 花の色 轉移(ウツル) [下平声六麻韻]
往時嬌滴滴, 往時 嬌(アデヤカサ)滴滴(テキテキ)たり,
難忘喇叭花。 忘れ難き 喇叭花(アサガオノハナ)。
荏苒年運往, 荏苒(ジンゼン)として年運(ネンウン)往(ユ)き,
疑是盛期斜。 疑うらくは是れ 盛期(セイキ)斜(ナナメ)ならんかと。
[註] ○嬌滴滴:愛くるしい; 〇喇叭花:朝顔の花; 〇荏苒:時間が
流れるさま; ○年運往:歳月の運行; 〇斜:傾く。
※ “喇叭花”は、口語である。“牽牛花”の平音3連を避けるため、口語を
用いた。
<現代語訳>
花の色 移ろいぬ
曽て過ぎし日には愛くるしく、
つゆも忘れ得ない朝顔の花であった。
時節は巡りゆき、
今日 盛りの時期は過ぎたのであろうか。
<簡体字およびピンイン>
花色转移 Huāsè zhuǎnyí
往时娇滴滴, Wǎngshí jiāodīdī,
难忘喇叭花。 nánwàng lǎbā huā.
荏苒年运往, Rěnrǎn nián yùnwǎng,
疑是盛期斜。 yí shì shèng qí xié.
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真正面から恋心を訴えることなく、おとなしくなった中年の源氏の文に対して、返事をしないと感情の乏しい女と思われるであろうと思い、前斎院は歌を返した:
秋はてて 霧の籬(マガキ)に むすぼほれ あるかなきかに うつる朝顔 (前斎院)
[註] 〇むすぼほれ:(しっかりと)結ばれる、からみつく。
(大意) 秋が終わって霧のかかった籬(マガキ)にからみつき、あるかなきかの
様子で色あせてしまった朝顔(今の私)です。
秋に相応しい花をお送りくださいましたことででももの哀れな気持ちになっております、とだけ書かれた手紙はたいして面白いものでもないはずであるが、源氏はそれを手から放すのも惜しいようにじっとながめていた。
【井中蛙の雑録】
○二十帖 朝顔の光源氏 32歳の秋~冬。