愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題269 句題和歌 21  白楽天・長恨歌(15)

2022-07-04 08:48:34 | 漢詩を読む

漢からの使い・方士に対面した太真(楊貴妃)は、一言皇帝への謝意を述べた後、一気に捲(マク)し立てます。曽ては人形の如く、なすがままに無口に近かった楊貴妃が、思いの丈を語るさまは、皇帝との別れ以来、いかに募る思いを鬱積させていたかを想像させます。

 

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<白居易の詩> 

   長恨歌 (15)

101含情凝睇謝君王、 情を含み 睇(ヒトミ)を凝らして君王に謝す

102一別音容両眇茫。 一たび別れてより音容 (オンヨウ)両(フタ)つながら眇茫(ビョウボウ)たり

103昭陽殿裏恩愛絶、 昭陽殿裏 (ショウヨウデンリ)恩愛絶え

104蓬莱宮中日月長。 蓬莱宮中(ホウライキュウチュウ)に日月(ジツゲツ)長し

105迴頭下望人寰処、 頭(コウベ)を迴(メグ)らして下に人寰(ジンカン)を望む処

106不見長安見塵霧。 長安を見ず 塵霧(ジンム)を見る

107唯將旧物表深情、 唯(タ)だ旧物(キュウブツ)を将(モッ)て深情(シンジョウ)を表(アラワ)し

108鈿合金釵寄將去。 鈿合 (デンゴウ)金釵 (キンサイ)寄せ将(モ)ちて去らしむ 

109釵留一股合一扇、 釵は一股(イッコ)を留め 合(ゴウ)は一扇(イッセン) 

110釵擘黄金合分鈿。 釵は黄金を擘(サ)き 合は鈿(デン)を分かつ 

111但敎心似金鈿堅、 但(タ)だ心をして金鈿(キンデン)の堅きに似せしむれば

112天上人閒会相見。 天上 人間 (ジンカン)会(カナラズ)ず相見(アイマミ)えんと

   註] 〇音容:声と顔; 〇眇茫:遠くてぼんやりしか見えないさま; 〇昭陽殿: 

    漢の宮殿の名; 〇蓬莱宮:神仙山の一つ蓬莱山にある宮殿; 〇人寰: 

    人間世界、俗世。“寰”は領域; 〇処:……すれば; 〇旧物:二人が 

    結ばれた夜、固めの品として玄宗が贈った鈿合金釵、“鈿合”は螺鈿細工の 

    小箱、“金釵”は金のかんざし; 〇寄將去:玄宗のもとに届ける; 

    〇一股:二股のかんざしを折った片方; 〇一扇:“扇”は量詞で、扉・窓などを 

    数える。    

<現代語訳> 

101玉妃は思いを籠めて、道士を見つめ、帝への感謝を述べる。

102「ひとたびお別れしてから、お声もお姿も渺茫と霞んでしまいました。

103昭陽殿で賜った恩愛は断ち切られ、

104ここ蓬莱宮で過ごす月日も久しくなりました。

105振り返って、人の世を望みましても、

106長安の都は見えず、目に入るのはただ塵と霧ばかり。

107今はただ、懐かしい品々で慕わしい思いを表したく、

108螺鈿(ラデン)の小箱と黄金のかんざしをお持ちになってください。

109かんざしは裂いた一本を、小箱は分けた一枚を手元に留めましょう、

110かんざしの黄金と、小箱の螺鈿を二つに分けました。

111二人の思いがこのかんざしの黄金や小箱の螺鈿のように堅固でありましたなら、

112天上界と人界とに別れていてもいつか必ずお会いできる日があるでしょう。

               [川合康三 『編訳 中国名詩選』 岩波文庫 に拠る] 

<簡体字およびピンイン> 

101含情凝睇谢君王、 Hán qíng níng dì xiè jūnwáng,      [下平声七陽韻]

102一别音容両眇茫。 yī bié yīn róng liǎng miǎo máng. 

103昭阳殿里恩爱绝、 Zhāoyáng diàn lǐ ēn'ài jué, 

104蓬莱宫中日月长。 pénglái gong zhōng rì yuè cháng.

105回头下望人寰处、 Huí tóu xià wàng rén huán chù,     [去声六御韻]

106不见长安见尘雾。 bù jiàn cháng'ān jiàn chén .     [去声七遇韻] 通韻

107唯将旧物表深情、 Wéi jiāng jiù wù biǎo shēn qíng, 

108钿合金钗寄将去。 diàn hé jīn chāi jì jiāng .         [去声六御韻]

109钗留一股合一扇、 Chāi liú yī gǔ hé yī shàn,           [去声十七霰韻]

110钗擘黄金合分钿。 chāi bāi huáng jīn hé fēn diàn. 

111但敎心似金钿坚、 Dàn jiào xīn sì jīn diàn jiān, 

112天上人間会相见。  tiān shàng rén jiān huì xiāng jiàn. 

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曽ては皇帝の深い恩愛を賜った身でありながら、一別以来、神仙山の蓬莱宮にあって、帝の恩愛も絶えて久しくなり、お姿・お声ともに記憶が渺茫として参りました。また人間界に目を遣っても塵霧に遮られて、懐かしい長安を眼にすることはできません。さりながらお慕いする思いは、終ぞ絶えたことはありません。

 

今はただ、思い出の品々で私のお慕いする気持ちが変わらないことをお示ししたく思います。ここに螺鈿細工の小箱と黄金のかんざしがあります。小箱は蓋と身に分け、また二股のかんざしは一足づつに分けて、それぞれの片方を持ち帰り、帝にお届けください。

 

片方は私の許に留めおきます。二人の心が小箱やかんざしの金物と同様にいつまでも堅固であったなら、今は天上界と地上界に分かれていても、何時の日にか 必ずや再開が叶えられるでしょう と、思い出の品々の片割れを方士に手交します。

 

いよいよ長恨歌の大詰めを迎えようとする一歩手前の場面です。女性の細やかな心使い というか、人をしてホロリとさせる情の機微に触れる楊貴妃の提案でした。読者を虚実が綯い交ぜになった世界に導いていく長編ロマン、白居易の才の豊かさに感服させられます。

 

<句題和歌>

 

先に句題和歌に関する項で、紫式部『源氏物語』「桐壺」帖の中で、桐壺更衣が心労と産後の肥立ちがよくなく、実家での療養中に亡くなった後、使いの者が更衣の母親からの思い出の品々を‘贈り物’として桐壺帝に届ける場面がありました。

 

その折、帝は、‘贈り物’を前にして、「これが唐の幻術師が他界の楊貴妃に逢って得て来た玉の簪(カザシ)であったら……」と漏らす場面(閑話休題266、句題和歌19) 。話の先取りする結果となりましたが、『源氏物語』で言及された話題は、長恨歌の此処の箇所に関連する事柄でした。

句題和歌として藤原高遠の歌(下記)を紹介します。これまで長恨歌を細切れにして読んできましたが、初回の長恨歌(1)で紹介したのは高遠の歌(閑話休題247、句題和歌7)でした。その後、この項で紹介することはなかったが、ほとんどすべての箇所で高遠は句題和歌を詠んでおりました(千人万首asahi-net.or.jp)。藤原高遠は、大の“長恨歌”ファンであったことが窺われます。 

 

ここにても ありし昔に あらませば

   過ぐる月日も 短からまし(藤原高遠『大弐高遠集』) 

  (大意) ここ蓬莱宮にあっても、昔のように帝が傍にいて恩愛を受ける状況にあった

    なら、ここで過ごした長い歳月も長く感じることはなかったでしょうに。 

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