【本帖の要旨】新しく築造された六条院に初めての正月がめぐってきました。新春の六条院は、玉を敷いたといってよいほど栄華に満ちていた。紫の上が棲む春の町は庭の梅が咲き誇り、この世の極楽の趣きであった。源氏は春の御殿で紫の上と年賀を祝った後、他の女君の御殿へと出かけ、歌や贈り物を交わします。
同じ春の町にいる明石の姫君のいる居室にいくと、実母の明石の上からの贈り物が届いている。よい形をした五葉松の枝に作り物の鶯を止まらせた州浜(スハマ)*で、それに歌が添えられていた:
年月を まつに引かれて 経る人に
今日鶯の 初音聞かせよ (明石の上)
源氏は胸に沁(シ)みる思いがして、正月ながらもこぼれる涙をどうしようもないふうであった。母・明石の上は、六条院に越してきてはいたが、まだ娘と対面はしていなかったのである。夕暮れには明石の上を訪ねるが、明石の上は、姫君からの返歌を読み、想い乱れている様子であった。その日源氏は、そこに泊まります。
翌日は、源氏の許には多くの客が新年のあいさつに訪れるが、玉鬘(タマカズラ)の美貌に気もそぞろであった。その後、二条東院の末摘花、空蝉らを訪ねます。儀式が一段落して、今年は男踏歌が行われて、六条院に住む女性たちが対面する。これを機に、女楽(オンナガク)を開催することを源氏は考える。
本帖の歌と漢詩:
ooooooooo
年月を まつに引かれて 経る人に
今日鶯の 初音聞かせよ (明石の上)
[註] 〇まつ: “松”と“待つ”の掛詞。
(大意) あなたが大きくなるのを待ち焦がれて年月を過ごして来た私に
新年の今日は鶯の初音(初便り)を聞かせてください。
xxxxxxxxxx
<漢詩>
母愛 母の愛 [下平声九青-下平声八庚通韻]
分開幾歲経, 分開(ワカレ)て 幾歲(イクトシ)経(ヘ)りしか,
離思一盈盈。 離思(リシ) 一(イツ)に盈盈(インイン)たり。
元旦子恭喜, 元旦 子(ネ)の恭喜(メデタ)き日,
願其鶯初鳴。 願うは其れ 鶯の初鳴(ハツネ)。
[註] ○分開:別れる; 〇離思:家族と離れた寂しいおもい; 〇盈盈:
情緒・雰囲気などが溢れているさま; 〇恭喜:“おめでとう”の意。
<現代語訳>
母の愛情
お別れして幾年月が経ったであろうか、
離れて暮らす思いが胸いっぱいに満ちている。
元旦で子の日という目出度い今日こそは、
願うはただ、鶯の初音を聞かせてください と。
<簡体字およびピンイン>
母爱
分开几岁经, Fēnkāi jǐ suì jīng,
离思一盈盈。 lí sī yī yíngyíng.
元旦子恭喜, Yuándàn zi gōngxǐ,
愿其莺初鸣。 yuàn qí yīng chū míng.
ooooooooo
源氏は、「返事は自分で書きなさい」と言い、硯の世話などやきながら姫君に書かせた。歌が書けるほどに成長しています。姫君の返歌:
引き分かれ 年は経れども 鶯の
巣立ちし松の 根を忘れめや (明石の姫君)
(大意)お別れして、ずいぶん年月が経ちますが、私・鶯が何で巣立った
松の根を忘れることがありましょうか。
可愛い姿で、毎日見ている人でさえ誰も見飽かぬ気のするこの姫君に、別れて以来今日まで母親に逢わせてやっていないことは、真実な母親に罪作りなことであると、源氏は心苦しく思うのであった。
【井中蛙の雑録】
○二十三帖 初音での光源氏 36歳正月。
○女楽:女だけ、またはおんなが中心となって演奏する音楽。
○*州浜とは:州浜台の略;州浜台は、州浜形にかたどって作った台。木石・花鳥などの景物をあしらい、宴会などの飾り物としたり、婚礼・正月などの料理を盛るのに用いた。