[二十二 玉鬘 要旨] (光源氏 35歳)
曽ての内大臣(頭中将)の恋人で、“折々には、撫子の花に宿る露に哀れをかけて”と歌を残して、娘と共に姿を消した女、この女は夕顔であり、 “撫子の花に宿る露”が玉鬘である。
夕顔の死後、玉鬘は、乳母の縁者を頼りに筑紫に下っていて、今は妙齢の眩いほどの美人に育っている。筑紫では、土地の豪族から強引な求婚を受けて、苦慮していたが、乳母は、玉鬘を守り、また玉鬘を両親に逢わせたいとの思いで、上京する。
玉鬘一行は、開運祈願のため長谷詣でに出かけ、同じく長谷詣でに参っていた曽ての夕顔の女房・右近と奇しくも巡り逢う。右近から話を聞いた源氏は、玉鬘を自邸に引き取ろうと思う。
源氏は、まずは手紙を送り、返事の書きようでその人を判断しようと右近を介して手紙を届けた。細々と書いた後、次の歌をそえた。
知らずとも尋ねて知らん三島江(ミシマエ)に
生ふる三稜(ミクリ)のすじは絶えじな (光源氏)
玉鬘は、書くのを躊躇していたが、周りから催促されて書いた。字は力のないようにも見えるが、品がよくて感じの悪くないもので、源氏は安心した。源氏は、玉鬘を引き取り、六条院の花散里に託します。
新年が近づき、源氏は六条院住まいの女性たちに衣裳を誂える。玉鬘にはとりわけ鮮やかな衣装が仕立てられ、紫の上は、複雑な胸中を覗かせる。
本帖の歌と漢詩:
ooooooooo
知らずとも尋ねて知らん三島江に
生ふる三稜のすじは絶えじな (源氏)
[註] 〇三稜:実栗(ミクリ)ともいう。
(大意) 今は私をご存知なくとも、尋ねて来てくだされば分かりましょう。三島江に生える三稜のように、あなたとわたしは深いした縁でつながって いるのですから。
xxxxxxxxxx
<漢詩>
深緣 深き緣 [上平声十一真-下平声一先通韻]
君不知所我傷神, 君は知るまい 我が神(ココロ)を傷ている所を,
固是問人詳細宣。 固(モト)より是れ 人に問わば詳細に宣(ノ)べん。
如三島江三栗草, 三島江(ミシマエ)の三栗草(ミクリ)の筋の如くに,
和君我有密深緣。 君 和(ト)我は密にして深い緣(エニシ)が有るを。
[註] ○三栗草:池や沼などに生える、葉は線形で長く、高さ1mくらいの多年草。
<現代語訳>
深い縁
今、私が心を砕きあなたのことを心配していることは、御存じないでしょうが、言うまでもなく、尋ねて来たなら委細解るでしょう。三島江の三栗の筋のように、貴方と私は深い縁で結ばれているのですから。
<簡体字およびピンイン>
深缘 Shēn yuan
君不知所我伤神, Jūn bùzhī suǒ wǒ shāngshén,
固是问人详细宣。 gù shì wèn rén xiángxì xuān.
如三岛江三栗草, Rú sāndǎo jiāng sānlì cǎo,
和君我有密深缘。 hé jūn wǒ yǒu mì shēn yuán.
ooooooooo
玉鬘が、返した歌。用箋は薫物の香を沁ませた唐紙である。深い縁があると聞き、自問する風である。
数ならぬ 三稜(ミクリ)や何の 筋なれば うきにしもかく 根を留めけむ
(大意)人の数にも入らないわたしは、どういう縁で三稜が根をおろすように この憂き世の中に生まれてきたのでしょう。
【井中蛙の雑録】
○二十二帖 玉鬘での光源氏 35歳。この帖以降十帖を、“玉鬘十帖”と言われている。
○歌枕“三島江”:淀川下流の古称、大阪府高槻市南部から大阪市東淀川区東端辺りまでをいう。
○ミクリは、池や沼などに生え、葉は線形で長く、高さ1メートルくらいになる。実は先がとがり、基部が楔形をしているが、集合した形が栗のイガのようだから、実栗とも書く。