[二帖 帚木-1 要旨] (光源氏 17歳夏)
頭中将は、左大臣の息子で、光源氏の妻・葵の上の兄であり、源氏とは大の仲良しである。梅雨の頃、物忌の日に源氏の宿所に来て、源氏が女性から貰った手紙について感想を語り合っていた。やがて頭中将は女談義を始め、そこへ左馬頭と藤式部丞が加わり、賑やかに「雨夜の品定め」と呼ばれる体験談が展開される。
「私も馬鹿者の話を一つしましょう」と前置きして、頭中将が語りだしました。内緒で見初めた女で、万事控えめで心が惹かれていった。たまにしか行かなくてもわたしを信頼するようになり、私も将来の事でいろいろ約束した。暫く訪ねるのが途絶えていると、撫子の花を添えて、次の歌を認めた手紙を寄越してきました。なお、二人の間には、可愛い女の子が居たものですから、随分心細かったのでしょう。
山がつの 垣は荒るとも をりをりに
哀れはかけよ 撫子の露 (女)
それで訪ねてみると、いつもの通り穏やかで、恨めしく思う心を必死に見せまいと涙を隠します。私は安心して帰り、またしばらく訪ねるのが途絶えているうちに、娘を連れて姿を隠してしまったのです。探したいのですが、消息は不明です、と頭中将は、涙ぐんで語った。
本帖の歌と漢詩
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山がつの 垣は荒るとも をりをりに
哀れはかけよ 撫子の露
[註] 〇山がつ:山賤、山仕事を生業とする身分の低い人、
自分を卑下して言う語。
(大意) 山がつの垣根は荒れているとしても、折々には
訪ねきて愛情を注いで下さい、娘の撫子の花に
宿る露に
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<漢詩>
給女孩愛情 女孩(ムスメ)に愛情を給え
[上平声十灰韻]
無為牆壁委蒿萊,為す無し 牆壁 蒿萊(コウライ)に委(ユダネ)る,
但願随時君訪來。但だ願う 随時 君の來訪あるを。
牆上娟娟紅瞿麦,牆上 娟娟(ケンケン)たり 紅瞿麦(ナデシコ)の花,
給花上露摯矜哀。花上の露に摯(シ)たる矜哀(キョウアイ)を給え。
[註] 〇無為:自然の成り行きにまかせる; 〇牆壁:垣根、
塀; 〇蒿萊:よもぎ、雑草; 〇娟娟:清らかで
美しいさま; ○紅瞿麦:撫子の花、ここでは可愛い
娘のこと; 〇摯:誠実である; ○:露:涙;
〇矜哀:あわれむ、不憫に思う。
<現代語訳>
娘に愛情を注いで
為すがままに荒れた垣根には雑草が伸び放題である、だが折々にはどうか訪ねて来てください。垣根には清らかで美しい撫子の花が咲いています、花に宿る露に心の籠った愛情を注いでやって下さい。
<簡体字およびピンイン>
给女孩爱情 Gěi nǚhái àiqíng
无为墙壁委蒿萊, Wúwéi qiángbì wěi hāo lái,
但愿随时君访来。 dàn yuàn suíshí jūn fǎng lái.
墙上娟娟红瞿麦, Qiáng shàng juān juān hóng qú mài,
给花上露挚矜哀。 gěi huā shàng lù zhì jīn āi.
ooooooooooooo
頭中将は、女を訪ねて行った時、子供のことは言わずに、まず母親の機嫌を取るように、次の歌を返します:
咲きまじる花は何れとわかねどもなほ常夏にしくものぞなし
(頭中将)
[註]〇常夏:唐撫子(カラナデシク)を指す、子の“大和撫子”と母
の“唐撫子”。
(大意) 咲き混じっている中では、大和撫子も唐撫子も
その美しさは差を付けかねますが、やはり常夏の花に
勝るものはありません。
【井中蛙の雑録】
〇“撫子の花” (可愛い女の子)は、後の“玉鬘”であり、母は後の“夕顔”である。