こひのうた
よみ人しらず、素性法師の恋歌。併せて、万葉集の歌を同じ聞き耳で聞きましょう。
古今和歌集 巻第十四恋歌四
720~722
720
題しらず
よみ人しらず
たえず行くあすかのかはのよどみなば 心あるとや人のおもはん
このうた、ある人のいはく、なかとみのあずまひとが歌なり
絶えず流れる明日香の川が淀むならば、水にも心あるかと人が思うだろう……絶えずゆく飛ぶ鳥のようなひとが逝きよどんだら、こころある門や、人のおを食む。
この歌、或る人が言うには、中臣東人の歌である。
「ゆく…行く…水が流れる…身も心も情に流れる…逝く」「あすか川…明日香川、飛鳥川、絶えず流れ早い川、とりとめもなく流れが変わる川」「川…女」「よどむ…淀む…ゆきわずらう」「心ある…思慮がある…情がある」「と…門…女」「や…疑問・感嘆の意を表わす」「人…人々…男」「おもはん…思はむ…おも嵌む…おを食む」「お…おとこ」「も…意味を強める」。男の歌。
721
よどがはのよどむと人はみるらめど 流れてふかき心ある物を
淀川が淀むと人々見るでしょうが、流れてて深い心があるものよ……淀川のようによどむひとかなと、君は見るようだけど、流れて深い情があるのよ。
「よど川…淀川…ゆどむひと…ゆきわずらうひと」「川…女」「みる…見る…思う…覯する…身を合わせる」「流れて…水は流れていて…身も心も情に流れて…めのなみだ流れて」「心…思慮…情」。女の歌。
722
素性法師
そこひなきふちやはさはぐ山河の あさきせにこそあだ浪はたて
底なしの淵は騒ぐか騒がない、山川の浅い瀬にこそあだ波は立つ……底なしのひとは音立てるかさわがない、山ばとかの、情の浅い背の君にこそ、あだな身は立つ。
「そこひなき…底なしの…情が深く果てしない」「ふち…淵…女」「や…反語の意を表わす」「さわぐ…やかましく音を立てる…心がさわぐ…心が波立つ」「山…山ば」「かは…疑問や反語を表わす」「あさきせ…浅瀬…心浅い背…情の浅い男」「こそ…強く指示する意を表わす…子ぞ…子の君よ」「あだ波…徒な心波…いいかげんで浮ついた汝身…あだな身」。法師の歌。
なな背のよどみに波も立たざらめ
歌の言葉は浮言綺語の戯れのようなものながら顕れる旨があると藤原俊成はいう。
万葉集の歌の鳥と川に寄せて詠まれた歌の趣旨を聞きましょう。
万葉集巻第七 譬喩歌
寄鳥
1366
明日香川 七瀬之不行尓 住鳥毛 意有社 波不立目
明日香川、七瀬のよどみに住む鳥も、心あればこそ、さわぎ立たないのでしょう……とりとめもなく流れ変わるかは、なな背のよどみのために澄むひとも、わけあればこそ、波立たざらめ。
「かは…疑問・感嘆などを表わす」「七…なな…感嘆詞」「瀬…背…男…浅い…早い」「不行…不逝」「住む…済む…澄む」「意…心…意見…思うこと…意味…わけ」「目…め…む…推量の意を表わす…女」。女の歌。
万葉集巻第七 譬喩歌
寄河
1379
不絶逝 明日香川之 不逝有者 故霜有如 人之見国
絶えずゆく明日香川がよどむならば、わけでもある如く、人々見るだろうなあ……絶えず逝く飛ぶ鳥のひとが逝けないのは、白いしもの故である如く、ひとがみるだろうなあ。
「逝く…行く」「川…女」「故…ゆえ…わけ」「しも…強める言葉…霜…下…おとこ…白」「見…覯」「見国…見まくに…見るだろうに」。男の歌。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
万葉集の原文は、塙書房発行 万葉集 本文篇による。