吾が恋は まさかも かなし
草枕 多胡の入野の 奥も かなしも
○まさかも=今でも 入野=山に囲まれて入り込んだ野
解説文中に以下の説明がある。
----『 いったい、「かなしい」とはどんな気持ちでしょう。 大事な物を失えば悲しいですよね。悲しみは深く何かを愛する気持ちのようです。 だから、もし愛する人をなくしたらと思うと、切なくて仕方ない。作者はそんなわが身が、いじらしくて、いとおしくて、悲しいのです。』---
解説者は万葉時代の「かなし」の用法を勿論知っているだろう。だが、この解説では、現代一般人は、現代用語の「悲し」と解釈してしまう。
この歌の「かなし」は現代用語で言うと「胸きゅん」であろう。愛(いとお)しくて胸が高鳴るのだ。因みに、手元にある辞書(旺文社の古語辞典)を開いてみる。
「人間に関しては痛切に情愛を感じて胸がつまる感じ、自然に対しては深く心を打たれる感じ」
私は今年1月に多胡(たご)の地を訪れている。→高崎自然歩道・万葉石碑の路
だから、この万葉集の歌には愛着がある。ここの「かなし(可奈思)」は、いつまでも読み人の心から離れない情愛であると私は解釈する。
※万葉集3373
多麻川に 晒す手作り さらさらに 何そ この児の ここだ愛しき
○手作り=手織りの布 何そ=どうして この児=この娘 ここだ=こんなに