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元高校教師のブログ[since2007/06/27]

地元仲間とのウォーキング、ハイキング、サイクリング、旅行の写真入報告。エッセイや意見も。

 「岩」

2007-08-12 09:03:46 | 我が未刊詩集『蝉の死と』より

  ふとしたことで その岩の存在を知った 
  時とともに それは 僕の中に拡がった

  そして 岩への 幻想が始まる
 
  手に入るものは ことごとく読み耽った 
  記録も 詩(ウタ)も 伝説も 
  人の話しには 全身を耳にした 
  畳の上にひろげられた 一枚の地図
  --- 終日 時の経つのも忘れた 
  他人には何でもない 小さな活字
  --- 僕の血は騒ぐのだ 
  そして 心は 遠い 岩稜に飛ぶ  

    その一瞬 息をのんだ ---奈落の底だ 
  悪魔の息吹か 灰色の霧は 
  その中から 時々姿を見せる 壮大・峻険な岸壁 
  この威圧 この垂直 
  何百メートルあるのだろう 空はあるのか  

  遂に見た 岩は 矢張りあったのだ 
    本当にあったのだ ---想像を絶して 
  しかし この胸の高鳴りは どうした訳だ 
  恐怖ではない ---- 不思議なおののき  

  それから 何度も何度も山へ行った 
  岩は いつも そこにあった 
  相対している それだけでよい 
  そばにいる それだけで充分 生きる喜びだった  

  ある夏の日 眠れない程 こがれて 僕は出かけた 
  睡眠不足のせいにするのか 
  最初から足が重かった 気ばかり急いだ 
  ---時計の音と耳鳴り 遂に動けなくなった 
    吐き気をもよおし めまいがした 
  脱ぐのももどかしく 着ているものをとった 
  ---倒れたようだった 

  ---心地よい感触で気づいた やさしい岩肌だった 
    冷気は 頬から 腕から 足から 
  五体に浸透していった 
  パンやジュースが見捨てた この肉体を 
  岩は やさしく 蘇(ヨミガ)えらせた 
  濡れた岩肌・・・ 大いなる慈愛 生の充実 
  それを この身体で確かめた  

  
  ---それは 遠い 少年の日の夢  
  こうして今 岸壁をのぼっていると 
  不思議な虚しさを 感じてしまう 
  ハーケンの音が 冴えれば冴えるほど 
  言い知れぬ 空虚に襲われる 

  出てくるときは あんなに求めているのに 
  みんなも 必死になって求めている その岸壁に 
  眺めるだけでなく 
  こうして 実際 手で触れているのに
  
  もう 足が震えることも なくなった 
  本谷から這い上がってくる 陰険な霧が 
  ひんやりと 身体の中を 吹き抜けていっても 
  静かに 紫煙をくゆらす 私  

  岩よ お前が悪いのではない ---
  みんなが一番求めているものに 
  これがあるから生きているものに  
  身を投げだそうというとき 
  私にとっては 一番くだらないものに 
  ふっと 思えてしまう 

  そして そこから 充たされぬ 後向きの生が うまれる 
  岩よ お前が背むいてくれれば まだ 救いがあるのに   


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