元高校教師のブログ[since2007/06/27]

地元仲間とのウォーキング、ハイキング、サイクリング、旅行の写真入報告。エッセイや意見も。

筑波山(その3)

2007-12-26 03:22:13 | ハイキング

  筑波山はピラミッドか?----謎の巨石群 

  ピラミッドと言えばエジプトのそれが有名だが、もっと柔軟に考えたほうが良さそうだ。何も砂漠の中に石を積み上げなくとも、三角錐の自然の山に少し手を加えたもの。頂上には鏡のように光を反射する巨石。大きく裂けた2つの岩の間から、(麓から見て)太陽が昇ったり沈んだりする、光の通り道の巨石があればよい。
 そういう山には必ず謎の巨石がいくつも転がっている。春分・秋分、冬至・夏至など四季を通じた太陽の位置、日の出・日没の日々の動き----行事をしたり、作物を作ったりする上で、太陽の動きが生活に密接していたのであろう。

  ピラミッドは太陽信仰の人々の生活の知恵でもあった。日本各地にもこのような山々がある。大和三山と三輪山との関係は有名で、地元・桜井商業高校の生徒も調査実験し、TVで公開された。

  筑波山は関東平野で目立つ山で、我が鎌ヶ谷からでも、都立小岩高校[校歌→富士も筑波も靄こもる---]の屋上からでも見える。古代から人々が信仰の対象としたのも自然である。女体山・頂上の巨石群からは、古代の青銅鏡や祭祀用土器が見つかり、筑波山信仰が古代から続いていた事の証明になっている。 

  さて、その女体山を後にして、我々は歩きずらい石の坂を下ることになる。

 

  下るにつれて、いろいろな名称の巨岩が出てくるが、多くは仏教的名称。仏教隆盛の中世に、それまでの原始自然神道名と入れ替わったのであろう。 以下、写真を
並べていく。

 
    大仏岩                       北斗岩

 
  裏面大黒岩                  出船入船


  母の胎内潜り


  弁慶七戻り。天井石がずり落ちそうになってトンネルを形成している。弁慶でさえ潜るのを7度ためらったという伝説だ。

 

 巨岩帯を抜けると明るい平の場所に出る(左上の写真)。ここは「弁慶茶屋」という店があった所だ。筑波山神社への下りと、つつじヶ丘への下りの分岐点になっている。我々はバスの始発駅のあるつつじヶ丘(右上の写真)への下りを選んだ。[完結]  


コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 筑波山(その2) | トップ | 稲荷神社ときつね--いまだに謎 »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
筑波山はピラミッドかについて (komoriya2012)
2013-04-14 07:07:45
初めまして。
筑波山だけを捉えると本質が見えなくなります。
筑波山は「寺野東遺跡」と鹿島神宮までをも含む
巨大な司祭施設の一部として存在しています。
寺野東遺跡は冬至の日の出が筑波山の鞍部から
指すために作られたのです。
そして筑波山の巨石遺跡は鹿島神宮とその背景にある海から上る冬至の日の出を視るための施設です。

冬至の日の出線の反対側は夏至の日の入り線に
なるため鹿島神宮から筑波山に沈む夏至の日の入りを
拝むための複合的施設の一部です。

返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ハイキング」カテゴリの最新記事