肺動脈の収縮操法から見る類別克服法操法の法則性 村松陽一
考察に当たって
亀井師範がどのような知見を基に類別克服法を作り出したかを考察するのが眼目であり、現代における学問的な整合性の如何についてはその目的としていない。
しかし詳細なる学術的な整合性の如何は専門家による科学的な吟味は望む処ではあるが、中途半端な知識による机上の検証は百害あって一利も無い事を我々均整師は心に留めるべきである。
かって自分の理論を是とし、亀井師範は人を治していなかったのではないかと公然と発言した均整師がいた、その浅薄さに驚き、どこまで亀井理論を咀嚼した上での言い分なのかと疑った。
いつの日か亀井理論を覆すだけの理論と現象の説明できる整合性のある「新たな理論」が見つかるかもしれない。
しかし、道半ばの我々は、少なくとも師範が何を考えて類別克服法を完成させたか、この事を完全に掌握しなくては次の段階には進めないと考えているし、また進むべきでもない。
師会が現在企画されている類別克服法の新版については亀井理論の徹底した正確な理解なくして実現化される事には危機感を持っているし、更にいえば類別克服法の新版の着手は古典名作の現代語訳とは些か意味が違う事を心すべきである。
師会として新版類別克服法の製作は慎重の上にも慎重を期して頂きたく希望している。
しかしその反面、個々の研究やその発表はあくまでも自由であるべきだし、大いに行われなくてはならない事も忘れてはならない。
尚、脊髄副交感神経系については小生投稿の脊髄副交感神経の副腎における作用と類別克服法を参照のこと。
脊髄副交感神経系についての参考文献、呉建、沖中重雄著「脊髄副交感神経系」第6改訂版は現在入手困難であるが、小生が副会長時代に故蛇見会長の許可を得て購入、当該書籍は三浦現会長に渡してあり、電子化など可能な手段で、会員の希望者に資料として提供出来るようにすると聞いている。
肺動脈の収縮操法についての考察
生命の危機の崖っぷちは心肺機能の確保により辛うじて維持される事は誰もが知っている。
そして血液の循環は体循環(大循環)と肺循環(小循環)として捕らえられ、それらはに常に表裏となる。
言い換えれば各臓器、器官に血液循環をもたらす体循環は、肺に出入りする血液の循環に常に連動しているという事になる。
身体の自律神経の変動はその変動に関わる臓器、器官の変動の総和であり、そのことは同時に当該の各臓器、各器官の血流変動であり、またそれ即ち当該臓器、器官の血流変動の総和として表現されることである。
これらの変動は常に体循環、肺循環の変動として現れ、自律神経の変動は常に肺の血流変動を惹起しているとも換言できる。①
類別克服法研究においてのこの着眼の機軸は我々に大きな示唆を示してくれる。
その意味で中核になる肺動脈の操法の考察を通して、類別克服法の操法の法則性を模索する。
類別克服法 肺動脈の収縮 134頁
イ脊髄神経の基礎操法
「E 肺動脈の収縮をはかる場合には,第七頚髄神経の左を鼓舞します。操作は第七頚髄神経下関節突起外縁部を上内方に刺激します。」
この操法を理解しようとする時、注目すべきは肺動脈、ボタニー管における肺動脈主幹反射と呼ばれているものである。
この反射は肺外性な肺動脈基部に大動脈系起始部におけるGlomus aorticum(大動脈小体)
Glomus caroticm(頚動脈小体)に比肩すべき機構で血行調節に関する知覚受容体である。これらは大,小循環系に対する化学的感受体と理解されるが、その壮大なる規模はここに簡単に記す事はできない②
右無名動脈分岐部から左鎖骨下動脈にいたる間の大動脈並びに大分枝の最初の部分の外膜及び中膜に密集し、肺内蔵動脈にはこれを見ず,ボタロー氏管並びに肺動脈主幹部の中膜、外膜の中間に大動脈に見られる如き終末を証明し、この部位を感応電気、または機械的に刺激すると血圧が顕著に下降するを見、そしてこの場合に調整神経と迷走神経とを切断しておく時にはこの刺激効果は現れない事を知った。③
文章を要約すると肺動脈主幹部内圧の上昇は、血圧の下降と徐脈を起こすということであり、言い換えれば肺動脈が収縮すれば血圧と徐脈が起きるという事である。
これに関連して想起するのは老人操法で説かれている血圧の降圧操法である。
「C7,C5左を突くと一度に下がるがそれで治ったのではない。」
この老人操法に示された手技は先に挙げた頚動脈小体に関わる頚動脈洞反射及び肺動脈主幹反射を用いたものと思われる。
結論
先にあげた体循環と肺循環の関係を基に、この肺動脈基幹反射を含んでの肺動脈収縮操法を機軸に類別克服法の操法を見渡すと肝臓を迷走神経を通じて鼓舞する時の操法と同じ事に気が付く。
「肝臓を迷走神経を通じて鼓舞する場合には,第三または第七頚髄神経の左を鼓舞します。
操作は第三、第七頚髄神経下関節突起外縁部を上内方に刺激します。」類別克服法P118
逆説的に云えば、迷走神経を通じての肝臓鼓舞は肺動脈収縮をもたらす事にもなるのである。
このように操法の連関を繋げて行くと、類別克服法は臓器相関の書となるのである。
今回私が指摘したこの観点こそ、類別克服法操法の原則であり、類別克服法の根幹に迫る研究法であると信じている。
尚、上記の肺動脈収縮操法と肝臓鼓舞の両者の現象はベインブリッジ反射やスターリングの心臓の法則からも矛盾しない。
参考文献
①生理学テキスト 2001年 大地陸男
②内臓体壁反射 1994年 石川太刀雄 240頁
③脊髄副交感神経系 総論 1956年 呉建 沖中重雄 239頁