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鋼の錬金術師 第63話「扉の向こう側」

2010年06月27日 | 鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST
冒頭からごめんなさい、それでも言わせて欲しい。
グリードォォ…

怒るのはお門違いなんだけど、エドとかランファンは何故腹を突かれてるところを早く助けてくれなかったの!?
もっと早くランファンは駆けつけることが出来たじゃない!!
エドはホムンクルスと相対してたじゃない!!
グリードとリンの魂で会話してるシーンでだって(本当は一瞬の攻防だったんだろうけど)十分に時間があったじゃない!!
…そう思ってしまうのでした。
仲間が欲しかったのだと気付いたグリードがリンやエドに想いを馳せ、消滅するまでの流れが凄く悲しかった。
「魂の友よ…」という最期の言葉にグリードの満足を感じたけど、やっぱり死んで欲しくなかった。
取り込まれたグリードが硬度を操れるってことは脆くもできるって発想の転換をしたのが仲間を得たという他にも成長した瞬間を見た気がした。
それからグリードの最期がうしとらのとらを思い起こさせた。
グリードが「ランファン!!」て呼んだのが印象的でグリードの中ではランファンも仲間だったと認めてるみたいで嬉しかった。
リンの仲間ってことは俺の仲間みたいな感じ?


真理の扉の向こう側に戻ったホムンクルスが黒玉となって白玉と話している様子が面白かった。
手が生えたあたりとか不覚にも萌えかけたし。
真理の扉の前で真理とも全とも自分自身ともいえる存在である白玉に、かつて自分がエドたちに言った「思い上がった者に等しく絶望を与えよう」という言葉を返されたホムンクルスが、またあそこに戻るのは嫌だと泣いたシーンで同情してしまった。
「私はどうすればよかったのだ」と最期に問いかけたホムンクルスに「お前はその答えを見ていた」と返す真理。
私はこれを聞いた時、その答えはホーエンハイムなのだと思いました。
愛する人と家庭を築き命を育み連綿と命が続いていく姿こそがフラスコの中ではなく自由になったホムンクルスが真に望んだことだったのではと思ったのです。
まぁラストで外に出れたらそれだけでいいとクセルクセスでホーエンハイムとフラスコ越しに話していたシーンが出て、ああ外の世界を知識じゃなくて直接肌で感じその目で見ることか…と思った。
どっちも正解かもしれないし、どっちも違うかもしれない。
たぶん視聴者の判断に任されたんだと思うけど。
お前が思うんなら、そうなんだろ。お前ン中ではな。ですね!!!


空っぽになった鎧を前に泣きじゃくるメイと座り込むエドにランファンが持っていた賢者の石を使えというリン。
自分たちの体を戻すために賢者の石は使わないと約束したと断るエドに今度はホーエンハイムが命を差し出します。
父親だから、父親らしいことをさせてくれと言ったホーエンハイムですが、助けたいという純粋な気持ちは本物だと思う。
だけど存命じゃない賢者の石でさえ使うことを拒否しているのに、父親の魂と引き換えに戻ってアルが喜ぶだろうか?
答えは簡単、もちろん否。
むしろ錬成したエドを責めずに自分が父親を殺したと自分を責めることになると思う。
だから父親らしいことをさせてくれというのは自己満足にしかならないんだよね。
エドもそれを分かってるから断るんだけど、それでも父親だからという言葉が嬉しかったことには違いなくて、そんなことをしてくれなくても、ちゃんと父親だと認めてるって言う意味を込めて初めて親父と呼んだんだと思う。
それにしてもあんなに泣きまくってるエドは初めてかもしれないなぁ。
凄く印象的な画だったと思う。
思考を止めるなというエドの言葉にうわぁ、ここで!?って感心した。
そんなに使用頻度が高くないのに印象が強いこの言葉がこの重要なシーンで出るって凄いと思った。
緊張感ある、こんな場面でもダリウスはゴリさんと言われてて笑った。
描き終わった錬成陣が投げたパイプで欠けてたらどうなってたかなとか考えてみる。
だからもうちょっと遠くに投げろと…って感じで蛇足的に。
エドが周りを取り囲む皆を見た時、皆から少しずつ寿命的なものを提供してもらうのかと思った。
分かりやすく言うと「オラに皆の元気を分けてくれ!!」で。
国を救った者に協力するのは感謝のしるし、アル一人分なら皆の命を奪わなくてもいい、メイのフォローで地脈のエネルギーも使って地球?からも少しだけ命をもらって…とか、そんな元気玉を考えてた。


真理を前に自分の真理の扉を対価にすると宣言するエド。
真理の扉って個々人のものだったんだ…と今更思ったんだけど、まぁ確かにいつもそれぞれの後ろに現れてたような。
それでも心理の扉を失ったらなぜ錬金術が出来なくなるのかが分からない。
真理の扉って錬金術だけのものなのか。
物事を覚えられなくなるとか?
錬金術ができないただの人間になるんじゃなくて、元々ただの人間だって言うのはちょっと予想ついてた。
だけど、ここでニーナの話が出るとは思わなかった。
母親を甦らせようとして失敗したのに、錬金術が全てという考え方は変わらなかったエドが己の無力を実感したのがニーナだったんだろうと思うと、悲しくも重要で忘れられない事だと複雑になるな。
「錬金術が使えなくても皆がいる」と笑うエド。
これはあれですね、英雄なんていらない宣言するゲームですね。
誰かが英雄になれるなら、誰もが英雄になれるはずってやつですね!?
しかし実際、錬金術を使えない人の方が多いわけでして、やってやれないことはない。
結局のところ世界は人と人が支えあったり干渉しあって成り立ってるんだよね。
それにしてもエドが錬金術を使えなかったら誰がこの国を守るのかとかいう話だとしたら上記の理由でいいと思う。
エド個人という話だったら錬金術が使える今までだってエドは皆に支えられてきたんですから変わりないわけで。
つまり「錬金術が使えなくても皆がいる」というわけです。
痩せ細りながらも戻ったアルに飛びつくメイと彼女に辛い役目をさせたことを謝るアル。
「そっか…」って今、気付いたんかい!?
それはともかくその二人を見て微笑むホーエンハイムが(二人とも未来の可愛い嫁GETして安心だな)って思ってたりして。


大総統夫人に渡されたあの胎児のことを夫人に何て説明したんでしょうね?
というか生きてるのかな、あの状態は普通なら外で生きられないと思うんだけど。
扉に取り込まれたホムンクルスに同情してたので彼のことを思ってくれる人がいて良かった。
ホムンクルスを一番知る人物である意味友達だったんだからホーエンハイムが思い返してくれてるのが良かったです。
それからアームストロング少佐がエドとアルがいて良かったホーエンハイムに礼を言ったのも嬉しかった。
ホーエンハイムに言った少佐がやっぱり凄いなと思った。
彼の体に罅が入ってることに気付いてたんじゃないかと思うんだけど、どうだろう?
この時に続いていく命のことを思ってホーエンハイムは生きてて良かったと思えたんだなと思った。
だからそれを見守っていきたいのに、やっと親子として暮らせるかもって思ったのに死ぬのは嫌だってトリシャの墓前で言ったんじゃないかな。
それでもそれは悔しいなって感じで、悲しんでるんじゃないのが分かる。
幸せそうに微笑んで亡くなったホーエンハイムが天国でトリシャと会えてたらなっていうか会ってるなと思わせる最期で良かったです。
EDがホーエンハイムの軌跡で泣きそうになった。
…ところでエドとアルにはちゃんと言葉を残して逝ったのか?



次回「旅路の涯」
いよいよ最終回です。



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