合気拳法 猿田会

新しく誕生した合気道の拳法
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四心多久間見日流和の概要 その9 結論

2011-08-07 14:30:34 | 一隅を照らす
一隅を照らす 第四節 遺稿 97ページ

(九) 結論

現在世界の兵器は極度に発達を遂げミサイル時代と称されるに至ったが、もしこの兵器を使用して世界戦争が始まったとしたならその時こそ地球上人類破滅の時と考えねばならない今日、世界人類発展のため絶対守らねばならないことは世界の平和である。千数百年前伝教大師が「必ず我が身を立てず自他平等の普門に入る」ことを本旨として、大乗的見地に立って四海泰平のためこの四心多久間見日流和を創始し広められていたということは、流石に伝教大師は人類発展のため窮極の心理を喝破されていたものと考えられて崇敬の念禁じ難いものがある。

現に欧米諸国の人々の間に日本の古武術の実践研究を始められつつあると聞いているが、日本の古武術は前述の様な窮極の哲理の上に立脚して神韻な妙術が完成されているからであればこそと思われるのである。

伝教大師が入唐されたのが紀元一四六四年、桓武天皇の延暦二十四年であるから仮にその時から数えてこの流儀は実に千百五十七年の長い間(注・昭和三十七年現在)綿々脈々として今日に及び、細々ながら今なお富山人士の間に伝わり古い伝統に輝いているのである。

この「和」は富山藩に伝来してからだけでも年数長く、その上旧藩時代に大変繁栄した武術だけに大木の根のように正流、傍系が根に根を生じて錯綜繁雑しているので、是等の系統を整理するだけでも容易でない処へ、さらに維新後廃藩置県や廃刀令発布等で武道が頽廃するし、そのうえ富山は度々の火災を被っており貴重な関係書類が分散湮滅しているので調査は至難である。

筆者は昭和三年御大典を記念に富山藩伝来の古武術の維持保存を企画して「古流武術同志会」を結成してこの調査に手懸けてみたけれども時既に遅かった。古いことを知っておられた先生方が相次いで物故されていたからでもあった。さらに細腕で残り粕を掻き集めるみたいに少々調査していた自分としては虎の巻の備忘録まで今度の戦災で失ったものもあって今回武道新聞の新年号に寄稿を請われたが如何んせん自分の伝授を得ているものに関連する小範囲のことしか書けず、この程度で御茶を濁すことしか出来ないことはまだ関係の方々多数ある筈のことと思うだけに申し訳なく良心の呵責に堪えない次第である。何卒関係各位の御寛恕を願いつつ今回は以上で筆を擱くことにする。

(註) 昭和三十七年武道新聞に掲載された文である。