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『春原さんのうた』

2022-11-21 22:59:12 | 映画・DVDレビュー
のちのち
昨日書けなかった映画感想。昨日の記述と重複する部分も若干あります。

観に行った作品はこちら。

映画『春原さんのうた』

TAMA CINEMA FORUM 映画祭のプログラムの一つとしての上映でした。
ちなみに今作含む全体の上映プログラムはこちらになります。
映画祭の概要についてはサイトをご覧ください。

自分としては、地元の映画イベントとして関心はあるものの、過去そう熱心に出かけているわけでもなく、気になる作品があれば観に行く程度です。気になっても時間やスケジュールの関係で観られないこともありましたし。
そうは言っても発足当時から知っているので、もともと辺境の地で地味にスタートしたイベントが次第に規模が大きくなり、会場数やプログラムも増えて、2009年から始まった映画賞も注目を集めることとなったのは感慨深いです。今や国内各映画賞のトップバッターとして、その後の各映画賞の行方を占う目安ともなっているそうで、つまり多摩市は日本のカンヌってコト?——なんて冗談も身内では言っています。

というわけで、今年「気になる作品」として観に行ったのが『春原さんのうた』。いわゆるインディペンデント系作品として、2021年の公開後、世界各地の映画祭や国内の単館を回っていましたが、このたびやっと観る機会を得ました。
脚本・監督:杉田協士 主演:荒木知佳 原作:『春原さんのリコーダー』(東直子)
「原作」と書きましたが、東さんの歌集の或る一つの歌をモチーフに、イメージや話をふくらませて作られたのが今作です。

映画の舞台の一つとして多摩市の聖蹟桜ヶ丘近辺が登場し、地元の映画カフェ《キノコヤ》さんもロケ地として使われています。キノコヤさんは店内で映画上映も行える(もちろんこの作品も)設備を持ち、最近では映画製作にも進出されたということです。また、経営者の黒川由美子さんは「本人役」というような形で今作にご出演もされています。
しかしこのお店、自分も前を通りかかったことはありますが、なんとなく敷居が高く感じられて、中に入ったことないんですよね……
このたびの映画祭に於る上映会場は聖蹟桜ヶ丘駅前の公民館《ヴィータ・コミューネ》のホールですから、いわば凱旋上映ということになるでしょうか。
トップ画像は会場ではなく、以前に別の場所で映画祭のポスターと並んでいるのを撮ったものです。当日は朝10:30からの上映となりましたが、ホールは老若男女さまざまなお客さんたちでほぼ満席でした。

前置きや概要の説明が長くなりました。映画の内容としてはパンフレットに掲載された文章——

「美術館の仕事を辞めカフェでアルバイトを始めた沙知(24)は、常連客から勧められたアパートの部屋に引っ越しをする。そこでの新しい生活を始めた沙知だったが、心にはもう会うことの叶わないパートナーの姿が残っている。」

——これに尽きます。この「パートナー」が春原さんという女性です。はっきりとは語られませんが、二人が離れることになった理由は、おそらく死別と思われます。
カフェのマダムや常連、また元職場の同僚や友人、叔父さん叔母さん(ちなみに夫婦ではなく兄妹)たちもそのことは知っているようですが、大仰な慰めの言葉などは口にせず、ただ彼らのいたわりや優しさが、実に繊細に描かれます。
沙知だけではなく、作中には他にも大切な誰かと別れたり失ったりした人たちが何人か登場します。沙知がたまたま行き逢ったその人たちについても、また彼ら自身の口からも説明的に何かが語られることはなく、ただ喪失の感覚や孤独が伝わってくるだけです。その孤独に痛みは感じられてもとげとげしさはなく、ただ静謐で優しい。作中で繰り返し描かれる、開け放たれた窓やドアから入ってくる穏やかで涼しい風のように。
繰り返し描かれると言えば、登場人物が何かを「食べる」シーン、そして写真や映像を「撮る」シーンも、何回も出てきます。食べることは生きること、栄養だけではない「良きもの」を取り込むこと。撮ることはその人がそこにいた証しを収めること——と考えて良いでしょうか。それを喪失からの「再生」であると、簡単に言ってしまうのは躊躇われますが。
愛する人、大切な人を失うこと。それ以上の悲しみはない。引っ越したこと、沙知が前の職場を辞めたこと。それ以外に殊更大きい「イベント」が起きるわけでもない。そうして人は易々とは昇華も浄化もできない想いを抱えて、時の流れの中で少しずつ生き、おそらく少しずつ死んでゆく。失った人に想いを寄せながらゆっくりと。
それでも、映画終盤の沙知の故郷への旅は「前進」と捉えて良いのかもしれません。どこへ行っても、旅する時も、その傍らにはきっと春原さんが寄り添っているのだから。

転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー

この映画のモチーフとなった短歌です。そして、パンフレット掲載の監督と東さんの対談によると、映画ポスターのベースとなった「裏原作」とも言える歌がもう一つ。監督は明言していませんが、それはこの歌と推察されます。

夜が明けてやはり淋しい春の野をふたり歩いてゆくはずでした

上映後、杉田監督、主演の荒木知佳さん、そして東直子さんを招いてのアフタートークも行われました。いろいろな裏話や各国映画祭での反応(Q&AのMC自身が涙ぐんでいた時もあったとか)、お三方それぞれの出会いなど、貴重な楽しいお話がいろいろ聞けました。客席からの質問によって、観ている間は全く気付かなかったことに「そうだったのか!」と驚いたり。
作中、沙知がカフェの2階で書道パフォーマンスを行うシーンがあるのですが、それは多摩美術大学ご出身の荒木さんが実際にされていたことだというお話にも膝を打ちました。
中でも重要な製作秘話は、この映画のタイトル前のシーン——沙知と春原さんがカフェの2階席で向かい合って座っているシーンが、実は当初の構想ではラストシーンとして撮られていたということ。また、世田谷美術館での撮影も(沙知の勤務先として?)予定していたそうですが、コロナ禍により美術館は休館を余儀なくされ、脚本もすべて書き直したそうです。パンフレットには書き直した後の「撮影稿」と呼ばれる脚本が掲載されていますが、読んでみると、そこから更に新たに加わったシーンや逆にカットされたセリフなどもあることがわかりました。そもそもの企画段階ではどういう話だったのか、その「第一部」も観てみたい気もします。
ちなみにこの「撮影稿」を表に出したのは、各国映画祭で「この映画は即興で撮ったものか」と質問されることがあまりに多かったからだそうです。

なお現行の作中にも、世田谷美術館に於るパフォーマンスのシーンが挟まれています。これは実際に行われた下記プロジェクトを捉えた映像のようです。

「作品のない展示室」クロージング・プロジェクト パフォーマンス「明日の美術館をひらくために

リンク先のページをスクロールするとわかりますが、このプロジェクトの記録映像を撮影したのが杉田監督その人だったんですね。パンフレットの片隅にも、このプロジェクト名が記載されています。

ともあれ終始なごやかだったトークショー、もう少し聴いていたかったです。荒木さんが終始ニコニコしていらっしゃったのも大変チャーミングでした。
いったんの退場後、皆さんのサイン会も行われました。実は自分もまさに歌集『春原さんのリコーダー』を持っていたのですが、ちょっと恥ずかしく、また娘との待ち合わせもあったため遠慮してしまいました。でも、ご自身や荒木さんからご紹介のあった新刊(エッセイと書評集)、短編小説集は、その後すぐアマゾンで購入しましたよ。

この映画、メジャー系作品ではないので、今のところ配信予定などはなく、DVDなども発売されていません。もう一度観たいと思っても、次はどこで上映されるかの見当も付きません。完全予約限定販売でなりとソフト類を出してはもらえないものでしょうか?クラウドファウンディングが必要なら協力したいです。とは言え、やはり映画館であの時間に身を委ねたい気持ちもありますが……

日をまたいで、すごい長文になってしまいました。更なる余談ですが、沙知が「日高さん」から譲り受けて住み始めたあのアパートは、画面をよく見ると小竹向原にあるようです。そこから聖蹟桜ヶ丘までって、作中のセリフにもありましたが、通うのが大変そうですね。副都心線→都営線ルートかな?なんて、細かいことが気になる地元民でした。
そしてパンフレットに寄せた監督の文章によると、あのアパートは「日高さん」役の日高啓介さんが本当にお住まいになっていた部屋だったそうです。

本日の日記も少しだけ。
昨日の疲れが出たため、今日は近くのコンビニへ食料品を買い足しに行った以外は外出せず。TVもあまり観ず(朝の『舞いあがれ!』と夜の【グレーテルのかまど】【100分de名著】くらい)、もっぱら上記、東直子さんのご本を読んで過ごしました。『春原さんのうた』の影響か、なんだかTVの、特にCMの煽情的な音声や、ツイッターの雑な言葉の垂れ流しに疲れを感じるようになった気がします。
夕食は《ぽんしゃぶ》タレを使っての一人鍋。肉や野菜を多めに使ったので、白ごはん抜きでもお腹いっぱいになりました。

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