とある団体の旅行で、伊豆箱根まで出掛けた。選りすぐりの旅館やレストランで食事をさせて戴いた。折角温泉に来たのだからと言うことで、3回から4回温泉につかっていた。元箱根の温泉は少し硫黄の匂いのするお湯だった。伊豆長岡温泉は匂いのない単純アルカリ温泉と言うことだった。これだけ浸かれば、効能どおりの効果があるのではと素人判断で考えている。三養荘という旅館は立派だった。何しろ三菱財閥の別荘とか聞いているが、四万二千坪の敷地に、広い手入れの行き届いた庭、各部屋が独立した建物にお風呂付き。大変贅沢な旅行だった。お土産に庭に成っていた大きなカリンを戴いた。家に帰って、カリン酒でもつくるとしよう。
何度言っても、皆にうまく伝わらない、なかなか理解してくれない。こんな経験は誰にでもあるのではないだろうか。
会社でもISOに取り組み、クレームが出たらその改善、予防策に取組んでいるのであるが、いつまで経っても同じようなクレームが起こる。
その都度、責任者は二度とこのようなことはないようにと言いながら、部下に叱咤する。しかし、またほかの誰かが同じようなミスをする。
先日、上甲晃さんがある本でこのようなことを仰っていた。
物事を徹底させるには、繰り返し、繰り返し訴え続けて、それこそ皆から『しつこいな』、『うるさいな』、『もうわかったよ』といわれるくらい出なければならないと言うことである。
一度言ったくらいでは、相手の記憶にも留まっていない。繰り返し、繰り返し、耳にたこが出来て、ようやく相手に伝わったと考えて良いそうだ。
ある青年が、ごみの皆さんに分別を徹底させるために、しつこいほど、繰り返し徹底して進めて、そのお陰で、日増しし、ゴミ分別のレベルが上がったということでした。その青年は、毎朝一番、前日のゴミ分別の問題点をみんなに詳しく説明し、
しかも現物を手にして説明する。
「これは紙のゴミです。しかし、プラスチックの中に入っていました」とか「ペットボトルですが、キャップが外されていません」とか実に丁寧に細かく説明してくれる。当然、みんなの頭に入る。ゴミを捨てるときは、朝のミーティングで注意されたことが、自然と頭に浮かぶ。そして、翌日、もう問題はないだろうと思う。しかし、その青年がまた立ち上がり、細かいところまで問題点を説明する。その繰り返しが、皆の意識を徐々に高めていくということである。
どんなことでも、一度言ってあるからもう良いだろうと、考えるようでは駄目である。相手からうるさがられるほど、繰り返して繰り返して、徹底することがなければ、浸透しないと言うことである。
このためには、推進する人に”本気さ”がなければできないことだ。
そして、この”本気”が人を動かすのだろう。
人を動かすには、山本五十六はないが、動かす人の根気、やる気、本気が必要なのだろう。
会社でもISOに取り組み、クレームが出たらその改善、予防策に取組んでいるのであるが、いつまで経っても同じようなクレームが起こる。
その都度、責任者は二度とこのようなことはないようにと言いながら、部下に叱咤する。しかし、またほかの誰かが同じようなミスをする。
先日、上甲晃さんがある本でこのようなことを仰っていた。
物事を徹底させるには、繰り返し、繰り返し訴え続けて、それこそ皆から『しつこいな』、『うるさいな』、『もうわかったよ』といわれるくらい出なければならないと言うことである。
一度言ったくらいでは、相手の記憶にも留まっていない。繰り返し、繰り返し、耳にたこが出来て、ようやく相手に伝わったと考えて良いそうだ。
ある青年が、ごみの皆さんに分別を徹底させるために、しつこいほど、繰り返し徹底して進めて、そのお陰で、日増しし、ゴミ分別のレベルが上がったということでした。その青年は、毎朝一番、前日のゴミ分別の問題点をみんなに詳しく説明し、
しかも現物を手にして説明する。
「これは紙のゴミです。しかし、プラスチックの中に入っていました」とか「ペットボトルですが、キャップが外されていません」とか実に丁寧に細かく説明してくれる。当然、みんなの頭に入る。ゴミを捨てるときは、朝のミーティングで注意されたことが、自然と頭に浮かぶ。そして、翌日、もう問題はないだろうと思う。しかし、その青年がまた立ち上がり、細かいところまで問題点を説明する。その繰り返しが、皆の意識を徐々に高めていくということである。
どんなことでも、一度言ってあるからもう良いだろうと、考えるようでは駄目である。相手からうるさがられるほど、繰り返して繰り返して、徹底することがなければ、浸透しないと言うことである。
このためには、推進する人に”本気さ”がなければできないことだ。
そして、この”本気”が人を動かすのだろう。
人を動かすには、山本五十六はないが、動かす人の根気、やる気、本気が必要なのだろう。
ロータリーも一世紀が過ぎ、今やエバンストンの職員の指令の下、財団と称してお金をかき集め、とにかく人集めに奔走し、クラブを矢鱈に増やして、組織の拡大と存続に躍起になっている。そのような現実に、心あるロータリアンは『ロータリーの魅力』を失い、黙ってクラブを去っている。
このような中、今一度創立の原点に立ち戻り、ロータリーの魅力を考えてみたい。
かつて、ポールハリスが、非常に出席率の良い友人のロータリアンについてこう語っている。
「彼は病気がちである上に、例会場は自宅から20マイル(32キロ)も離れたところにある。
それにもかかわらず、例会に彼の姿をみないことは稀であった。
そうして、はるばる 出かけて行って、彼は例会で何を得たのか。
得たものは、単に友人との握手だけ だったかもしれない。
あるいは、単なる微笑だったかもしれない。」
人間には、お金にも時間にも何物にも代えがたい大切なものがあるものだ。
それは、ロータリーの友情、友愛、フェローシップではないか、ということを言っているのではないかと思う。
単に「親睦」という安直な言葉ではなく、「親友」、「真友(真の友)」、「信友(信じられる友)」、「心友(心の友)」、そのような温かみのある、精神的な次元の高いものが、フェローシップではないかと思う。
そして、このフェローシップが、根底となって、ロータリーの奉仕理念である、ヴォケーショナル・サービスに繋がっていくものだと思う。
そして、これが『ロータリーの原点』であり、『魅力』ではないかと思う。
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今こそ、我々はこの原点に戻り、ロータリーの魅力を取り戻したいものだ。
このような中、今一度創立の原点に立ち戻り、ロータリーの魅力を考えてみたい。
かつて、ポールハリスが、非常に出席率の良い友人のロータリアンについてこう語っている。
「彼は病気がちである上に、例会場は自宅から20マイル(32キロ)も離れたところにある。
それにもかかわらず、例会に彼の姿をみないことは稀であった。
そうして、はるばる 出かけて行って、彼は例会で何を得たのか。
得たものは、単に友人との握手だけ だったかもしれない。
あるいは、単なる微笑だったかもしれない。」
人間には、お金にも時間にも何物にも代えがたい大切なものがあるものだ。
それは、ロータリーの友情、友愛、フェローシップではないか、ということを言っているのではないかと思う。
単に「親睦」という安直な言葉ではなく、「親友」、「真友(真の友)」、「信友(信じられる友)」、「心友(心の友)」、そのような温かみのある、精神的な次元の高いものが、フェローシップではないかと思う。
そして、このフェローシップが、根底となって、ロータリーの奉仕理念である、ヴォケーショナル・サービスに繋がっていくものだと思う。
そして、これが『ロータリーの原点』であり、『魅力』ではないかと思う。
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今こそ、我々はこの原点に戻り、ロータリーの魅力を取り戻したいものだ。
21世紀のロータリーを活性化するためは、いかにすべきか。その方策の一つとして、会員増強が挙げられています。
現在、盛んに言われています、効果的なクラブとなる4つに指針のひとつが会員増強であり、これを受けたCLPにおいても、これが常任委員会となっています。
確かに会員数だけをみますと、日本のロータリアンの数は、1997年から減少傾向になっており、本年7月現在では、99,503名となり、ついに10万人を切りました。最高、約13万人(129,658名)在籍しておりましたので、ざっと、3万人減、率にして約23%減少しており、未だにその傾向に歯止めがかかっておりません。
そういう面から見ると、会員増強は大変差し迫った問題かと思います。
しかし、そうかと言って、むやみやたらな 増強は如何なものかと考えております。
一見ただの石ころに見えても、ダイアモンドの原石であれば磨けば、すばらしい光沢を発しますが、そうでなければ、何の変化もなく時間の浪費に終わります。
まさに、悪貨が良貨を駆逐する事態が起こって参ります。
やはり、優れた素質、能力をもった、よりぬきの人材を会員とすることが必要かと思います。
1957年にガバナーを務められた神戸RCの、直木太一郎氏の「今しばし拡大を留めて、原石を磨くべし」の言葉を残しておられます。今一度、我々はこの言葉をよく噛み締める必要があるのではないかと思います。
また、例会の回数を減らしたら、会員が増えロータリーが活性化するのではないかとの意見を聞くこともありますが、この意見にも同意しかねます。
ライオンズ・クラブは2週間に一度の例会を行い、ロータリーは毎週ですが、果たしてライオンズの会員が増えてロータリーだけが減少しているのでしょうか。
現実は、ライオンズにおいても会員減少が大変著しいと聞いています。
日本のロータリーの創設者、米山梅吉さんは「例会は人生の道場」という名言を残しています。
ロータリーでは創立時より例会出席をもっとも重要な原理原則として捕らえて参りました。
したがって、例回数を減らすことによって、ロータリーが活性化するとは思われません。
やはり、エリートの人材を見つけ出し、そのような人を増強することが、ロータリーの活性化に繋がるものと思います。
現在、盛んに言われています、効果的なクラブとなる4つに指針のひとつが会員増強であり、これを受けたCLPにおいても、これが常任委員会となっています。
確かに会員数だけをみますと、日本のロータリアンの数は、1997年から減少傾向になっており、本年7月現在では、99,503名となり、ついに10万人を切りました。最高、約13万人(129,658名)在籍しておりましたので、ざっと、3万人減、率にして約23%減少しており、未だにその傾向に歯止めがかかっておりません。
そういう面から見ると、会員増強は大変差し迫った問題かと思います。
しかし、そうかと言って、むやみやたらな 増強は如何なものかと考えております。
一見ただの石ころに見えても、ダイアモンドの原石であれば磨けば、すばらしい光沢を発しますが、そうでなければ、何の変化もなく時間の浪費に終わります。
まさに、悪貨が良貨を駆逐する事態が起こって参ります。
やはり、優れた素質、能力をもった、よりぬきの人材を会員とすることが必要かと思います。
1957年にガバナーを務められた神戸RCの、直木太一郎氏の「今しばし拡大を留めて、原石を磨くべし」の言葉を残しておられます。今一度、我々はこの言葉をよく噛み締める必要があるのではないかと思います。
また、例会の回数を減らしたら、会員が増えロータリーが活性化するのではないかとの意見を聞くこともありますが、この意見にも同意しかねます。
ライオンズ・クラブは2週間に一度の例会を行い、ロータリーは毎週ですが、果たしてライオンズの会員が増えてロータリーだけが減少しているのでしょうか。
現実は、ライオンズにおいても会員減少が大変著しいと聞いています。
日本のロータリーの創設者、米山梅吉さんは「例会は人生の道場」という名言を残しています。
ロータリーでは創立時より例会出席をもっとも重要な原理原則として捕らえて参りました。
したがって、例回数を減らすことによって、ロータリーが活性化するとは思われません。
やはり、エリートの人材を見つけ出し、そのような人を増強することが、ロータリーの活性化に繋がるものと思います。
アメリカの経済学者ミルトン・フリードマン(シカゴ大学名誉教授,ノーベル賞受賞)は米国において「小さい政府」の必要性を提唱して、有名なフリードマン理論というものを発表している。彼の理論によると、世の中にお金の使い方はたった4通りしかないという。
① 自分のために自分のお金を使う。
② 他人のために自分のお金を使う。
③ 自分のために他人のお金を使う。
④ 他人のために他人のお金を使う。
以上の4通りしかない使い方しかないのだが、この中で最も効率の良いのは、「自分のお金を自分のために使う」時であり、逆に最も効率が悪い、つまり無駄使いになるのは「他人のために他人のお金を使う。」というお金の使い方であるというのだ。
フリードマンによれば、これが大きな政府によるばらまき政策によるお金の使い方のモデルということだ。
しかし、この理論は単に政治の話だけでなく、ロータリーのお金の使い方にもぴったりと当てはまるのではないだろうか。
「自分のお金で奉仕活動を行う」時は少しでも無駄にならないかどうか気になるものだが、「皆のお金を集めて、他人のために奉仕活動をする」ときは、随分いい加減に使われているのではないだろうか。RIの悪口を言うつもりはないが、ロータリー財団などはこの典型かもしれない。かつて資金の運用であれだけ大きな失敗をしておきながら、未だに誰一人として責任も取っていない。詳しい会計監査もアメリカの監査会社がやっていると言うだけで、日本人のだれも本当に詳しく調べた人はいない。
また、規模は小さいけれど、それぞれのクラブにおいても同じようなことになってはいなだろうか。奉仕活動と称して外部の団体などへ安易な寄付をおこなっていないだろうか。奉仕活動を行うにあたりよく調査し、無駄なお金の使い方がされていないだろうか。更に、親睦活動や同好会活動など当然受益者負担で行わなければならない活動に、クラブ全員から集めた会費が使われていることはないだろうか。
細かいことを言うようだが、ロータリーであるからこそ尚一層、お金の使い方には十分気をつけなければならないと思う。
① 自分のために自分のお金を使う。
② 他人のために自分のお金を使う。
③ 自分のために他人のお金を使う。
④ 他人のために他人のお金を使う。
以上の4通りしかない使い方しかないのだが、この中で最も効率の良いのは、「自分のお金を自分のために使う」時であり、逆に最も効率が悪い、つまり無駄使いになるのは「他人のために他人のお金を使う。」というお金の使い方であるというのだ。
フリードマンによれば、これが大きな政府によるばらまき政策によるお金の使い方のモデルということだ。
しかし、この理論は単に政治の話だけでなく、ロータリーのお金の使い方にもぴったりと当てはまるのではないだろうか。
「自分のお金で奉仕活動を行う」時は少しでも無駄にならないかどうか気になるものだが、「皆のお金を集めて、他人のために奉仕活動をする」ときは、随分いい加減に使われているのではないだろうか。RIの悪口を言うつもりはないが、ロータリー財団などはこの典型かもしれない。かつて資金の運用であれだけ大きな失敗をしておきながら、未だに誰一人として責任も取っていない。詳しい会計監査もアメリカの監査会社がやっていると言うだけで、日本人のだれも本当に詳しく調べた人はいない。
また、規模は小さいけれど、それぞれのクラブにおいても同じようなことになってはいなだろうか。奉仕活動と称して外部の団体などへ安易な寄付をおこなっていないだろうか。奉仕活動を行うにあたりよく調査し、無駄なお金の使い方がされていないだろうか。更に、親睦活動や同好会活動など当然受益者負担で行わなければならない活動に、クラブ全員から集めた会費が使われていることはないだろうか。
細かいことを言うようだが、ロータリーであるからこそ尚一層、お金の使い方には十分気をつけなければならないと思う。