石川久遠の「日本人なら知っておきたい信実」

「陰謀論」とは「陰の謀(はかりごと)を論じる」ものであり「妄想論」とは異なる。虚心坦懐に見詰め直せば、真実は見えてくる。

武漢肺炎パンデミックという100年に一度のパラダイムシフトが見えていない安倍政権

2020-04-27 21:46:35 | 日記
一年以上もブログ更新を怠っていたが、日本を含めた世界中が「武漢ウイルス(新型コロナウイルス、或いはCOVID-19)」の「パンデミック騒動」に巻き込まれるという悲劇的様相と、中でも殊更 無策を極める我が国の為政者に対して「もう黙ってはいられない」という謂わば「憤り、鬱憤晴らし」のような衝動に駆られて、またブログの更新を始める事にした。とはいえ私如き者が幾ら一生懸命になって信じる処をこのようなブログで発信しても、この日本という国は、誰が何をしても もはや手遅れであるとの諦観を変えるつもりはない。ブログ更新を怠った諦観という動機は残念ながら些かの変わりもない。我が国の惨状を考えれば、今は政権批判や政治家・官僚・マスメディアなどの誰がどれほど無能を極め、事態を余計に悪化させているかというような、謂わば「負の発信」は慎むべきであるのかも知れない。今論じるべきは、建設的に何をどうすべきかを具体的に示すべきであるとは思うが、今更 善人ぶっても何の得もないと居直って、この際、負の感情を含む思いの丈を自由に書こうと思う。

今の日本国民は「先人に感謝し、今を安心して暮らし、子孫により良い未来を遺したい」という、文明人として生まれた以上、誰もが当然持つべき「最低限の権利」を、完全に奪われている。否、随分昔から奪われてしまったのだと多くの日本国民は気付いてすらいない。敗戦後の日本国民は、宛ら血に飢えた狼が涎を垂らす草原に放たれている現実が理解できない愚かな羊の群れのようである。今回の主題とは異なるから、私が辿り着いた歴史観とか持論をここで詳しく述べるのは控えるが、私は「明治維新」と「大東亜戦争」という二度に亘る「人為的国難」が日本国民が享受すべき「最低限の権利」を奪ったと確信している。今にしてみれば誤りも少なくない過去のブログ内容と、これから投稿するであろうブログで私が信じる歴史観と持論、そして「武漢肺炎・後」の一変した価値観について繰り返し発信していきたい。

今回は「武漢ウイルス」の「パンデミック騒動」と安倍政権の無為無策と売国行為に絞って述べたい。私は「武漢ウイルス」なるものは決して甘く見てはならないが、「武漢ウイルス」そのものより「パンデミック騒動」の方が日本国民により深刻な被害を齎らすだろうと騒動の当初から考えていた。忌まわしき疫病よりもその疫病が齎らす社会的・文化的・経済的損失の方が日本人を(相対的に)苦しめるという事である。「武漢ウイルス」について伝わってくる海外の惨状をみくびり侮った挙句に、一転して「パンデミックの恐怖」を煽りながら、安倍政権が「為政者としての重い責務」を果たそうともしないのは、明らかに「国民に対する犯罪行為」である。元来、「国家とは国民の生命財産を護る義務を負う」というのは自明であるのに、あろう事か安倍政権は自らが第一義的に負うべき責務を「果たさない」と国民に向かって表明したのである。「自粛要請はするが経済的補償はしない」などと臆面も無くよくも言えたものである。予期せぬ危機に対する法整備の不備は過去のものとして今は致し方ないとしても、国民一人ひとりの将来…具体的には「明日または来月の生活費が無いから生きていけない!」、「仕事も、住む場所も、食べるものも失なってしまう」と怯える国民を安倍政権は「見殺しにする」と明言したも同然である。

「法整備が整っていないから」とか「官僚が動こうとしない」とかはこの際どうでも良い。既に述べたように今更愚痴ったところでどうしようもないからである。肝心なのは、政治家が「決して国民を見殺しにはしない」、「自粛(休業)しても生活の補償はするから安心せよ!」と国民に向かって先ずは表明しさえすれは良いのである。その上で「雇用を補償する」手立てや「失業した場合の生活費の補償」、或いは「中小企業の粗利補償」(この粗利には、店舗家賃や従業員の給与が含まれる)などの算段を可及的速やかに具体化(立法化)して実行すれば、「パンデミック騒動」の社会的・経済的被害は最小化できるのである。国会議員の仕事は何はさて置いても立法である筈なのに、今しも必要な法律をつくろうともしないのは職務放棄に他ならない。国民の不安や苦労をよそにタダメシを喰らっているのである。この100年に一度、1000年に一度の危機に際して、国会議員たちは種苗法改悪や年金の出し渋りの審議をしている。そんなどうでもいい事は後回しにして、当面の国民の生命財産をどう護るかを考えよ! 安倍首相は先ず国民を安心させ、各大臣と所轄官僚に直ぐにでも講じるべき解決策の策定を命じれば良いだけであるのに、思慮浅い官邸官僚から耳打ちされるままに、碌に考えもせずに、自らテレビカメラの前で「自粛要請はするが経済的補償はしない」などと言って国民を不安のどん底に突き落としたのである。466億円を投じた所謂アベノマスクなどは能無しの官邸官僚と頭が空っぽな安倍晋三の思いつきに他ならない。而もそれとて利権絡みであろう。一般企業であれば製品に髪の毛一本でも混入していれば全品リコールが当然だが、アベノマスクは仕入れ元すら完全開示せず、更に国費を投入して配りきるつもりのようだ。

安倍晋三は実のところ自身が任命した閣僚たちからも今や浮いている現実に気付いていない。滑稽にしか見えない小さくて不潔なアベノマスクを意地を張って大っぴらに着け続けているのは内閣総理大臣ただひとりである。官房長官や厚生労働大臣にも相談せずに、布マスク2枚を国民全世帯に配布すると勝手に決めてしまった行為に閣僚たちは不満を持っている。だから政権中枢に身を置く側近たちさえも頑としてアベノマスクを着用しないのである。菅官房長官も加藤厚労大臣も、西村新型コロナ担当大臣もアベノマスクは着けようとしない。何故か? あれを着けてテレビカメラの前に立つのが滑稽で格好悪いからである。イエスマンの官邸閣僚の思い付きとしか思えない耳打ちに従って首相が勝手にひとりで決めたアベノマスクは、国民からも不評で、世界中から笑われていると知っているからである。みっともないから、日本の為に今直ぐにでもアベノマスクは外していただきたいものである。

安倍晋三という男は確信犯的売国奴であり、歴史的にも稀と言っていいほど無能な政治家である事はこれで白日の下に晒された。この期に及んで安倍晋三を支持する日本国民は知恵遅れ的なお気楽主義者としか思えない。…要するに馬鹿である。グローバリストと言えば聞こえは良いが、小泉純一郎(当時首相)と政商 竹中平蔵に付き従って「郵政民営化」に手を貸したのも安倍晋三である。果たして郵便事業を民営化して何か良い事が一つでもあっただろうか? 加えて「水道事業の民営化」を促進する改正法を可決(2016年12月6日)し、先祖代々受け継いできた筈の農作物の種子を護ってきた「主要農作物種子法」をも廃止(2016年4月1日)してしまい、武漢肺炎パンデミックの真っ最中に「種苗法改悪」までも閣議決定(2020年3月3日)する始末。行政サービスのオンライン化は時代の流れとして進めたのは正しいとしても、その手段として「韓国企業のアプリであるLINEを採用」し、日本国民のビッグデータを反日国家に垂れ流し続けている。更に、政商 竹中平蔵の思惑通りに、今年2020年(令和2年)には新たな「労働者派遣法」が施行される。 派遣労働そのものが今、国民の生活を脅かしているのは言うまでもない。竹中は「日本の労働者の9割は派遣で良い」と嘯いて日夜大儲けをしてほくそ笑んでいる。元々貯蓄率が高かった日本国民のうち20代の若者の6割が今や貯蓄ゼロだという。職を失なったら翌月から食べていけないのである。安倍政権はデフレ脱却を標榜しながらそれに反する緊縮財政を改めずに消費増税を断行し、デフレ脱却に逆行する政策を執り続けてきた。モリかけ問題などの表層はどうでも良いのだが、安倍晋三は「国会では息を吐くように嘘をつき飄々として居られる」のはその血筋の為せる技であろうか? 「リーマンショック級の事態でも起きない限り消費増税はする」と言ったその舌の根も乾かぬうちに、リーマンショックの何倍も深刻な「世界的な武漢肺炎パンデミック騒動」が起きても消費減税を頑なに拒む財務官僚の言いなりである。

このような無能を通り越した確信犯的売国奴にして日本国民を見殺しにしようとする男が日本の内閣総理大臣の地位に8年近く居座っているのは、結局は参政権を持つ日本国民が馬鹿であるという証である。直近の内閣支持率は8%ほど上がったというから日本国民は大馬鹿である。少数派ではあろうが賢くまともな国民も居はするだろうが、国民のレベル以上の政治家は現れないとも言われる中、政界を見渡す限りこの国の将来を託すに足る政治家は今のところ見当たらない。私は常々、歴代自民党政権こそが日本の韓国化に手を貸してきたと言ってきたが、安倍政権の「武漢肺炎パンデミック騒動」への対処が、反日国家 韓国よりも劣っているように見えてしまうのは何とも情けない現実である。民主主義・自由主義の下では中共や韓国のように国民の主権を制限して統制をかけ、国民を監視下に置く訳にもいかないから、武漢ウイルスの感染を喰い止めるのは民主主義国に於いては至難の技であるのは分かるが、それを差し引いても日本政府・各自治体の対応、中でも防疫対策の初動は遅すぎた。安倍晋三首相も小池百合子東京都知事も東京オリンピックの成功に伴う実態も定かでない経済効果と、政治家としての栄誉に目が眩んで、防疫に必須な水際対策という初動が遅れに遅れた。どう考えても無理筋の、東京オリンピックの予定通りの開催に拘り、習近平の国賓待遇での招聘という、国際政治の大局から見て誠に愚かしい企てが「武漢肺炎パンデミック騒動」の急拡大に拍車をかけたのは動かぬ事実である。国民の命より自らの栄達と金、財界の利益を優先したのである。

ここで、台湾政府が中共武漢市に於いて未知の感染症を確認して以降の安倍政権の動きを思い起こしてみる。先ず、事実上の独立国家 台湾が「昨年末に中共武漢に於いて特殊な肺炎が発生し、患者が隔離治療を受けている」と世界保健機構(WHO)に報告したという。この事実は朝日新聞の4月11日付けのDIGITAL版が報じている。隔離治療という事は、ヒトからヒトへと感染する病気であるという事だが、中共マネーにドップリ浸かったWHOはこの報告を無視した。東京オリンピック開催に拘る日本政府はWHOへの166億円もの資金拠出=税金浪費(2020年3月12日頃)を愚かにも敢行した。因みにWHOを牛耳る中共政府は日本政府の8分の1に過ぎない21億円を拠出したという。安倍政権の目論見も虚しく、結果は、WHOの世界的パンデミック宣言を数日送れさせただけである。正に血税をドブに捨てたようなものである。思いつきの愚作を後手後手に繰り出す日本政府に対して、早期に「武漢肺炎」の情報を得た台湾政府の防疫政策は見事であった。当然、この時点で安倍政権は「武漢肺炎」発症の情報を知る由もない。習近平に忖度して台湾政府との距離をとって疎遠になっていなければ、台湾政府はWHOに報告した情報を日本政府にも同時期に伝えてくれたかも知れないが、日本の政財界は中共の巨大マーケットなる幻想に目が眩み、前のめり状態であったから、安倍政権は仮に早期に「武漢肺炎」の情報を得たとしても無防備を決め込んでいたであろう事はその後の無策を見れば明らかである。

安倍政権の最大の罪は、国民の命より習近平の国賓招聘と東京オリンピック開催を優先した事である。それが防疫には致命的となる初動の遅れを招いた。金や名誉より国民の命を軽視したのである。今や世界中から非難され恨まれるであろう中共は、何故そうなるのか分からないが、この機に乗じて更に覇権主義的になり弱い国々への侵略行為を隠そうともしなくなった。尖閣諸島や沖縄も中共は自国の領土だと言い張っている。この中共の不遜な態度は、今まで中共の繁栄の原動力であった国際的サプライヤーとしての地位から徐々に中共を引き摺り下ろしていくだろう。完全に外されなくともマスクや人工呼吸器などの医療機器は戦略物資である事が証明されたから中共への依存度は大幅に減るだろう。穀物を始めとした食料品分野でも中共の将来は暗い。冷凍食品製造を全面的に依存する日本も発注を分散させざるを得まい。日本から韓国・中共へと移動した家電製品やデジタル機器の製造や半導体の生産拠点も、もはや韓国・中共一辺倒という訳にはいかないだろう。中共が先行している5G関連機器も遅まきながら中共離れは免れないだろう。その結果、日本の政財界が当てにする中共のマーケット価値はほぼ無くなってしまう。中共への数千億円の投資を発表したトヨタやパナソニックは投資計画を未だ撤回していないが、世界のサプライヤーとしての地位を失なった中共は抜けるに抜けられない蟻地獄と化すだろうから、既に投じた資金は諦めて一刻も早い中共からの撤退が求められる。

地政学的に中共への配慮も必要とされた日本も、米中両睨みの政策を転換して米英仏独豪などの自由主義陣営への参加をはっきりと表明するべきだろう。経済的に中共ドップリの状態は日本だけに限った事ではないが、ひとたび中共を敵と看做した米英仏独豪の中共離れは迅速だろう。日本は様子見をして後手に回るのだけは避けねばならない。ゆめゆめ70余年前の過ちを繰り返してはならない。「武漢肺炎・後」の世界の勢力図は一変する。この国際的パンデミックは100年に一度のパラダイムシフトである。新しく構築される国際秩序に於いて日本は中共を中心とした負け組に加わってはならない。安倍政権にはこれが全く見えていない。今の日本の政治家や官僚は押し並べて前例踏襲の癖が抜けていない。非常事態宣言を発令しながら、平時にしか通用しない前例踏襲の軛から抜けられないのである。武漢肺炎のワクチン開発や特効薬の実用化には数年を要するという。ならば東京オリンピックの中止は誰の目にも明らかであろうに、未だ1年後の開催を諦めていない。青春を懸けた選手たちは気の毒ではあるが、今こそ潔く先を読んで未来に備える事が肝要である。オリンピック中止にはおそらく7兆円程度の経済的損失が伴うだろうが、「武漢肺炎パンデミック」にはその何十倍もの経済的損失を覚悟しなければならないだろう。この非常時に安倍内閣は緊縮財政に捉われている。国民の命より経済を重視しているのである。緊縮財政などかなぐり捨てて、今後1〜2年で100兆円、200兆円規模の赤字国債(非常時国際・戦時国際)発行を躊躇すべきではない。国民生活を最優先して、国民の命を護る日本国の覚醒を信じたい。

安倍政権はプライマリーバランスの均衡など無用であると国民に向けて白状するべきではないか? 「国債の残高は国民の借金」だなどという大嘘は即刻改めるべきである。今まで財務省は「このまま赤字国債を発行し続ければ日本は財政破綻する」などという大嘘を平気で国民に刷り込み、マスメディアは無批判にそれに加担してきた。併し、外国の格付け会社宛てに財務省が明言している事は、「日・米などの自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」(財務省ホームページ「外国格付け会社宛て意見書要旨」より)。更に「ハイパー・インフレの懸念はゼロに等しい」(同じく「ムーディーズ宛て返信大要」より)。自国民への説明とは180度異なる見解を白々しくも公式ホームページで謳っているのである。令和2年4月27日、今しも日銀総裁の黒田東彦(はるひこ)が赤字国債買入れ限度80兆円の既存枠撤廃を表明した。これで財務省は非常事態打開の為の赤字国債発行を渋る根拠を失なった。今こそ非常事態であるのだから、今までの過ちを改める好機である。安倍政権よ、今一度国家の責務について思慮を巡らし、国民の生命財産を護るという本懐を遂げて見せよ! それができぬなら一刻も早く救国内閣を成立を求めざるを得ない。

今回は事情が事情であるから些か感情的で具体性に欠ける文章になってしまったが、今はもう黙っては居られない心境である。今後のブログ更新は不定期ではあるが、武漢肺炎発覚から現在に至る安倍政権の遅きに失した愚作の数々を具体的に再検証してみたり、「武漢肺炎・後」の国際秩序について考えを巡らしていきたい。