まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

飛騨金山 ~筋骨タイルめぐり

2018-12-31 20:56:23 | ディテール
飛騨金山の続き。

このまちでは街道筋の裏手に「筋骨」と呼ばれる細い路地が網目のように広がっていて、そこをさまよい歩く
「筋骨めぐり」が人気だ。地域住民の生活に密着した通路、と言ってもほとんど家と家の隙間のような空間。
私たちもそんな筋骨に時々入り込みながらまちを散策。

街道筋の商店街では昭和レトロなタイルをたくさん見ることができる。


深いグリーンの豆タイルが建物の木部の色となかなかGOODなコントラスト。タイルに合わせて塗りなおしたのかな?


この玉石タイルは黒が効いている。


細い棒状のモザイクタイル。


水路沿いの筋骨を歩いていくと古い空き家があった。


中を覗くと玉石タイル敷きの床にタイル貼りのかまど。一口のミニミニかまど。かわいい~~!


ガランとしていて開けっぱなしだったが改修中なのだろうか?


床は玉石タイル。ミックスの違うシートが市松に貼られている。細かいこだわり(笑)


もうひとつの清水は橋のたもとにあった。屋根はなく水神さんも自然石を置いただけの簡素な水場。
今はもう管理されていないのかな。。。


道から下りる小さな石段がいいなぁ。


カラフルなタイルがお手軽に使えるようになって、旧来の木造建築の地味な町並みを見飽きていた人々は
鮮やかでかわいい色のタイルを選んだのだろうな。


レトロを地で行く現役の美容院のエントランス。ガラスに貼られたレモンツリーのシールもカワイイ!!


こちらは渋い外装タイル。。




ムラムラになった釉薬もいい味わい。狙ったのか、失敗したのか・・・(笑)


眩しいレモンイエローのモザイクチップタイル。


小さな丸もどれひとつとして同じものはない。表情豊かなモザイクタイルは日本独特だな!


続く
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飛騨金山 ~理容土屋と居酒屋しのぶ

2018-12-30 16:56:23 | ディテール
飛騨金山の続き。

福寿美旅館の向かいの木造3階建ての元うなぎ屋「清水楼」。うなぎ屋の前はやっぱり割烹旅館だったのだろう。




ここ飛騨金山は飛騨街道の宿場町として江戸時代に賑わったところ。馬瀬川と飛騨川の合流点が天領・尾張藩・苗木藩・
金森藩の境にあたり、今も「境橋」という名の橋が馬瀬川にかかる。
1928(昭和3)年に金山橋ができるまでは、大船渡の渡しという渡船が飛騨川を渡る唯一の手段だったので、
荒天時には金山の宿で足止めされたとか。
近くにはこんな建物もあった。


ところで清水楼の名前は、その裏手にある湧き水からつけているのだろう。脇の細い路地を入って行くと
屋根の架かった水場があった。


郡上八幡などと同様、上流から順にきれいな水を使うルールとなっていて、最上流の一号池は飲み水専用、
二号池は冷やし物用、三号池は野菜や食器洗い、四号池が洗濯用となっている。
一号池の上には水神さんが祀られている。清水は水利組合により管理され今も美しく衛生的に保たれているのだ。

こういう清水をまちなかでもう1ヶ所見かけた。他に手押しポンプの井戸もたくさんある。

さて、さっき福寿美旅館のアポに遅れないように駆け足で通り過ぎた、こちらの建物、理容土屋をじっくりと鑑賞。


1階にはモザイクタイル貼りの円柱が3本並び、2階にも太い円柱?付け柱?が。ガラス窓から見える内部も
何かすごそう・・・声をかけたらちょっと驚いた様子ながらも快く見せて下さった。


うわ~~っ、内部の壁前面を埋めつくすこのキラキラガラスモザイク、福寿美旅館のトイレと一緒じゃないの!?




聞けばやはり、福寿美とは親戚ということだった。旅館と同時に内装をやってもらったのだろう。


この手洗い場も、福寿美旅館と同じ雰囲気だな!


特に足元の竹タイルがいいね~~


理容室なのになぜか床の間のような空間もあって、こちらも福寿美旅館を髣髴とさせるクドい床柱(笑)
しかしタイル貼りの台の上に床板が乗っているという不可思議・・・

あぁ、こんな突飛な内装工事をやった職人さんはどんな人だったのだろう。楽しい仕事だったに違いないな!

こちらは金山橋の手前にある、居酒屋しのぶ。お城風(?)の俗っぽい(失礼!)ビル型のお店なのだが、、、
入口周りのタイルがかわいい!!


タイル貼りの付け柱が・・・うわっ、ここも例のやつだ!!金山のまちじゅうでこのミラーガラスが
大流行していたのか??




円柱の腰張り部分に、小口サイズの凹凸のある型押しタイルが縦方向に貼られている。しかもいろんな色を
取り混ぜてカラフル!!ピンク系が多くてかわいいなぁ~~


壁にはモザイクタイルが。






いったん車でまちを離れ、お昼に飛騨牛を食す。ウマっ!!


おなかが落ち着いたらもう一度まちなかへ戻り、再度まちを歩こう。

続く。
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飛騨金山 ~福寿美旅館その2

2018-12-29 21:01:05 | ディテール
福寿美旅館の続き。

見どころはまだまだあった。3階に上ると大広間があるのだが、これがまたすごい!


この舞台、まるで龍宮城じゃない!?


さっきの廊下の橋と同じ朱塗りの欄干、漆塗りの(?)舞台床。


巨大トイレットペーパーに挑む虎(笑)。リアルな虎は釘隠し。


舞台の反対側には床の間があるのだが・・・こちらも一見して普通でない。野趣あふれすぎる床柱はまぁいいとして、
この厚切りベーコンみたいな床板、、、厚みは3~40cmぐらいある(汗)


おまけにこんなところに冨士山が・・・いったいこれらの意匠から何を読み取ればよいのか・・・


特大釘隠しの虎、長押からはみ出しているじゃないの~~~~


床の間の右側の出窓のようなスペースの天井。これは寄せ木?突き板を張り合わせたもの?その上にまた
絵を描くという柄on柄。


うわ~~廊下の天井にはそれがずらりと並んでいる。壁にも絵が描かれていてもう派手派手。


ずっと奥へ行くとトイレがあった。これがまた普通のトイレじゃなく・・・ミラートイレ!


柄なしと柄ありの小さなミラータイルが市松状にみっしりと!!


手洗いシンクは玉石タイルで。石鹸置き台がかわいい~~


こんなキラキラのトイレでは落ち着かなさそう~~。個室の中もいちめんミラータイルだった。。


トイレの前の階段は一見洋風な雰囲気だが擬宝珠が。。


壁の中から本物の木が生えているかのような楕円窓。春になったらつぼみがつくんじゃないか・・・


室内側から見ると格子が主役。家紋の桐のようなデザインの組子。


押入れドアにこんな螺鈿細工が象嵌されている。


ピンク、グリーン・・・玉虫色にきらめく螺鈿。


竹に雀のかわいい模様のすりガラス。濃密過ぎる意匠がてんこ盛りなので、こういう普通なのを見ると和むね・・・(笑)


あぁ、もうおなかいっぱい。すみずみまでゆっくり見学させていただいた女将さんに感謝。
こんな面白い宿、廃業はもったいないな。。。復活はないのかなぁ~~


続く
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飛騨金山 ~福寿美旅館その1

2018-12-28 22:04:58 | ディテール
からの続き。

今回粘土工業所へ行くにあたってついでに飛騨金山へ行こうと思っていた。まちなかにはタイルがたくさんあると聞いており
古い元お風呂屋の建物もあるらしい。車で皆で行くことになって楽々連れてきてもらえたのはありがたい!
少し歩くとモザイクタイルが次々現れた。うわぁ~~!タイル好きの仲間は皆ハイテンションに。
・・・が、まちなかのタイルはちょっと後回しにして、まずはmayumamaさんがアポイントを取りつけて
くれていた福寿美旅館へ向かおう。


橋本町商店街から本町通商店街に出て細い川を渡った辻に、三階建ての目を引く建物が向かい合って建っていた。
こちらが福寿美旅館。表側は洋風意匠のついたモルタル塗りの建物。
実はここ、つい最近まで現役の旅館だったのだが、今年の7月の豪雨で豪雨で前の道が川のようになり、
地下のボイラーが浸水して壊れ、やむなく営業終了されたのだ。(私たちが行ったのは9月の初め)


向かいの3階建ての和風建築は清水屋という鰻屋だったが、こちらもすでに営業しておらず、お住まいのみらしい。


いざ中へ。。。
まず玄関の壁に描かれた艶やかな女性の絵に迎えられる。1階のロビーにはものがいっぱい置かれていたが
柱や壁は漆塗りの上に金泥や螺鈿で模様がつけられている。珍木を使って作られたショーケースの中には
お宝(?)がいろいろ展示されていた。


ガラス絵のはまったこの楕円窓も面白いな!木の板でできた波や雲が手前に取り付けられていて立体的な表現に。


しばらく女将さんの話を聞きながら、ものがいっぱい置かれたロビーを見学。
最近はお客も増えてきていたということで、少し前にボイラーを更新したところだったのに、と女将さんは
悔しそうに語っておられた。何とか泥を掻き出して掃除はしたが、ボイラーの修理費は2千万円と高額で、
断念するしかなかったそうだ。あぁほんとに、無念だろう。


そして2階の客室の方へ・・・これまた度肝を抜かれる廊下の意匠。橋を模した擬宝珠つきの朱塗りの欄干、
その左右の壁には風景画が描かれている。このド派手さは、外国人に受けただろうな。。。


見上げれば鶴と松の透かし彫り。


客室のガラスは切子のような細工で、バラの花が描かれている。




客室の床の間は小さいながらも網代の天井になっていたりと凝っている。


こちらは2階の大広間。


絣模様のような障子がすごく派手!!こういう、桟が切りっぱなしになるようなデザインは、ありそうで
見たことがなかったなぁ。斬新!


吊り床もねじれたような珍木が使われている。


そして、、、これ何!?デッカイかたつむり~~~なんじゃこりゃ~~~遊び心が過ぎる~~~


こちらの楕円窓は、竹を使った水辺の風景。




廊下の窓には、波と千鳥の模様のすりガラス。


アールデコっぽい照明器具があったり。


ユーモラスなお手洗いの案内サイン。


数寄屋風というのでもなく、何でもありのミックススタイルだ(笑)


3Fもさらに度肝を抜かれる空間だった。。。


続く
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美濃市の続きと関のまち

2018-12-26 23:39:47 | 建物・まちなみ
美濃市の続き。

伝建地区内の近代建築はこれもあった、擬洋風と言うにも初々しすぎる宝勝院庫裡。
1876(明治9)年築の旧有知学校本館を、1902(明治35)年に宝勝院が譲り受け現在の場所に移築したもの。


ベランダが2階の前面に設けられ、それを支える柱の柱頭や手すりに西洋風の飾りがつけられている。
しかしベランダをなくせばそのまま真壁造りの田舎家に戻ってしまいそうな簡単な擬洋風建築である。


それでも当時はギョッとするような先進的なデザインだったに違いない。


うだつの上がるまちなみには屋根神様がたくさん。




すべて戸は閉ざされているのが不思議な感じ。ご本尊を拝むために扉は開けておくものじゃないの??
開けたら中はどうなっているんだろう?




これは屋根から下ろされた神様だろうか。


駐車場の近くへ戻り、さっきから皆気になっていた古そうな民家を見に行く。
急勾配の三角屋根にはドーマーウインドウが載っている。まわりの伝統的まちなみとは明らかに異質で、なんか
タダモノでない雰囲気。。。


しかし窓はトタンでふさがれ、空き家っぽかった。

さて今日はもう打ち止め。関の宿まで送ってもらって、その後は3人で女子会(笑)

翌日はまた男子(?)が車でピックアップしてくれて(ありがたや~)、まずはmayumamaさんがいくつか
物件チェックしてくれていた、関へ寄り道。かつては賑わっていたであろう、古い店舗が点在する商店街を歩く。
このタルヤ雑貨店のような木造三階建ての商店がずらりと並んでいたのだろうか。

前回も関のまちを少しだけ歩いたが、今回とはまったく別のエリアだったのか・・・

こちらは元お風呂屋、旧錦湯。かなり古そうで大正ぐらいからやってそう・・・


入口の戸が2つ並んでいることを除けば、そこらの町家と全く変わらないファサード。この中に浴槽があるとは
想像もつかないが・・・


今、検索してみたら、何と2015年にはまだ営業されていたようだ。うわぁ~~、入りたかったなぁ!!




あるお宅で味噌やお酒のホーロー看板が犬走りに立てかけられていた。どうやら床下通気口から猫が入るのを
防止しているようだ。


こちらも。


これは予備か?


極めつけはこちら。たばこの看板が十枚ぐらい、柵にくくりつけられていた(爆)。これは別のお宅。


花壇の草が隣の敷地へはみ出さないようにしているようだ。転用は面白いなぁ~~


レトロな玉石タイル貼りの民家も。


須田写真館を見たので引き返そう。


続く。
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美濃市のまちを歩く

2018-12-25 22:03:34 | 建物・まちなみ
からの続き。

粘土工業所の後は美濃市へやって来た。美濃市は一度yumeさんと長良川鉄道の駅舎をめぐったときに来たことがあり、
伝建地区(国指定重要伝統的建造物群保存地区)の中にある岡専旅館に泊まったのだった。今見ると2011年、もう7年前か。
あの時は春で、岐阜の山地は杉が多いのか花粉症がひどくてひどくて大変だった(苦笑)

まずは長良川鉄道の美濃市駅を見に行く。木造のそのままの色合いが好ましい、素敵な駅舎。


築堤の中へもぐりこむ構造も7年前と変わっていない。


ヤマトのマーク入り車両が停まっているのが見えた。少し前に、長良川鉄道で「客貨混載」を始めるというニュースを
見ていて興味を引かれていたのだった。貨物列車は昭和59年以降どんどん減ってしまったが、最近また見直されて
うれしく思っている。効率的な客貨混載に積極的に取り組む長良川鉄道、あっぱれ!


こちらも見ておかなければならない。旧名鉄美濃駅
前回来たときは直前に隣接建物が火事で全焼、あたり一面煙の臭いが漂っていた。端のホームの車両もガラスが割れたとか。
焼けた建物は取り払われて緑地が作られ、駅舎と車両が外からもよく見えるようになっていた。結果的によかったかも!?


駄菓子屋のようにこまごました鉄道グッズを売る店が入っていて、子供連れなど見学者もぱらぱら来ていた。






そして町の中心部、「うだつの上がる町並み」へ。細い格子のファサードが美しい近世の町家が軒を並べる通りは
ちょうど「目」の字型になっている。


もう夕方近く、ちょっとお茶を飲んで休憩もしたいけど、日が暮れる前に町を歩かないと。。。


国の重要文化財となっている造り酒屋の小坂家住宅を見学。
通り土間は物を運びだすためだろう、轍の部分にレンガや石畳が埋め込まれていた。


ず~~~~~っと、はるか奥まで続く、通り土間。いったい、どんだけ長いんだ!?


また別のお店、今広酒店。店の番台の上には天窓!?ええっ、こんなの見たことない。


電話室には今もダイヤル式の黒電話とプッシュ電話と、その上にはさらにレトロな電話機が。


古い「非常用持ち出し籠」なども天井から吊るされていた。


前に泊まった岡専旅館は、その後閉めてしまわれたと、誰かのブログかニュースかで読んでいて、高級ではないが
しっとり落ち着いた昔ながらの風情と温かいもてなしを思い出し、とても残念に思っていたのだった。
確かこのあたりだったかな・・・と歩いてみたら、おや、今も「旅館岡専」の文字が出ていて戸が開いているじゃないの。


すみませ~ん、と声をかけたらおっちゃんが出てきたので、以前に泊まったことがあるんですと言ってちょっと話すと、
なんと、復活に向けて準備中だとか!!せっかくの建物なのでやめてしまうのは惜しい、と。あぁ、ほんとに!!


中を見せてほしいと頼むと、まだ準備中なのできれいになっていないけれど、と、それでも快く見せて頂いた。
お庭を見ながら廊下を一番奥まで回り込んだ離れのような部屋。あぁ、前に泊まったのはここだったなぁ。
そしてトイレと手洗い場にいちめんに貼り詰められたモザイクタイルも健在!!かわいい~~

こんな素敵な町家を、使わないのはもったいないよね!また旅館になったら泊まりに来たいなぁ!
※岡専旅館は9月に再オープン済みのようです!!

うだつや、屋根神様の祠を見上げながら、夕暮れ迫る美濃市のまちを皆でうろうろ。


川石を積み上げて基礎にした美しい蔵に目を惹かれる。なまこ壁の塀も。


ここは古道具を売っているお店のようだが閉まっていた。ガラス戸に顔をつけて内部のひし形デザインの窓を
見ていたら、お店のご夫婦が出てきて戸を開けて見せてくれた。ありがと~~


伝建地区内の唯一(?)の近代建築、1941(昭和16)年築の旧美濃町産業会館。木造の総2階建ての建物は、
現在は美濃和紙あかりアート館となっている。縦に二段重ねにした引き違い窓を並べて縦長窓ふうに見せている。


続く
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旧八百津発電所

2018-12-19 23:49:57 | 風景
9月に行った粘土工業所、その記事だけ書いて、しばらくあいてしまったが・・・
せっかく岐阜の山の方まで行くのだから、ついでに近隣物件も見て回ろうということになり、
男性メンバーがレンタカーを借りてくれて、旧八百津発電所を訪れた。今は八百津資料館
最近、そこが年末で休館というニュースを目にしたので、ちょうどいいので復活して続きを書こう。

このところ雨がちだったせいで水量多めの木曽川。そのほとりに佇む、まるでお城のような白亜の建物が目に入ったとき
思わず、おぉ~~!とうなってしまうインパクト。1911(明治44)築の古いレンガ造モルタル塗りの建物だ。
対岸に渡らずとも、ちょうど展望広場のようなスペースがあり、川沿いに建つ建物の全貌がきれいに見えた。
建物のすぐそばまで満々と水をたたえた川は迫力ある。。。
しかし大雨予報の天気はだいぶ回復してよかった。


電力需要が急増した近代、木曽川水系初の本格的発電所として建設され、7500kwの出力を誇った。


1917(大正6)年には放水路の水を再利用する放水口発電所を増設、63年間産業の近代化を支えてきたが
1974(昭和49)年に少し上手に丸山発電所が完成して役目を終えた。
旧八百津発電所は、国の重要文化財に指定されている。


背後には現役の丸山発電所。奥の切り立った渓谷は蘇水峡。赤い鉄橋が映えて美しいなぁ!


さぁ近くへ行ってみよう。入口の門を入り進んでいくと、アプローチの道端の川石を積んだ石垣が
しっとり雨に濡れ美しい。草も青さを増している。


本館よりも先に見えてくるのが、道路の一段下の川面ぎりぎりに建つ放水口発電所。
本館発電所からの放流水を利用した発電所で、水のエネルギーを無駄なく最後まで利用したという。


本館から放水口発電所へとつながる水路もまた美しい。近代化産業遺産であると共に土木遺産でもある。
構造物の大きさはすなわち自然の力の大きさ。途方もなく巨大な自然の迫力を感じるな!


そしてすぐそばで見る本館は巨大だった!大きなアーチ窓と段々になったゲーブルが目を引く。
レンガ積みモルタル塗りの本館は手前が送電棟、奥が発電棟と2棟の建物からなっている。いずれの建物も
3階建てほどの高さがある。


入場料を払って中へ入ると、送電棟には巨大な変電設備があって、また巨大な碍子によって支えられた
電線が壁を這っていた。全てがデカイ!!


発電棟に入るにはヘルメット着用の上、「自己責任」。うわ~高い天井!!体育館、いや、もっと大きいな、
前に見た津守下水処理場と同じような感じだな。置かれた機械は小さく、こんな大空間が必要なのかと思える。
いや、置かれている電業社製の水車は十分大きいのだが、それが小さく見えてしまうほど空間が大きいのだ!

放熱性をよくするために吹き抜けの大空間となっているとか。ここでも上部に水平移動するクレーンが
据付けられている。




機能一辺倒になりがちな発電所なのに、この優美な半円アーチ窓。。。外の緑がまるで絵画のように。
この他にも窓がたくさん取られており、建物内は白い壁とも相まってとても明るい。


発電棟の一角に展示されていた建設時の写真が興味深い。発電用の水車を川舟で運び込んだとは!!
まぁ当時は陸路より水運が便利だっただろう。そろいの法被、工事に携わった人々は誇らしかっただろうな。


送電棟の方は1階が母線室、2階は配電室と2層になっていた。
この階段だけがちょっと異質な刳りものの手すり子の並んだクラシカルなデザインだった。


2階に上ってもまだ天井が高い!ここから発電棟を見下ろせる。
もと配電室は展示室になっていて、当時の暮らしの道具などがいろいろ展示されていた。


発電所を後にして移動しかけたところで、きれいに俯瞰できるスポットがあった。


発電棟の階段状のゲーブルに「名古屋電力株式会社」の文字が見える。
凝ったつくりが近代化のインフラにかける当時の並々ならぬ意気込みを表しているなぁ。


少し走ったところで素敵な鉄橋を通過。ちょ、ちょ、ちょっと・・・・スト~ップ!!
これは鉄道橋じゃないの!?


油皆洞川に架かる、油皆洞橋。あぁ、油皆洞って「ゆかいどう」と読むのか!!
しかし、車一台分の幅のトラス鉄橋はひっそりとした林に囲まれ、幽玄。。。昭和29年12月竣功。


リベットぶつぶつのポニーワーレントラス。
検索してみたところ、やはり鉄道橋の転用のようで、1815(明治18)年頃の英国製だとか。
浜中津橋や和歌山の新興橋と同じ「ポーナル桁」だろうか。


来た道を戻る途中に、行きしな皆が気になっていた建物に寄り道。皆、車の窓から目ざとくこのタイルに
目を留めていたのだ(笑)


これは何だ?左右に同じ形のドアが。もしかしてお風呂屋??
しかしここはお風呂屋でも公衆トイレでもおしゃれなカフェでもなく、「八百津町公民館 上飯田分館」。
「八百津町公民館 上飯田分館」と書かれた銅製の看板はかなりの年代ものに見える。


水色のタイルにオレンジ色のすいがら入れが、にくいほどマッチしてるじゃないの~~~いいねぇ!!

何か分かって皆安心してお昼ごはんどころへ向かったのだった。

続く。
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2018 常滑方面 2回分まとめてもくじ

2018-12-18 22:25:50 | Weblog
今年3回行った常滑。タイル博物館はもちろん、窯のあるまちなみ散策も楽しい常滑だが、3回目に母親と妹を
連れて来た時に、彼女らが常滑の場所も焼き物産地ということも知らなかったということに衝撃を受けた。
有名なまちだと思っていたが、特に焼き物やタイル好きじゃない奈良県人にとっては、他県のローカル都市って
そんなもんなんだな(苦笑)。

世界のタイル博物館の山本コレクションは何回見ても素晴らしいし、今回のマジョリカタイル展も楽しめたし、
せっかくだからといろいろくっつけて訪問した名古屋方面のタイル物件では、さすが日本一の焼き物産地、
素晴らしいタイルや敷瓦を見ることができ、満足満足!


2018.3. 常滑&下之一色 もくじ

常滑のまちなかタイル
下之一色 新元湯のタイル
下之一色 道すがらのタイルなど

2018.11. 鳴海&常滑 もくじ

瑞泉寺の敷瓦
東窯工業のめくるめくタイル
常滑、京都を案内する
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常滑、京都を案内する

2018-12-17 23:34:59 | 建物・まちなみ
常滑の続き。

東窯工業の社長さんがゆっくりしていいよと言ってくれるのでいろいろと質問したり何度も写真を撮ったりして、
ついつい長居してしまい、危うくINAXミュージアムでの待ち合わせ時間に遅れそうに・・・慌てて講演会場へ
行くとすでに内覧会、交流会が始まろうとしていた。ま、受付をして会場内で自由におしゃべりするだけだが(笑)。
台湾から来日された徐さんと再会を喜び、兵庫県立考古博物館の深井さんとも久々にお会いした。


和製マジョリカタイル展の展示は、INAXの所蔵品や国内のコレクターから借りてきた実物の古いタイルが
控えめに展示されていたほか、メーカーのカタログなど貴重な資料が公開されていた。
広正のカタログは見たことがなかったし、佐治タイルのカタログも実物は見たことがなかったな。


マジョリカタイルの写真をずらりと並べたタイル回廊は、ここに台湾から本物のスペシャルエンボスのタイルを
持ってきてみっしりと貼れば、圧殺されるほどの迫力だっただろうに・・・と思ってしまうのだが(苦笑)、
一般の人には人気のようで、皆喜んで写真を撮っていた。


あと、ものづくり工房で復刻したというタイルはまとまった数で並べて展示されていた。
台湾にもよくある柄のタイル、「牡丹」と呼んでいたがこれは「タチアオイ」なの?めしべおしべの形が
タチアオイとは全然違うけどなぁ?でも言われてみれば牡丹でもないな(笑)
復刻品ならではの変わった色あわせがずらりと。

その日に合わせて行われると聞いていた日経新聞の取材に立ち会わせてもらう予定だったのに、
会場内をうろついてる間に別室で始まってしまっていたので、途中から入ることもはばかられて断念。。。
講演会は、先日書いたとおり盛況のうちに終了。懇親会&お茶まで楽しんで長い長い一日が終わった。。。

翌日は、来日してからまだ外を出歩いていない徐さんのために、朝から常滑のまちなかを案内。
mayumamaさんと、英語の堪能なTさんがサポートしてくれて、4人で、
土管坂や古い窯屋の建物やレンガの煙突を眺めながらくねくね路地を上ったり降りたり。


前日には東窯工業へ行く道すがらに、常滑は初めてだというUさんもちょっと案内したのだった。


道端に落ちていた陶板。


時間が早かったからかまだあまりお店が開いていなかったが、ある工房で作家の方にお話を聞きながらお買い物も。


登り窯まで歩いて、1時間半ほどの散策を楽しんだ。常滑はもう数回来ているが、やっぱり楽しい。


実は先週末も母親と妹を連れて再度常滑に来てまた4時間半ほどうろついたのだが、二人とも飽きもせず
いつまでも写真を撮ったりして喜んでいた。
産業のために作られた、窯、煙突、古い建物。廃棄物で作られた、土管坂、電らん管や窯道具で縁取られた路地・・・
その隙間にたくましく根付く植物たち・・・これらの風景は「本物」だからこそ人を惹き付けるのだ。


このあと常滑駅へ戻り、一路京都へ。


昼食のあとやって来たのは、徐さんが日本で是非とも行きたいと言っていた、さらさ西陣
ここは元お風呂屋リノベーションカフェで、タイルの聖地として台湾でも有名。
日本よりもマジョリカタイルがたくさん残っている台湾でもここまで埋めつくされている物件はないだろう。
壁いちめんにふんだんにマジョリカタイルが使われているシンガポールでも、1ヶ所にこれだけ多種のタイルが
使われてはいなかったな。質、量、密度、すべてにおいて、聖地の名にふさわしい!!


入った時間がよかったのか、お客が次々と出て行ったためしばらくほぼ私たちの独占状態で、
心行くまで写真を撮ってもらうことができた。




同じ並びで現役のお風呂屋、船岡温泉は撮影禁止だが、実際にお風呂に入って内部のタイルを楽しんでもらい、
その隣のパン屋、チップルソンも見学。ここは元は船岡温泉の一部だったようで、華やかなタイルが腰壁に
貼られている。






日が暮れて灯りが灯る先斗町を歩き、歌舞練場も案内。


築地の泰山タイルの乱貼りも。


このほか三条通りの近代建築、錦市場、金閣寺と、ベタなスポットも入れつつ、限られた時間の中で
京都を堪能してもらえたかなと思う。
1ヶ月以上経った今ごろ書いても・・・と思ったが(汗)、まぁ常滑の流れということで(苦笑)

mayumamaさんの記事

11月の常滑おわり。
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東窯工業のめくるめくタイル

2018-12-12 21:07:20 | ディテール
名古屋からの続き。

鳴海から名鉄で常滑へ移動してきた。午後にアポイントを入れていた東窯工業さんへ。
ここはだいぶ前にmayumamaさんがふらりと敷地内へ入って行って事務所内のタイルを見つけたところで
私も一度伺おうと長いこと温め続けていたのだった。一度電話したらここも平日しか対応できないということだったので
休みを取れる機会をうかがっていた(その後数ヶ月はすでに有給を入れてしまっていたので)。約半年後にようやく。。。


古い古い工場は一見廃墟かとも思ってしまう(失礼!)が、実は現役バリバリ。
ガラリと戸を開けて木造の事務所へ入ると、社長さんが事務所の中でストーブにあたりながら待っていて下さった。
うわぁ~~~っ!!足下にはさまざまな模様のモザイクタイルが!!


はやる心を抑えつつご挨拶し、お茶を頂きながらお話を伺う。
常滑はもともと鉄道用土管から始まった焼き物産地だったとか。
現在は砥石を製造されている東窯工業さんは、創業が天保15年ごろという、約170年の超老舗だ。
近代に入って伊奈製陶(後のINAX)と協業で土管を製造していたという。


帝国ホテル向けのスクラッチタイルを常滑で製造した頃から、こちらでもタイルを手がけるようになり、
戦前までせっ器質の無釉モザイクタイルや施釉タイル、クリンカータイルを作っていた。
ここは、少し前に見に行った関の粘土工業所と同じように、施工例のショールームを兼ねていたそうだ。


せっ器質の無釉モザイクとは、この床に貼られているタイルのことで、低温で焼き締まり吸水率が低い。
土自体に色がついている素地タイルなので磨り減って色がはげることもない、床用にぴったりのタイル。
くっきりした色のタイルを自由自在に組み合せて模様が描ける。


花模様、ボーダー、チェック、その他の幾何学模様・・・いろんなパターンで貼られていた。


大柄のパターンも。


斬新なデザインの床!!


事務所の床のタイルは白い土埃をかぶっていたが、雑巾で拭くと驚くほど鮮やかな色があらわれた!!
途中からまた掃除大会が始まった(笑)




あっ、これは、少し前に京都で見た石田愛商店のタイルそのままじゃないか!あれは東窯工業製品だったのか。


素地タイルを作っていたメーカーもたくさんあっただろうが、メーカーの差別化としては貼りパターンしか
なかっただろう。各社独創的なデザインの考案にしのぎを削っていたに違いない。


創業家の杉江さんの名にちなんだ、杉の木が3本並んだ社章もモザイクで表現。


タイルの裏形にも同じマークがあしらわれていた。


廊下やエントランスホールなどカーペット状に敷き詰める場合のボーダー部分のパターンか。


戦後の無釉モザイクタイルとは土の質が違うように思われる。戦後のは厚みが薄く、マイルドな色合いなので
見ればだいたい判別がつく。



そして、事務所の四方の壁には施釉タイルが貼られていた。これが驚くことに、一見泰山か山茶窯かと思うような
美しい窯変の美術タイル系!!こういうタイルが常滑で作られていたイメージは全くなかったなぁ。


常滑で釉薬タイルを製造していたのはINAXと東窯工業と陶栄社という3社だけだったという。
INAXは外装タイルやテラコッタなど大物のイメージだった。陶栄社という会社は知らなかった。


鮮やかな辰砂の赤色。鮮やかな赤色を均一に出すのは難しいとか。


釉薬は全て自社で調合して作っていたと言う。大山崎山荘美術館のマントルピースのタイルが東窯工業製品だそうだ。


もしかしたら、これまで泰山っぽいと思って見ていたタイルのうちには、ここの製品もあったかもしれない。
・・・というか、大いにあり得る。意外と目にしているところにあるのかもな。タイルは何も語らないが。。。


見る人が見れば、他社にはない特徴的な釉薬や焼き加減による発色の違いなどで、メーカーを判別できるだろうか。


地味だが味わいのあるタイルたち。






この網代模様も、山茶窯の専売特許ではなかったんだな。


金庫の後ろの壁にはこんなレリーフタイルも隠れていた。


しかし戦前の昭和一けた代には軍事物資として砥石の製造をするようになり、軍需工場として操業停止を免れたそう。
戦後もタイルを作っている余裕などなく、実用品の砥石に切り替えたのだとか。
砥石も「焼き物」だということを初めて知った。


社長さんもタイルを作っていた時代はまだ子供だったので詳しくは知らないということだったが、
興味深いお話を聞きながらUさんと2人でタイルオフィスの拭き掃除&撮影の1時間半は至福の時間だった。
ありがとうございました!!

続く。
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瑞泉寺の敷瓦

2018-12-11 23:54:12 | ディテール
INAXライブミュージアムでのマジョリカタイル展のオープニングに参加するために、金曜日に有給を取ったので、
この機会を活用して、関東から駆けつけてくれるUさんを誘って、名古屋鳴海の瑞泉寺へ行ってきた。
ここには古い印花文の敷瓦があるということを本で見て知っていて、モザミューの敷瓦展でも美しいカラー写真を見たので
是非行きたいと思い電話で問い合せたら、平日のみということだったので機会をうかがっていたのだ。


鳴海は東海道の宿場町であり鳴海絞(絞染)で有名。古い街並みも残っているようなので、その玄関口は趣のある
古い駅舎かと思いきや、名鉄鳴海駅は高架で特徴もない駅だった。残念だなぁ~~2006年に高架になったようだ。

駅を出て水路を渡ると、昔の街道筋の風情があらわれた。近世に建てられた町家や、昭和レトロな商店もあり、
山手には立派な屋根のお寺がいくつも並んでいる。なんか、町家の中にもすごいタイルが眠ってそう~な匂いが。
そしてうなぎの匂いも・・・キョロキョロしてたら待ち合わせの時間に遅れそうに、、、


あぁ、ここか!威厳を感じる総門を見上げながら石段を上る。


達筆すぎて全く読めない扁額は、「曇華峰(どんげぼう)」と書いてあるらしい。この文字を見ただけでもタダモノ
でない雰囲気が感じられる。。。この総門は黄檗宗万福寺の総門を模して作られ、愛知県の指定文化財となっている。


きれいに手入れされた玉砂利敷の中庭を囲むように風格ある木造の古い建物が建ち、屋根付きの通路で繋がっていた。
普通のお寺と違ってお参りする本堂のようなものはない。ここは曹洞宗の禅寺である。


左手の建物が僧堂だ。普段は閉まっているそうだが事前に連絡しておいたので開けてくれている。


おぉ、、、、
手前側に踏み込みの土間があり、その内側が柱のない大空間である。その床一面に、瀬戸の本業敷瓦が四半貼りで
敷き詰められていた。


うわぁ~~~~っ!!


僧堂は僧の修行道場。畳敷の小上がりが設けられていて、その間の通路部分に敷瓦が敷かれているのだ。


その奇観に入口で立ち尽くして、なかなか入ることができない。これを、踏んでもいいのか、と。。


そろそろと中へ入ると、通路は左右に伸び、全体でT字型になっている。視界が敷瓦で埋めつくされる、、、
あぁ、もう、クラクラ・・・


色が多様!定番の織部の深緑、志野の白、黄瀬戸のベージュ、鉄釉の赤ぐらいはよく見かける色だが、
ここのは釉薬を重ねてあったり微妙なニュアンスのものが多く、見たことのない色も。
そしてなぜか反りが激しい。膨らんでいるものもある。となり同士でぴったり収まっているものはほぼない。
膨らんでいるのは白色の釉薬の性質ゆえだろう。他の色は平らか反っている。


ウェットティッシュで敷瓦の表面を拭いたら、生き返ったように色がよみがえった。






黒は天目釉だろうか、流れるような茶色は別の釉薬の効果か。


黄瀬戸に織部を散らしたと思われるニュアンスのある黄緑色。


マットなキャラメル色や、茶色の上に黒を刷毛で塗ったようなのも珍しいな。


織部に乳白っぽい釉薬をかけたと思われる、青っぽい発色が妖艶。




そして珍しいのがこちら。明るいオレンジ色は一瞬素焼きかと思わせるが、何かしら薄くかかっているようだ。
塩釉だろうか?


きめの細かい布目がくっきりと。


同じような質感だがちょっと違う色。こちらは紫がかったレンガ色。




見たところ少なくとも13種類ぐらいはあったな。いろいろな釉薬の効果を試した試作品なのだろうか。
試作品を捨てずに有効活用したということだろうか。


敷瓦は固定されておらず、砂の上に並べて敷かれていた。くれぐれも勝手にめくったりしないように(笑)。


あぁ、こんなに美しい敷瓦の僧堂を、じっくり、たっぷり1時間、2人這いつくばって眺めさせて
いただけるとは、何とありがたいことだろう。少し前の敷瓦3連敗の失意を吹き飛ばす素晴らしい光景だった。

街道沿いにあった古い銅板貼りの看板。酒屋かと思いきや、「キクノヨ」という名の害虫駆除屋さん。
お酒の銘柄を店の名前にして、業種転換したのかな。


続く。
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下之一色 道すがらのタイルなど

2018-12-10 23:51:31 | ディテール
下之一色の続き。

バス停から新元湯までの道のりは15分ぐらい、近道しようと思ったらちょっと迷ってしまった・・・
新川と庄内川に挟まれた下之一色のまちはもともと河口の洲だったところ。漁業は早くに衰退したというが
まちなかを歩くとかつて賑わっていたことを感じさせる昭和レトロな風景がちらほら見られる。
雰囲気抜群の正色市場。


覗いたら何軒かのお店が営業されていた。現役の市場なのだ。立て簾というのも最近見なくなったなぁ。


モザイクタイル貼りのビル。2階に入ったお店の灯りが気になる。




四角いモザイクタイルと玉石タイルとで貼り分けた壁。上は遠目で見ると大きな市松に見えるのが面白いな。


腰張りには純露形の玉石タイル。


幼稚園の手洗い場、足洗い場も小丸タイル貼り。


微笑ましいモザイク壁画もいいね。


新元湯の前には魚市場があった。市場は前回来たときのぼりが上がっていたのでやっているのだろう。
ただし今はここで漁は行われなくなり水揚げの施設も朽ちるままに放置されているようだ。




道路に面したプラットフォーム。


見上げるとリフトの名残か?


あぁ美しい、仕事場。


こんなおしゃれな喫茶店があるのも、やはり漁師町として賑わった名残なんだろうな。




石積みでかさ上げされたこの蔵の美しさにハッと目を惹かれる。


窓に灯りがともる時間になると、早く家に帰りたくなるね。。。あぁ、家はここから3時間(汗)


3月の常滑、名古屋おわり。
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下之一色 新元湯のタイル

2018-12-09 16:28:21 | 温泉・お風呂屋
常滑からの続き。

バス停からちょっと迷って新元湯に到着。黄金色に輝く新元湯。


あれ、こんな立地だったっけ・・・ちょっと戸惑ったのは、前に来た時は向かいにも建物があったのだな。
今は新川の土手道から直接見下ろせるようになっていた。


暖簾の下に、組絵タイルが。


松の木の色と合わせた市松タイルで取り囲んで。


うまくバスに乗れなくて、新元湯には開店後に到着してしまったのだが、気さくなおばちゃんは快くタイルの
写真を撮ることを承諾して下さった。


脱衣所は豆タイル天国~~~


パズルモザイクの極小パーツも一粒も欠けることなく美しい状態を保っている。施工の腕が素晴らしかったと見える。




手洗い場周りもびっしりモザイクタイル貼り。ポイント的に花模様を入れているのが付加価値だねぇ~~


やわらかい色のタイルで明るく、濃い茶色の枠で引き締めて。


こんな垂れ壁までちゃんと装飾的に貼られているのが素晴らしい。



腰壁は人研ぎとの組み合わせで定番のパステルグリーンのタイルを。そしてキャラメル色のモヤモヤタイル。




お花のような愛らしいパズルモザイク。




浴室の方はどうなのかなと、ガラス窓からチラッと覗いたら、常連のおばちゃんにこっぴどく怒られた。
カメラを向けたわけじゃないんだけど、平謝り平謝り。。。ほんとスミマセン。。


このあとmayumamaさんはお風呂に入らないというので先に帰り、私はゆっくりお風呂に浸かって
新元湯を堪能。おばちゃんと少し前に取り壊された近所のお風呂屋の話などしてから、帰ろうとしたら
気を使ってペットボトルのお茶を手渡してくれた。前回もそうだったっけ・・・ほんとに親切。。


下之一色で1軒だけになってしまったけど常連さんのおかげで存続している新元湯。どこのお風呂屋もそうだけど
外部の者は謙虚な気持ちで入らせて頂かないとなぁ。。。



続く。
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常滑のまちなかタイル

2018-12-08 23:57:56 | ディテール
先月常滑へ行ったときのことを書こうと思ったら、3月に行ったときのことをまだ書いていなかった(汗)。
ん?なんか見たことある文言・・・(笑)
ということでこの際2回分連続で書いてしまおう。

3月に常滑に行ったのは、mayumamaさんと一緒にINAXのミュージアムへタイル展の提案に。
常滑は何度か行っており、世界のタイル博物館は久々だったが、ビクトリアンタイルやデルフトタイルなど、
いつ見てもほんとに素晴らしいコレクション。それらを全部載せてる図録があればほしいなぁ。。。


用件が済んだあと常滑のまちなかを駅までうろうろ。今回は散策するあてなど全く考えていなかったので、
ほんとにぶらぶら、こっちへ行ってみる?って感じで歩いたのだが、犬も歩けば棒に当たる(?)、
どこを歩いてもタイルに当たるんだな・・・

普通の住宅の壁やら庭先やらにぐいっと惹きつけられるような素敵なタイルが貼られていたりする。
世界のタイル博物館のすぐ近くの民家の壁にポイント的に貼られていた、釉薬の混じり具合が美しいタイル。






水路沿いのお宅の塀は青緑色の施釉ブロック積み。これ、大好き!


空き地に打ち捨てられていたタイル壁か床の残骸。見たことのない玉石タイルだなと思ったら、余ったタイルを
適当にミックスして貼ったような感じ。


あるお宅のお庭のアプローチが素敵すぎた!!これは電らん管。電らん管とは、ケーブルを敷設する管路として
地中に埋設する穴の開いた管である。常滑のまちなかでは土管坂のようにこれも土留めとして使ってあったり
積み上げて塀にしているのを見かける。しかしここのは、断面を見せて埋めた電らん管の穴の中に、モザイク
タイルや玉石タイルをバラしたものをランダムに詰め込んであり、独特のデザインになっていて面白い!


使われているタイルを見ると、さっきのタイルの残骸と同じ。あれもここのお宅のものだったのだろう(笑)


あるお宅の庭先に貼られていた、年輪タイル。変わったタイルがあるのはさすが。


あっ、これはアレだ、型抜き鉄板。久々に見たな。鉄扉に加工してある完成度の高い物件。


まちなかに残るレンガの煙突。


玉石積みの擁壁も美しい。


建物の解体跡の空き地の一角に、モザイクタイルが残っていた。


これも余り物の利用だろうか、ビルに使うような大型の陶板を貼った塀。端部はもちろんちゃんと役物を使用。


こちらの廃業タバコ屋のショーケースは超美形。


これは窯道具の廃材だと思われるが何だろう?それだけでも面白いが、中央部の穴のところに、猫の顔がついていた!!
ここも焼き物の工房のようだ。




ランチを食べようと、前にも行ったことがある「カフェ風」へ。ここはテラスの床に貼られている敷瓦がとっても
素敵。新しいものだけど、鉄絵で描かれた模様や絵は全部違ってどれも素敵なデザインなのだ。


お料理が出てくるまでの間、外へ出てこのタイルを惚れ惚れと眺め、写真を撮る。




前もおいしかった記憶があったので来たが、今回も期待通りおいしくボリュームもあって満足満足。


この後は、下之一色にある近代建築の新元湯へ入りに行こう。私はずいぶん前に一度行ったことがあったが、
mayumamaさんが電話して、開店前にタイルを見せてほしいとアポを入れてくれた。
しかし、スマホでバスをうまく調べられず、乗り損ねたり間違ったり手間取ってしまい、、、開店前にはたどり着けず。。

続く。
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2018 多治見方面 3回分まとめてもくじ

2018-12-06 23:47:48 | Weblog
もう、まとめてもくじ(笑)
安いバスを見つけてからというもの、名古屋、岐阜方面にお気軽に行けるようになった。
それに愛知、岐阜はさすがにタイル関係のミュージアムが充実しているし、次々魅力的なイベントがあるもので、
何度も行ってしまう。何度行っても楽しいね!



2018.2.10~11 多治見、駄知町 もくじ

陶磁器試験所の講演会 今ごろ・・・
駄知町を歩く。
定光寺の敷瓦

2018.7.20~21 多治見、瀬戸 もくじ

敷瓦のふるさと、瀬戸ツアー 今ごろ・・・
敷瓦の世界展を見に、多治見へ。

2018.10.6~7 瀬戸、多治見 もくじ

またまた、瀬戸へ。
赤津あたりをうろつく
またまた、多治見へ。
滝呂あたりを歩く。
滝呂中央公園&観慶丸のトークイベント

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