4月の洋風建築めぐり講座で津守下水処理場へ行ってきた。十年の歳月を費やして1940(昭和15)年に
完成した津守下水処理場は当時世界第三位の規模で、「水都の誇」として新聞にも報じられた。
満開の桜に囲まれたポンプ室は1934(昭和9)年完成、ドイツ表現主義の影響が見られる。
地上2階と地下1階の高さの吹き抜けの大空間に、古めかしいポンプが並ぶ。
数年前までは現役だったというがさすがに今はもう使われていない。幅20mぐらいあるかと思われる
大スパンを支えるために太い柱と梁が密に配されている。
ポンプ室には大きな機器を運び入れ、また入れ替えるためにクレーンが作りつけられるのが常という。
これもオーバーヘッドクレーンと言うのだろうか、水平に動くクレーンのレールをコンクリートの柱が
支える構造になっている。内部には装飾はほとんどない。
ここにあるポンプはほとんどがこのような鋳造のポンプで、建物ができたとき以来の年代物だそうだ。
かなりレアな機械もあるとの話。
梁をトラスやアーチにする方が構造上強そうな気がするのだが、フラットな梁になっているのは、
何とこのポンプ室の3階が住宅になっているのだ!これがすごい驚愕の空間なのだが、そちらについては
次回に書くこととする。
隣の第二ポンプ場は屋根が勾配屋根となっていて、パラペット部分に校倉造のようなギザギザの装飾が。
こちらもさっきのと同じように3層分の吹き抜けであるが、屋根が三角な分高さのある空間となっている。
こちらもやはりクレーンのレールが組み込まれているのは同じだが、柱の柱頭部分に屋根の周囲に見られたのと
同じような段々の装飾がついている。
現在の津守下水処理場は処理面積1962ヘクタール、1日約23万㎥の下水を処理する現代的な施設であり、
この古い建物は取り壊す予定らしい。ポンプなどは機械遺産として保存しないのだろうか。
古いポンプがずらりと並ぶ吹き抜けのポンプ室はウイスキーの蒸留所を連想させるのか、建物を壊すのは
もったいないからビアホールにしては、と誰かが言っていたが、さすがに下水処理場だからね。。。(苦笑)
完成した津守下水処理場は当時世界第三位の規模で、「水都の誇」として新聞にも報じられた。
満開の桜に囲まれたポンプ室は1934(昭和9)年完成、ドイツ表現主義の影響が見られる。
地上2階と地下1階の高さの吹き抜けの大空間に、古めかしいポンプが並ぶ。
数年前までは現役だったというがさすがに今はもう使われていない。幅20mぐらいあるかと思われる
大スパンを支えるために太い柱と梁が密に配されている。
ポンプ室には大きな機器を運び入れ、また入れ替えるためにクレーンが作りつけられるのが常という。
これもオーバーヘッドクレーンと言うのだろうか、水平に動くクレーンのレールをコンクリートの柱が
支える構造になっている。内部には装飾はほとんどない。
ここにあるポンプはほとんどがこのような鋳造のポンプで、建物ができたとき以来の年代物だそうだ。
かなりレアな機械もあるとの話。
梁をトラスやアーチにする方が構造上強そうな気がするのだが、フラットな梁になっているのは、
何とこのポンプ室の3階が住宅になっているのだ!これがすごい驚愕の空間なのだが、そちらについては
次回に書くこととする。
隣の第二ポンプ場は屋根が勾配屋根となっていて、パラペット部分に校倉造のようなギザギザの装飾が。
こちらもさっきのと同じように3層分の吹き抜けであるが、屋根が三角な分高さのある空間となっている。
こちらもやはりクレーンのレールが組み込まれているのは同じだが、柱の柱頭部分に屋根の周囲に見られたのと
同じような段々の装飾がついている。
現在の津守下水処理場は処理面積1962ヘクタール、1日約23万㎥の下水を処理する現代的な施設であり、
この古い建物は取り壊す予定らしい。ポンプなどは機械遺産として保存しないのだろうか。
古いポンプがずらりと並ぶ吹き抜けのポンプ室はウイスキーの蒸留所を連想させるのか、建物を壊すのは
もったいないからビアホールにしては、と誰かが言っていたが、さすがに下水処理場だからね。。。(苦笑)
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