ぷれしおさのフラメンコ日記

水野直子の東京フラメンコブログ。
フラメンコ教室、コンパスとバイレ、日々の自分。

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一人きりのヘレス

2018-03-13 10:47:12 | スペインの日々
3月11日 日曜日 雨時々晴れ16度

明日は移動の日。バタ・デ・コーラや稽古着、衣類や生活雑貨をどんどんスーツケースに入れていく。起きた時空は明るかったが、いよいよ出かけようとするとまた雨が降り始めた。ヘレスに来た直後、稽古場と道を思い出すため多少街を見て回ったけれど、2011年(それ以前にもヘレスには2回来ているが、20年以上昔なので、見ていないと同じ)の滞在時には観光を全くをしなかったので、今回はあちこち訪れたいと思っていた。しかしかなりの降りっぷり。。

すこし雨を眺めていたが、空は明るいので思い切って外に出た。私の読み通り、少しずつ雨脚は弱まり、強い日がさし始めた。

ドミニコ会修道院跡地に着く頃、青い空が広がった。

ほんの20分前まで、突風と大雨だったので観光客はなく、ところどころにある説明のプレートもゆっくり読めた。回廊は見事に水浸しだが、建物の美しさに息を呑む。ホールのようなスペースで「シェリー酒事業で働く地元の女性たち」という写真展をやっていたので、ぶどう畑の手入れをする女性や、醸造所のラボで品質管理をしている女性などの写真を見る。

修道院跡地を出て、横にある現役の聖ドミニコ教会を再度見学。聖週間の御輿のマリア像が床に下ろされ、カメラマンがきて撮影をしていたので、その隙をついて私もここの「ロザリオの聖母」像を間近でスマホに収めた。


外は晴れ間が広がっていたので、その足でアルカサル、イスラム時代の城址の見学をする。オプションなしで5€。

1200年代半ばには、この地はキリスト教徒に奪還されていたので、遺構にはアラブ文化とキリスト教文化の両方を見ることが出来る。世界遺産のグラナダのアランブラのような大規模なお城ではなく、こじんまりとしているが、歴史博物館としてはまずまず。

キリスト教徒にとってオリーブは重要な作物で、19世紀まで使われていた圧搾機の復元があり、これがなかなか興味深かった。イスラム教徒からこの地を奪還したのち、この城はオリーブ油のための壺を焼く窯も設置され、オリーブの加工場として使われていたようだ。

とりあえずこの町で見たいと思っていた場所は全部見ることが出来たので、街歩きも気が済んだ頃、再び空は暗くなり、大粒の雨が落ちてきたので部屋に戻る。

昼食を済ませ、降ったり晴れたりの空を恨めしく眺めながらパッキングを進める。床をはき、モップをざっとかけ、連日世話になった物干しスタンドを片付けると、部屋が広くなった。

このまま出かけるのをやめるにはまだ日は高く、降らない時間もそこそこありそうなので再び部屋を出た。駅までゆっくり歩いて(明日はタクシーをちゃんと捕まえられるだろうかと探しながら)、駅構内のバルでコーヒーを頼んだ。

スペインにきてもう20日になるのに、まだカフェコンレチェ(スペイン式カフェオレ)を飲んでいなかった!1.4€

茹でるだけの味付けラビオリと生ハムのサラダを食べきり、一日をとても静かに過ごした。

夜マドリードの友人から電話があった。私は明日予定通りマドリーに行くけれど、本人は仕事の都合で今バルセロナだそうで、私の滞在中会えないかもしれない。なんだ、2年半ぶりの再会を楽しみにしてたのに。

そう言えば留学生時代、ほぼ毎日通って仲良くなっていた、バルで働くミュージシャンのお兄さん(当時、笑)が、ネットで私を見つけて連絡をくれていた。それがもう使っていないアドレスで、気がついたのがメールを受けて一年後の帰国直後、という恐ろしく残念なことがあった。次に行く時は絶対会おうと固く誓って、今回の渡西を決めた時約束していたのだけれど、何故か今ミュンヘン在住だと言う。10月に連絡した時は、うちに泊まりなよ、なんて言ってくれてたのに。でもイースター休暇で10日間だけマドリードに来るらしく、会える、かもしれない。昔の私を知る僅かな人、20年振りなのでなんとしても会いたい。

会いたい人には会っておく、それがその人に会う人生最後の日かもしれないから。SNSで世界のどこにいても簡単に繋がる時代になったけど、顔と顔を合わせることは大切にしたいと、私は考えている。



ネットもテレビも使えないので、つい日記が長くなる。
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