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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

熊沢誠『働きすぎに斃れて』書評

『働きすぎに斃れて』を読んで

 先日、大庄グループでの過労死事件が報じられた。月80時間の残業が前提とされ、月80時間以内において別途残業代はつかず、月80時間以下になると、支給額が減らされる制度が導入されていたという。これは行政の過労死認定基準として80時間が目安となっていることから考えて異常である。
 だが、これは日本において異常でありうるのだろうか? 私が気になったことは『働きすぎに斃れて』をいま日本の“普通”のワーカーが読んで、一体どう感じるのかということだ。亡くなった方々の働き方から自分と同様の働き方を発見する人もあるだろう。厳しい働き方を多くの人が強いられている現在、自分との共通性をみいだすことも十分可能だ。だが、遠い世界のことと感じる人もまた多いのではないか。人と人との関係がバラバラな今、ごく身近に起きているこれらの過労が自分とはまったく違う世界の出来事のように感じるということもあるだろう。
 このような過労死・過労自殺が“普通”と地続きの問題であること、(とはいっても)このような働きかたが異常であることの二つを同時にどのように広めていくかが大きな課題だろう。その意味においてやはりこの本の意義は大きい。
 以下、この本の豊富な事例の中から二つの事例について自分からコメントしたい。

○ソフトウェア会社で働いていたK氏(40代男性)の事例。<10章2節より>
<事例紹介>
 K氏は極端な過重労働と上司によるパワハラに遭っていた。残業時間は月約200時間。上司からのパワハラはあまりに執拗で、理解し難いものだった。入社から約4年後のある朝、K氏はくも膜下出血で倒れ、亡くなった。
<コメント>
 著者が指摘していたように、その上司に特殊な異常性が認められたにせよ、その上司自身も退職勧奨をされたり、使い捨てにされたりしてきた経歴があったということを忘れてはならない。ブラックな業界を渡り歩いてきたなかで、業界の体質に染められただけでなく、神経をすり減らされ、狂わされてきたという面も大きかったであろう。やはり責められるべくは、このある意味哀れでさえある上司だけでなく、この業界全体の体質や下請けを圧迫する大企業群であろう。

○中部電力で働いていたS氏(30代男性)の事例。<10章4節より>
<事例紹介>
 S氏は過労と上司からのハラスメントのため、焼身自殺を遂げた。S氏の直属の上司MKは、仕事はできるが独裁者的な人間だったという。S氏はMKから嫌われ、激しい叱責、暴言を受けていた。また、死ぬ前の月は一日も休日が無いというような働き方であった。
<コメント>
 この事例において印象的だったのが検事の裁判での追及である。過労自殺の遺族である妻に向って、「死の直前の出勤時に“頑張って”などと声をかけなかったのか」と追及している。自殺の原因を家庭の事情にすりかえたいという国の姿勢がみられるわけだが、本来この自殺は過労が原因の一つであるのだから、「頑張って」などと声をかけるほうが問題である。この国の過労死への認識不足、遺族への薄情な態度がみえてくる。21世紀にもなって多くの過労死者をだしてしまう日本らしい。そして個人攻撃になってしまうが、この検事の無神経を指摘しておきたい。この事例の悲惨さ、遺族の気持ちを少しでも想像すれば、この質問の酷さがわかるだろう。こんなことを言うぐらいなら職を辞すべきだと私は思う。

 この本を読んで改めて認識させられたのは、現在の日本の職場の乱れ、ワーカーの厳しい状況(特に過労)、それに対するあまりに薄弱な裁判官や国家や社会の認識である。だが、またこのような労死基準、過労死判例をつくり上げてきたのはその遺族であり、それに協力する弁護士であり、社会であるということも改めて認識させられた。(いかに日本のいまの基準や判例の水準が低いものであったとしても。)彼らの努力が無ければ、このような過労死基準、判例は無かったのだ。つまり、このような現状を変えられるのは裁判官でも、検察官でもなく、国家でもない。変えることのできる主体は私たちであり、社会である。その一翼をPOSSEも死力を尽くして担っていきたい。

 この本における豊富なケース紹介、著者の鋭いコメントは必見である。過労死・過労自殺についてだけでなく、著者の日本の労働世界全体のありようの認識が詰まっている本当に価値ある一冊である。是非、一読していただきたい。

熊沢誠 『働きすぎに斃れて』2010,岩波書店

大庄過労死事件 最高裁判決
(判決文 最高裁HP http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100604194535.pdf
大庄過労死事件 産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100608/trl1006081924005-n1.htm


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