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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

空回りする「新自由主義」批判?書評『検証 大阪の教育改革』

NPO法人POSSEでは、6月に『POSSE vol.15 橋下改革をジャッジせよ!』を刊行しました。

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そこで、これからしばらくのあいだ、橋下改革関連の書評を連載します。

■大阪府教委は、教育基本条例を食い止めた?

今回取り上げたいのは志水宏吉『検証 大阪の教育改革――いま、何が起こっているのか』(岩波ブックレット、2012年)です。プロフィールによると、志水宏吉氏は大阪大学大学院教授で、学校臨床学、教育社会学が専攻。彼は本書で、2008年から2012年までの橋下府政および橋下市政における教育改革について、批判的に検証しています。

本書では橋下教育改革の中心を教育基本条例に据え、そこに府教育委員会が防戦した流れとその争点をおさえ、その結果を好意的に結論づけています。しかし、本当にその認識には疑問が残ります。
経緯を簡単に振り返ると、大阪維新の会は、選挙を前にした2011年8月に教育基本条例を提出します。維新の会による「対案」の要求に対して、大阪府教委はその内容のひどさに、「対案は必要ない」と「廃案」を目指すスタンスをとります。しかし、同年11月に大阪府知事・市長のダブル選挙で維新の会が圧勝したことを受け、府教委は「廃案」の方針を維持するのは不可能と判断し、「ベターな条例」を作成する戦略へ転換します。

教育基本条例は「教育行政への政治関与や学校運営のルールを定めるもの」です。府教委は、この条例案を、教育行政の仕組みに関するルールを定める「教育行政基本条例」と、地域や保護者の信頼にこたえる府立学校の設置・管理・運営に関する「府立学校条例」に分割する対案を提案します。
著者によれば、府教委によるこの戦略は、当初の教育基本条例に混在していたトップダウン型の「新保守主義」的要素と、「新自由主義」的要素を二つの法案に切り離し、特に橋下氏が力を入れていた前者の論点を先送りし、後者の要素を薄めようとしたのではないかということです。

以下に、府教委が維新の会の「教員基本条例」案に特に対抗した争点のうち、著者が整理したものをいくつかまとめました。

1.維新の会の案では、首長が教育目標を設定するとしていた。府教委との交渉の結果、この「教育目標」という言葉は削られ、知事と教育委員会が協議して「教育振興計画」をつくり、それを議会で議決するという内容に変更された。

2.維新の会の案では、首長が教育委員を罷免する権利をもつとされてた。これについては、委員自身が自己評価を行ったうえで、それをもとに知事が罷免に値するかどうかを判断するというかたちに変更された。

3.維新の会の案では、3年度連続で入学定員を入学者数が下回った高校を「他の学校と統廃合」するとされていたが、「再編整備の対象とする」と変更された。

4.維新の会の案では「学校区制度の撤廃」を唱えており、府教委は抵抗したものの、そのまま通った。

5.教職員の人事評価について、維新の会の案では、相対評価により最低評価の「D」(全体の約5%に分布させる)を二年連続でとった職員は、免職を含む処分対象になるとされていたが、これを絶対評価に変更して削除させ、一方で教員の評価に生徒や保護者の評価も加えることになった。

著者によれば、橋下氏が最もこだわったのが「1」と「2」であり、この攻防の結果を、著者は次のように好意的に評価します。

「私自身は、大阪府教委はよくがんばったのではないかと感じている。何とか「痛み分け」にもちこみ、教育基本条例が当初案のような形で成立することを未然に防いだのだから。…(略)…次に勝負しなければならないのは、大阪以外の地に住む、教育に関心をもつすべての人々である。」

■府教委は橋下教育改革に親和的だった

こうして表現がやや曖昧になったり、「協議」や「自己評価」が加わるなどの抵抗が法律では実りました。しかし、この防波堤がしっかりと機能するかどうかは、府教委の戦略や影響力にかかっています。しかし、そもそも本書にあるように、府教委は教育基本条例が提案される直前までの、2008年からの橋下教育改革に、必ずしも敵対的だったわけではありません。これには著者の志水氏も「意外」と述べています。府教委幹部のコメント(2012年2月の著者の聞き取り)が印象的です。

「三年半で大阪の教育が悪くなったとは思われないですね。競争原理が入ってきたとか、学力偏重という批判はあるでしょう。ただ、取り組みのスピードがあがってきた。それは、成果があがっているということでしょう。実態としては、学校ごとで地域の状況等に合った形で消化して、しっかりと実践してきたと思います。」

「ぼくも条例案が出てこなかったら、教育にとってプラス評価の方が大きかったと思います。(橋下元知事の)最初の打ち出し方が極端なのね。進学指導特色校に象徴されるように、リーダー層の育成や学力向上の側面が強調されすぎたきらいがある。ただ、いろいろ議論する中で、底上げ的な部分にも非常に理解を示してくれた。」

府教委の認識によれば、教育基本条例の当初案がさすがにやりすぎだっただけで、それ以外を全体として考慮すると、橋下教育改革は好意的に受け止められているようです。これは、「独裁」まで批判される橋下氏の手法のイメージとはだいぶ異なりますし、そうした批判が的外れであるということを本書は意図せずしてさらっと触れています。

しかし、橋下改革の手法そのものや、橋下氏を個人攻撃することでもなく、政策そのものをしっかり検証することこそが重要です。そのうえで、本当にこれまでの橋下教育改革も、総体として好意的に評価できるのでしょうか? たとえば、府教委は大阪維新の会の意向を受けて、今年から学力テストの結果公表に踏み切り、各市からかなりの反発を浴びていることが報道されています。

「学力調査、12市町辞退 成績開示を心配 大阪」(朝日新聞、2012年6月13日)

 昨年の調査には、大阪、堺の両指定市を除く41市町村が参加。この41自治体は今年の調査への参加も希望していた。ところが昨夏、大阪維新の会が学校別のテスト結果を公表する考えを表明。その上で維新が昨年のダブル選を制したため、府教委は生徒に渡す個人票に所属校の正答率を記す方針に転じた。

 その結果、大阪、堺の2市に加え、箕面、大東、大阪狭山、泉大津、高石、阪南、和泉、豊能、能勢、熊取の各市町が参加辞退に転じた。受験者は昨年の約10万5千人から約8万8千人に減った。公立小中学校の対象者に占める受験者の割合は約55%だった。

 辞退の理由について、熊取町は「たとえ個人票への記載でも公表と同じ。学校の序列化につながる恐れがある」。和泉市は「個人に提供された学校別の結果が塾などを通じて出回るかもしれない」と、大阪狭山市は「正答率が独り歩きすれば、子どもの自尊感情を高めることを大切にしてきた市の教育方針とずれる恐れがある」と懸念する。


府教委は「子どもの学校の位置づけを知りたい親の要望を尊重した。序列化のリスクはあるが、親が学校の現状を知り、学校運営に関心を持つ効果の方が大きい」と説明している。

http://www.asahi.com/edu/news/OSK201206130067.html

■空回りする「新自由主義」批判

『POSSE vol.15』の広田照幸・仁平典宏「周回遅れの橋下教育改革」では、広田氏は「教育行政基本条例」と「府立学校条例」による府教委の対応を「毒抜き」と一定評価しつつも、運用次第であることについて、懸念を示しています。さらに広田氏は、教育基本条例と同時に提案された職員基本条例が教職員に与える影響や、「2」の罷免条項じたいが残っていることなどを指摘しています。

市場競争や民間企業の論理を教育に持ち込むことで、具体的にどのような弊害が起こりうるのか。そもそもこれまでの日本の教育のありかた自体に問題がなかったのか。教育委員会や教員労働、教育に関する貧困対策の視点はどうだったのか。広田氏と仁平氏が展開している論点について、本書ではほとんど触れられません。橋下教育改革と対峙するためには、こうした視点こそ重要なのではないでしょうか。

本書で志水氏は前述のように、橋下改革を「新自由主義」と「新保守主義」だと分析しています。しかし、府教委案への評価を見ても、本書が新自由主義を批判できているのかは疑問が残ります。むしろ、「新自由主義」という言葉が単なる批判のための批判の道具、悪い意味での「レッテル貼り」になってしまっているようです。市場における競争や企業の論理が教育に及ぼす負の影響を具体的に展開しないまま、一面的な「新自由主義」批判が、あからさまな「悪」としての「教育基本条例」に収斂されてしまうことによって、橋下教育改革における新自由主義の評価をミスリードしているのではないでしょうか。(『POSSE』編集長・坂倉昇平)

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