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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

大田区での水際作戦、何が起きたのか、何が問題か:(上)福祉を担うはずの行政による狡猾な手口


2013年6月、大田区蒲田支所へ生活保護の申請に訪れた男性が「水際作戦」(*1)に遭い、POSSEのスタッフが同行したことで申請できたものの、翌日に呼び出されて申請の取り下げを強いられるという事件が発生しました(*2)。

私たちは、この事件を由々しきものと考えています。大田区の窓口で何が起きたのか、大田区がとった対応にはどんな問題があるのか、これは大田区の特殊な問題なのか。2回に分けて報告します。

*1 生活保護の申請を拒否し、その人が生活保護を受けられる状況にあるかどうかの判断を行なわないまま追い返すこと。
*2 この事件について生活保護問題対策会議全国会議と共同して記者会見を行なった結果、いくつものメディアで報道されることとなりました。
  ・毎日新聞「生活保護:自治体の門前払い NPOが「水際作戦」公開」(2013/08/06)
  ・毎日新聞「生活保護:門前払い→受理→取り下げ強要 同行者有無で対応に差 東京・大田区は否定」(2013/08/06)
  ・スポーツニッポン「20代男性に生活保護の支給拒否「水際作戦の一環だ」」(2013/08/05)
  ・東京新聞「生活保護支給 大田区が拒否「宿泊所住まない」」(2013/08/06)
  ・朝日新聞「生活保護改正案NPOが懸念「水際作戦に拍車」」(2013/08/06)


◆1 住居の無い若者を追い返した職員

運送会社で派遣社員として働いていたAさん(20代、男性)は、雇止めにあい、ネットカフェに寝泊まりしながら仕事を探していました。その間、日雇派遣の仕事で食いつなぐものの、給料は携帯代や学生時代に借りた奨学金の返済に消え、アパートを借りられるだけのまとまったお金は用意できそうにありません。とうとう所持金が尽きかけた今年6月、POSSEに相談のメールを送ります。メールでやり取りした結果、野宿をしていた大田区蒲田福祉事務所で生活保護を申請することになりました。既に夕刻だった事もあり、まず本人に事務所へ行ってもらい、もしものときのためにスタッフも追いかけることになりました。
しかし、福祉事務所の対応は冷たいものでした。窓口で申請の意思をはっきりと伝えていたにもかかわらず、担当した嶋田という職員から、「実家に帰れ」「ホームレスは自立(*3)に行ってもらう」などと言われ、申請書さえ渡してもらえませんでした。

この間、「甘い行政」が不正・不適切な生活保護受給を許している、という根拠の無い批判が繰り返されてきました。しかし、他の多くの水際作戦の事例同様、この大田区での事例は、「甘い行政」像がまったくの幻想だということを示しています。派遣切りにあい、ホームレス状態となった若者さえも、最後のセーフティネットの窓口で追い返される。住民の命に責任を負わない対応が未だにまかり通っているのが現状なのです。

*3 ホームレス自立支援センターのこと。2002年に制定された「ホームレスの自立の支援等に関する特別支援法」に基づき、宿所・食事の提供、健康診断、職業相談等を行う。後述するように、Aさんは適応障害のため団体生活は不可能という診断を受けており、個室のない施設での生活は困難な状況にあった。


◆2 POSSEが同行すると態度が豹変

POSSEスタッフの同行のもと、再び区役所を訪れたAさんは、先ほどとは全く違う対応を受けました。嶋田という職員は、頑として渡さなかった申請書をすぐに手渡したのです。申請はうってかわってスムーズに進みました。

実は、申請者がひとりで役所を訪れたときと支援団体が同行したときとで役所の対応がまったく違うという一種の“ダブルスタンダード”は全国で広がっています。地域のNPOや市民団体の取り組みで少しずつ役所の対応が改善される一方で、そうした支援者につながっていない人たちに対しては劣った対応を繰り返すという許しがたい状況が蔓延っています。年金や健康保険といった他の社会保障制度と同じように、当事者が独力で適切に制度を利用できるようん、「ふつうの」運用がなされるべきです。こうしたダブルスタンダードの存在は、「生活保護の申請を手伝う」という名目で困窮者を囲い込み、保護費のピンハネを行うような貧困ビジネスが蔓延る温床ともなっています。当事者が自力で申請できないという異常事態に、貧困ビジネスが付け込んでいるのです。

もうひとつ指摘しておかなければならないのは、職員は自覚的に二重基準の運用を行っているということです。大田区役所にAさんが二度目の申請に訪れた際、POSSEのスタッフがなぜ一人できたときは申請を受け付けなかったのかを問い詰めると、担当者は、「申請の意思を確認できなかった」と主張するとともに、「申請権の侵害」の意図はないと強調しました。

嶋田氏:「んー、でもそのあとも色々いったんだけど、最終的には『僕は受けたい』ってことを言わなかったんで」
POSSE:「どういう話をされてたんですか? その、ここで話をした時っていうのは。生活保護を受けたいんですかっていう話は別にないんですよね?どういう感じだったですか?」
Aさん:「あの、今後のホームレス自立支援って話と、実家に帰るかって話」
POSSE:「実家に帰れない訳ですよね? それにホームレス自立支援もまぁ、東京都ではやってるとは思いますけど、でも別に本人としては生活保護だっていうことで言ってるわけですし」
嶋田氏:「まぁ、もしそういうんだったら最初っからはっきり言ってもらいたかったんですけどね。別に申請権の侵害をしたいとかそんなことはまったくなかったんで…でも生活保護に対して抵抗があるっていう若い人も結構いるんでね」


大田区職員は「申請権の侵害」が違法な対応であると知っていました。だからこそ、法律に詳しい支援者が同行した際には、申請者が一人だけで窓口を訪れたときと対応を変え、言い逃れを試みたのでしょう。住民の命に責任を追おうとしない、行政官として問題ある対応といえます。


◆3 翌日、申請の取り下げを強いる

事件は、これで終わりではありませんでした。

翌日、Aさんが手続きのため再び区役所に赴くと、担当になったケースワーカーの三崎氏から、区外の友人宅に身を寄せていることを理由に申請を取り下げるよう詰め寄られたのです。この面談にはケースワーカーの塚本氏と、最終的には前日の嶋田氏も同席しており、Aさんが何も反論できないような圧迫された状況下での面談でした。

この面談での大田区側の言い分は、大田区内の簡易宿泊所で待機しなければ、申請はできないというものでした。しかし、Aさんは適応障害で集団生活が難しく、個室のない宿泊所での生活は堪えがたいものでした。宿泊所に入所することはできないと拒否すると、区は申請の取り下げを強く迫り、本人もやむを得ず申請を取り下げることとなりました。

このやりとりの中で、大田区職員は、虚偽の説明を行っています。

「こちらの大田でうけるってことであれば、こちらの指定した宿泊所で当面生活していただく形になります。」
「ちょっとうちの方で保護っていうのは難しいかなって。だから、逆に△△市のお友達のところで住民登録でもしてもらって、居宅生活をして、△△市で申請してもらった方がいいかなってちょっと思ったんですけど。大田区で申請するってことであれば、どうしてもアパートに入るってのは最初は無理なので。」
「まぁ、別にAさんから申請権を奪おうなんてつもりはないんだけど、ただ大田区で保護を受けようってことであれば、援助方針としてそうなるってことです。」


ホームレス状態の方が生活保護を申請する際には、簡易宿泊所に入所しなければならないとしていますが、法的な根拠はまったくありません。そのように一律に対応するのは、違法なことです。

更に、虚偽の説明を信じてしまい、それでも生活に困ってしまうので帰って検討したいというAさんに対し、

「検討っていうか、申請も受理しちゃってるんで、それをどうするかですよね」


と、申請の辞退届を提出するよう求めました。Aさんが辞退届を書いてようやく面談が終了したことからも、初めからこれを狙って行われたものだと考えられます。

水際作戦をなんとか乗り越え、申請にたどり着いても、結局、申請の取り下げを強要され、Aさんは大田区で暮らすことを諦め、自殺を思い詰めるほど追い込まれてしまいました。

その後、再びPOSSEと連絡をとり、何とか新たに生活を始めようとしていた自治体で生活保護を申請することができましたが、貧困の現場で最後のセーフティネットが機能不全を起こせば、死にも直結しうるということを行政は心に留めておくべきでしょう。「機能不全」がもっぱら行政官の嘘や不作為によるのですからなおさらです。


◆4 情報公開をして判明したこと

申請時に水際作戦をしただけでは飽き足らず、申請後にまで辞退を強要した大田区の対応を重くみて、私たちは面談記録の開示請求を行いました。開示された記録をみると、最初にAさん一人で申請に訪れた際の記録とPOSSEスタッフが同行した時の記録が混ざっており、あたかも追い返した事実がないかのように記録がなされていました。

他方、申請翌日に申請の取り下げを強要した件については、簡易宿泊所に入所しなければ生活保護の申請はできないという虚偽の説明をしたことが書面上も記録されています。

「担当より、生活保護開始に当たって、主(注:Aさん)に対して以下の点について説明した。
 ・生活保護開始後、当面の間は当所が指定する無料低額宿泊所等に入居してもらい、そこでの生活状況及び金銭管理状況等を把握した上、居宅生活が可能である場合には、アパート等への転居を検討すること。」
「主に説明したところ、主は過去に適応障害と診断……されたことがあり、一部屋数人での共同生活はできないとの訴え。なお、主は生活保護申請後、すぐにアパート等への入居が可能であると想定していたとのこと。担当より、大田区で生活保護を受けるに当たっては、主が実際に居宅生活が可能かどうかを判断する必要がある(生活保護運用事例集P305 問8-19による)ため、申請後すぐのアパートへの入居は難しい旨、再度説明した。」
(*4)

*4 大田区が依拠しているのは、東京都が発行する運用事例集です。この該当箇所には、アパートでの居宅については居宅生活ができるかどうかを判断することと確かに書いてありますが、すぐにアパートに入居させてはいけないなどとは一言も書いていません。むしろ、生活保護法では、居宅保護が原則とされています。強引な解釈で、違法な対応を正当化しようとしているのです。なお、この論法は、大田区内外で、繰り返し使われています。


◆おわりに

いま、生活保護法の改正や生活困窮者に対する自立支援制度の創設が議論されていますが、どのような制度設計をしたとしても、運用がその制度の主旨を裏切るものであれば、制度は有効に機能しません。生活保護制度は、最低限度の生活を保障するものとして設計されていますが、現場ではその目的すら覆されてしまっているのが現実です。POSSEには、大田区の内外から、Aさんのケースと類似の相談が複数寄せられており、今回はたまたま表ざたになったものの、これは氷山の一角に過ぎないと考えています。

加えて、「2」で見たように、法律に詳しい支援者が同行した場合には、(それが違法であるという自覚があるために!)違法な対応を控えるので、水際作戦の問題はいっそう埋もれやすくなっているといえます。支援団体の目の届かないところでは、無法状態が広がっています。

更に、大田区は、水際作戦の事実を行政記録の上で隠蔽していました。大田区側にAさんを「追い返すつもり」がなかったとしても、少なくとも、生活保護の申請の意思を確認することなく保護課の窓口から帰したのは事実です。その事実を、公文書に正確に残す義務は行政として当然果たすべきでしょう。


(下)では、ここで整理した事実経過を踏まえ、大田区生活保護行政の対応の問題点を整理します。

※「(下)「自立支援」という名の制度的排除」は近日アップします。



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