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浜田省吾の曲についての一言コメント

われらが浜省の歌は なぜにこんなに心に染み入るのか・・・ 私 浜省やっぱ好きなんです^^

モダンガール

2007-03-29 00:36:12 | Weblog
大好きな曲のひとつです

大人びていてクールにキメてる女性
最初のイントロの出だしのピアノ聴いただけで
この彼女の人柄がわかっちゃいそうです
そんな彼女に恋している青年

   昨夜俺のベッドを抜け出しソファで
   ぼんやり窓の外を見てたね ラジオつけて

   「気にしないで・・・」
   化粧直し出て行く君

きっとこの曲に出てくる彼女は
「今夜こそ」の彼女と同一人物ではないでしょうか?
「今夜こそ」で勇気を振り絞って
彼は彼女に声をかけたんです
そして彼女の答えは「YES」
そして付き合うようになったふたり・・・

それでも彼女の心は全てが埋まったわけではない
どうしても どこかで「寂しさ」「むなしさ」は隠し切れない
「なぜ?」
彼女自身もそれがわからず
実は苦しんでいるんじゃないでしょうか?
人生を達観しているふりしても
本当はイノセントでさびしがりや
けど どうしていいのかわからない・・・
その心を抱きしめ 受け止めたくなるような女性なんだと思います

   モダンガール
   寂しさが 何処から来るのか?
   わかるまでさまようつもりなの?

彼女に言いたいですね
この曲の主人公こそが君の「運命の人」なんだよ
君が思い描いた理想とはちょっとかけ離れた男かもしれないけど
この男ほど 君を見つめているヤツはいないよ
君をきっと幸せにするよ
だから そろそろ「心の扉」
本気で開いてみてくれないか?
・・・って

彼女の心 
つかめそうでつかみきれない
そんなまどろっこしさ・・・
こんな想いってわかる気がします

   ばかだぜ 俺・・・
   そんな君に 恋してる
   でもこのままじゃ
   いつか「さよなら」さ

俺には無理なのかな・・・
でも本気で好きなんだよな~
どうしたら彼女を受け止められるのだろう?
このままじゃ 彼女は離れて行っちまうよ~!

私も昔 片思いの相手に
そんなこと思いましたよ
とってもセンチメンタルな気持ちでした

また このモダンガール自身であったこともあります
彼女はいるけど
本当にこのままでいいのかな・・・
このとめどない「むなしさ」ってどうしてなのだろう?
彼女に対して「愛」がないという意味ではなく
彼女との「生活」のみに明け暮れる生き方への
漠然とした反抗心だったのかもしれませんでした

      モダンガール
      「寂しさ」が何処からくるのか
      わかるまで
      さまようつもりなの?



愛の世代の前に

2007-03-26 14:19:12 | Weblog
ここからは7thアルバム「愛の世代の前に」に入ります
サブタイトルが「I was born 1952」
ジャケットの真っ赤なサンダーバードが印象的で
最初は「浜田省吾ノスタルジー」的な内容かとも思いましたが
いやいやハードで濃いアルバムでした

私の中での
HOME BOUNDから続く3部作の2作目です

さて「愛の世代の前に」ですが
ライブでも盛り上がる曲ですよね~
ハードなギターリフのイントロで みんな「おぉ~!!」
冒頭の「愛のー!」ってところで みんな拳を振り上げ!
力がこもります

「振り上げた拳のやり場に困り みんな照れくさそうに頭を掻いた・・・」
浜省が冗談交じりに そんなことを言っていたことがありました

思うにこの曲の時代背景は70年代ですよね
60年代の学生運動の熱が去り
「何もない」と言われる70年代
若者は「熱くなれる」なにかを求めて
拳を振り上げてみたものの・・・

愛の世代の前・・・とはどういう意味なのでしょうか?
「愛の世代」が来る前に なのか?
目の前にある「愛の世代」を目の当たりにして なのか?

    愛の世代の前の 暴風雨の中
    すり替えられたもろい夢など崩れ落ちていく

前者なら
混乱の中描いていたはずの「夢」と称したものは
幻と化して崩れ去り
その後 本当の意味での「愛に満ちた時代」が来る
と とれますね(なんか予言みたいですね~)

後者なら
本当の愛に満ちた世界を目の当たりにしたら
薄っぺらな中途半端な想いを「夢」と称しても
なんの意味もない
と とれます

だいたい「愛の世代」とはどんな世代なのでしょう?
それは21世紀の「今」なのでしょうか?
それともまだ見ぬ世代なのでしょうか?

それとも 実は全ての世代が「愛の世代」であるのに
それに気づかぬ人々のことを歌っているのでしょうか?

   ミラーボールは回り続けてる
   いくつもの孤独な腕に抱かれ
   俺もまた 慰安の中で
   むなしく踊り続ける

これっていつの時代でも陥りそうな
共通した想いだと思いませんか?
人はきっと「何かしら」にしがみついていないと
不安になってしまうものなのでしょうね
まさしく「おぼれる者は藁をもつかむ」なのですかね・・・

けどこういうふうにも歌っています

    憎しみは憎しみで
    怒りは怒りで
    裁かれることに
    何故 気づかないのか!?

そう 
   外へ与えたものが必ず己に返ってくる
そういうことですね

ポジティブな格言でいうなら
   情けは人の為ならず
ってところでしょうか

「現実」はすべて「自身」の反映である
強くタフに生きましょう
たとえ「今」がどんな状態であっても
「次の展開」を求め「開こう」とする強い想い
これはだれでも持てる想いです
持とうと「決意」するなら!

だって誰もが「愛の世代」なのですから
    





家路

2007-03-24 19:05:09 | Weblog
アルバム「HOME BOUND」のタイトル曲ですね
この「家路」 読んで時の如くの「家に帰る」という意味より
ちょっと深い意味を持たせてますよね

家=本来の自分のいるべきスタンス=自身の「本当はこうありたい」と願う姿
つまり・・・
    
    これまでは自分を偽ったりしながら
    「生き延びよう」ということばかりフォーカスしていたけれど
    これからは自身に偽ることなく「想い」を大切にやっていく
 
という決意表明なのですね
これはきっと誰もが思うことですよね
ただそれをずっと保ち続けることは
強い精神が必要です
浜省はそれを続け 今も輝きを放ち続けています
立派!!

きっと「己の魂に誠実」である人を
天は放っておかないのだと思います
浜省もそうしてから いわゆる「第一線」に出てきたのですから
やはり「波動」は世間様に伝わるのですよ
Good VibrationはGoodな現実を引きよせ形作るのですね
浜省が身を持って示してくれています

ですからみなさん
  こんなことしてはみだしてしまうんじゃないか・・・?
などと考えず
  その想いが「魂」からの言葉ならやってみる
でいいんじゃないかと思います
きっと天は見捨てませんよ

       自分自身の輝きを信じる

それを出来る人が 形はどうあれ
「人生を幸せに生き抜く人」
なのだと思います

さて曲ですが・・・
すきなフレーズを羅列してみます

  そして女(男)達は「愛」という名の下に
  俺を上と下に引き裂いた
  だけど今も信じている
  心の全てを奪いさるような「真(ほんと)の愛」
  
  悲しみ果てしなく 
  風は夜ごと冷たく
  人は去り人は来る
  でも気づけば 道標もない道にひとり

  そして夜が明けたらまた生きてくために
  暮らしを背負って歩き出す
  疲れた身体・・・
  次第に何も 聞こえなくなる 感じなくなる
  だけど・・・
  どんなに遠くても辿り着いてみせる
  石のような「孤独」を道連れに
  空とこの道 出逢う場所へ

  どんなに遠くても辿り着いてみせる
  時の狭間にいつの日か
  魂を解き放って

どうですか

胸にグッときませんか?
私はくじけそうになったとき
もう投げ出したくなってしまったとき
物事から逃げ出したくなったとき
この曲に何度も何度も救われました
力を与えてもらい 踏ん張れました

いくつかの「恋」を繰り返し
良いときもあり けど破れていくこともある
そのたびに心は悲鳴をあげるほど傷む
それでも人は「人の心」に触れようとする
そして「強い絆」を信じ続ける
それでいい 「絆」とは幸せなのさ

けど それでも人は結局ひとりなんだよ
1+1は2であって1+1が1にはならないのだから

「生活」は必ずある
生きていく限り生活はないことはあり得ない
そして生活を守るために
様々なものを背負う
それは「純」だけではなく「雑」もあるし「偽」もある
それでも人は生きていく
前を向いて生きていくしかない
だから

     いつか「己の魂の望む姿」に辿り着く

この気持ちだけはどんなことがあっても
けして投げ出したりしない

(文章にすると なんとなく陳腐に見えますが)
これが私なりのこの曲の解釈です

「歌」は不思議です
どうしてこんなに人の心にエネルギーを与えてくれるのでしょう
癒してくれるのでしょう

歌で世界は変わりません
けど歌で個人は変わることがあります
そして個人が変われば やがて世界も変わります
いや 世界そのものは変わらなくても
「世界への見方」が変わります
だから価値観が変わり
考え方が変わり
行動が変わります
よって結果(自身の現実)が変わります
そうなると人生が変わります

この「家路」は私に
そんなことを教えてくれた 大切な曲です


  



明日なき世代

2007-03-23 01:35:03 | Weblog
     まるで俺達 傷だらけの
     4回戦ボーイみたいに
     うちのめされてきたけど
     まだ倒れちゃいない!

運命のフレーズです
このフレーズに出会わなかったら
私は「浜田省吾」にのめりこむことはなかったでしょう
いや 今の人生の生き方とは違った歩き方だったでしょう

私に 力と勇気と生き方を教えてくれた曲です
一生忘れれるわけがありません

こんな時代で「夢」や「希望」なんて
見てることがあほらしいとか思っていませんか?
世の中 そんな奇麗事だけじゃすまないんだよ
などと思っていませんか?

イノセントなもの 本当は持っているくせに
さび付いてるふりしてませんか?

たしかに簡単に言えるほど
「きれいに」生きていくことは難しいと思います

けどね それでも「明日」はやってくるのですよ
そしてそこにあなたはいるのです

投げ出すこともできます
けど それでいいのですか?
あなたの魂に聞いてください
あなたの感情ではないですよ 魂に聞いてください

そう「明日はある」のです

どんな明日なのでしょう?
それは誰にもわかりません
けどそれはその人次第でどんな展開にでもできるものです
そう信じて生きましょう
だって どうせ明日は来るのですから

そう大切なのは
   このリングに立ち続けていること
なのです
そうすれば必ず「自分風」は吹いてくるときがあるから
ただ それはあなたの思った「形」ではないかもしれない
けどその「形」がまた新しい自分を創っていく「チャンス風」かもしれません
だからとにかくリングに立ち続けましょう
結果はとっても重要です
けど自分が「がんばって生きてる」ことを感じられることは
もっと もっと もっと! 大切なことです

だから そのために時には
やり方や夢の見方を変えることもあるでしょう   
        
        くだけた夢は捨てなよ
        昨日と同じように明日を生きてはいけないよ

そして 何が何でも守るのです
自身と自身の大切なものを守り抜くのです
形はどうであれね!
それがR&Rスピリットってものです
        
        泣かないで 俺達の愛は誰にも渡さない
        泣かないで 俺達の明日誰にも触れさせない



反抗期

2007-03-21 21:24:35 | Weblog
「あばずれセブンティーン」が
「ここに留まっていること」へのもやもやだとしたら
「反抗期」は
「踏み出してはみたものの・・・」のもやもやですね
どちらにも共通しているのは
 エネルギーはあるのにどう消化していいのかわからないいらだち
でしょうか?

十代の共通する「想い」ではないでしょうか?
私もありましたね こういう想い
私の場合は26歳まで この想いに悩まされ続けていました

「反抗期」って言っても「大人」や「社会」に対してのレジスタンスではないのですよね
「流されるままに過ぎていくかもしれない己の未来」に対しての
「反抗」ですよね
一番の敵は「まあいいや」や「しょせんこんなものさ」という
己の気持ちだったのかもしれません
かといって どこかで「折り合い」をつけないと
やっていけないのも また「社会」だということも
なんとなく知っていました
    どこでどんなふうに「折り合う」のか・・・
これが 最大の難問だったように思います

この「反抗期」もそういうことを歌っています

    ボストンバッグにラジオと着替え押し込み
    退学届けと手紙ポケットに入れて
    今夜おまえは
    世界を相手に闘い始める Teenage Blue
    
    息が詰まるほど愛に満ちた家
    泳ぎ出さなきゃおぼれそう

    誰かに「さよなら」言おうと電話の前
    だけど誰一人思い浮かばない
    寒いほど一人 Teenage Blue

「やったるぜ!」と気力は十分
「このまま埋もれる俺じゃないぜ」と飛び出してみた
「でも俺ってひとりぼっちになるのかな・・・
 はみ出しちゃまずいかな・・・」という寂しさと不安
からみあう期待と不安

きっとみんなそういう気持ちってあったでしょう?
あるいは「今」その真ん中にいますか?

更に
  
     寒さ凌ごうと映画館のドアを開け
     J・ディーンの横顔を観ても
     もう前のように「熱く」なれない
     ロビーでたばこふかす Teenage Blue

踏み出したところで やがて同じ事
     誰も手を貸してはくれないよ

     どこへ行こうか?
     もう帰ろうか?
     でもそれじゃまた元の Teenage Blue

このあたりのフレーズがまた 私ゃ大好きですね~
「そうか~ おまえもそうなんだな~」と
こんな「宙ぶらりん」のところにいるのは
自分だけじゃないんだよな~
などと 妙な安心感を覚えたりしました(笑)

けどここのフレーズってリアルに響いてきますよね
逆にこのフレーズが「分かれ道」ですよね
こういう気持ちには必ずなりますから
それでも踏ん張り通して「次の扉」に手をかけるのか
そこで「そうだな~」って背を向けるのかは・・・
自由だ~!!
「反抗期」イズ フリーダム~・・・♪

おっとまた脱線しそうになりました 失礼!

まあでもそういうことです

「反抗期」十代の心のもやもやを歌っているのですが
実は我々への問いかけでもあるようです
「何が?」って?

それは聴く人それぞれで感じてもらいましょう