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浜田省吾の曲についての一言コメント

われらが浜省の歌は なぜにこんなに心に染み入るのか・・・ 私 浜省やっぱ好きなんです^^

愛の世代の前に

2007-03-26 14:19:12 | Weblog
ここからは7thアルバム「愛の世代の前に」に入ります
サブタイトルが「I was born 1952」
ジャケットの真っ赤なサンダーバードが印象的で
最初は「浜田省吾ノスタルジー」的な内容かとも思いましたが
いやいやハードで濃いアルバムでした

私の中での
HOME BOUNDから続く3部作の2作目です

さて「愛の世代の前に」ですが
ライブでも盛り上がる曲ですよね~
ハードなギターリフのイントロで みんな「おぉ~!!」
冒頭の「愛のー!」ってところで みんな拳を振り上げ!
力がこもります

「振り上げた拳のやり場に困り みんな照れくさそうに頭を掻いた・・・」
浜省が冗談交じりに そんなことを言っていたことがありました

思うにこの曲の時代背景は70年代ですよね
60年代の学生運動の熱が去り
「何もない」と言われる70年代
若者は「熱くなれる」なにかを求めて
拳を振り上げてみたものの・・・

愛の世代の前・・・とはどういう意味なのでしょうか?
「愛の世代」が来る前に なのか?
目の前にある「愛の世代」を目の当たりにして なのか?

    愛の世代の前の 暴風雨の中
    すり替えられたもろい夢など崩れ落ちていく

前者なら
混乱の中描いていたはずの「夢」と称したものは
幻と化して崩れ去り
その後 本当の意味での「愛に満ちた時代」が来る
と とれますね(なんか予言みたいですね~)

後者なら
本当の愛に満ちた世界を目の当たりにしたら
薄っぺらな中途半端な想いを「夢」と称しても
なんの意味もない
と とれます

だいたい「愛の世代」とはどんな世代なのでしょう?
それは21世紀の「今」なのでしょうか?
それともまだ見ぬ世代なのでしょうか?

それとも 実は全ての世代が「愛の世代」であるのに
それに気づかぬ人々のことを歌っているのでしょうか?

   ミラーボールは回り続けてる
   いくつもの孤独な腕に抱かれ
   俺もまた 慰安の中で
   むなしく踊り続ける

これっていつの時代でも陥りそうな
共通した想いだと思いませんか?
人はきっと「何かしら」にしがみついていないと
不安になってしまうものなのでしょうね
まさしく「おぼれる者は藁をもつかむ」なのですかね・・・

けどこういうふうにも歌っています

    憎しみは憎しみで
    怒りは怒りで
    裁かれることに
    何故 気づかないのか!?

そう 
   外へ与えたものが必ず己に返ってくる
そういうことですね

ポジティブな格言でいうなら
   情けは人の為ならず
ってところでしょうか

「現実」はすべて「自身」の反映である
強くタフに生きましょう
たとえ「今」がどんな状態であっても
「次の展開」を求め「開こう」とする強い想い
これはだれでも持てる想いです
持とうと「決意」するなら!

だって誰もが「愛の世代」なのですから
    






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3 コメント

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Unknown (ノースライン)
2007-03-26 23:18:48
popsdogさん、こんばんは。
愛の世代っていつ、何?・・・
popsdogさんがこの詩のポイントとしているところですね。深いですね。
私が思うに、じゃ今は愛の世代と呼べるのかどうかって考えてみる必要があると思います。
バブルの頃には戦争や地球環境の危機感なんかどっかへ行っちまってましたよね。
でも最近の社会情勢や地球環境には多くの人が不安感感をひしひしと感じ始めてると思います。
浜田がいつの時代のことを言ってるのかはわかりませんが、この曲の時代背景的には核戦争危機や地球汚染等の決して夢物語でない将来に対する危機感が常にあったと思われますし、彼自身も父親の被爆体験が他曲同様に大きく影響していた時期と思います。
言われるように、多分預言的に、自分たちの造った業(戦争.大気汚染)によってある意味地獄を見た後でしか人類は変われない・・その時こそが愛の世代となって地球を変えるのさ・・なのかもしれません。
でもその時が来てからでは遅すぎるんですよね!
浜田はそれを分かってて、その愛の世代の前・・そう今の私たちに対し鐘を鳴らしてるんだと思います。
彼はやはり広島で生まれたことでの使命感的なものを持ち続けてるんだと思います。
私はどちらかといえば、歌詞より曲から入るタイプだと思ってますが、なんかこのブログを見てから詩を通した浜田省吾を見つめ直したくなりました。
長々とスイマセン!(特別な宗教・思想には走ってませんのでご安心を・・笑)
今後もこのブログ更新を楽しみにしております。


返信する
愛の世代の前に・・・。 (なお)
2007-03-27 08:13:34
popsdogさんやノースラインさんのコメントを読ませていただきました。わたくしもこの曲について、同じような事を疑問に思い、同じような事考えました。
 
思いっきり、外してるのかも知れませんが、こんな事も考えました。

♪そこへゆくと~ どんな夢も~ かなうというよ
 誰も皆~    行きたがるが 遥かな世界

 その国の名は ガンダーラ どこかにある ユートピア
 どうしたら  行けるのだろう 教えてほしい~♪

 ・・・・・・・・・愛の国ガンダーラ♪

ゴダイゴの曲を思い出したのですが・・・(懐かしい)。
(もともと、この部分が好きでよく口ずさみます)
ココでいう愛の国と愛の世代というのがもし同じ意味であれば・・・・。どちらとも遠い世界のように思える存在が、実は今の事(現実社会)を歌っていて足元を見つめる
ひとり一人の心の問題で今からでもすぐに実現できるものなのではないかと・・・・。戦争や環境破壊が人間の負の部分なら、その反対の正の部分。
人間のココロのチカラが、カギなのではないと・・・・。

ココロのチカラを信じれるか、信じられないか・・・。
それが今だと、感じられるか、感じられないか・・・。

愛の国や愛の世代は、現在社会の人のココロによって、
遠くにもなり、近くにもなるのかな?

では、今の私の生活においてどういう事が、ココロのチカラを発揮している事になるのか・・・・・。
それは それは 地味でちっぽけなことです。
平凡な主婦として出来る事。
絵本の読み聞かせをしたい・・・。おいしい料理が作りたい・・・。絵が好きなのでもっと上手になりたい・・・。
町内の皆さまと関わっていたいので積極的に参加・・・。
どれも まどろっこしいほど 愛の世代には程遠いですけど・・・。私的にはここが愛の世代です。信じてますよ私は、私の出来る事をするのですから・・・。ココを去るまでこの生き方は変えないつもりです。
子供達に言い聞かせてます。
「とても優秀な頭をもっていても、人(何か)の為にそれを使わなければ、何の意味もないんだよ・・・。」と。


ゴメンナサイ熱く語りまして・・・。
言葉下手なので、意味不明なところがあるかも・・・。











 
 
返信する
愛の世代 (popsdog)
2007-03-28 23:44:17
ノースラインさん なおさん ありがとうございます
私はいつでも どんな時代でも人はみな「性善説」から派生している存在だと信じています
たしかに「負」はあります 私も「負」をたっくさん!背負って毎日暮らしています
けどそれだけではないですし 「正」もたっくさん!この胸にあふれていることも感じています
目を覆いたくなるようなニュースが毎日繰り返されています ほっとするようなニュースのなんて少ない事か! では世間ではそんな干からびたような出来事ばかりしかないのか? そんなことはありません 報道されていないだけではないでしょうか? なぜなのか? 「売れない」からじゃないですかね~・・・
どうやら人は「負」の話には敏感に反応するらしいですから 
けど 人は「性善説」なのです
私事で恐縮ですが ウチには5ヶ月の娘がいます この娘の目は親ばかかもしれませんが とてもきれいです ハッとさせられることもしばしばです 娘をみていると「人は愛を手に握り締めてこの世界に生れてくるんだ」と実感します そして親としてというよりもご先祖様からバトンを受け継いできた者として次のランナーにたすきをしっかり握らせてあげたいという想いであるべき姿を伝えたいと思います
なおさんのおっしゃったこと すばらしいです!素晴らしすぎます!! 自分のステージレベルでできることをしっかりと伝えていきたいという決意 きっとそれこそが 世界を「愛」でいっぱいにするため第一歩でありながら最大のエネルギーであると信じます だから私達・・・いつの時代であろうとそこに生きている人達こそが「愛の世代」なのだと信じます
浜省も歌っていますよね

   いつか子供たちに
   この時代を伝えたい
   どんなふうに
   人が夢を 繋いできたか

私はこのフレーズの力を信じています!

とりとめのない文章であったことをお詫びいたします
m(--)m
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