
「トム&ジェリー」といえば、われわれの世代が子供の頃、テレビの前にかじりつくようにして観ていたアメリカのアニメである。「トムとジェリー、仲良くケンカしな」という主題歌の冒頭の歌詞が端的に示しているように、「窮鼠猫を噛む」とまではいかないけれど、「本来、ネズミの天敵であるはずのネコが、狡賢いネズミにしてやられる」ということを面白可笑しく描いたアニメである。ネコの「トム」は、ネズミの「ジェリー」を捕まえようと追い詰めるが、結局逃げられて、してやられる楽しい、そして思い起こせば懐かしいアニメである。
ただ、本稿では、その「アニメ」自体を取り上げるわけではなく、ここでは「トム」と「ジェリー」という各々の言葉について、切り離して考えてみたい。
まず最初に、アニメの中では、ネコの名前になっている「トム」=‘Tom’ であるが、アメリカの小説家、「マーク・トウェイン」=‘Mark Twain' の小説に「トム・ソーヤーの冒険」=’The Adventure of Tom Sawyer' があり、有名な映画俳優にも「トム・クルーズ」=‘Tom Cruise' という方が存在するように、「トム」は、人間の男性の名前としても使用される。英語で「トムボーイ」=‘Tomboy’と言うと、これは「おてんば娘」とか「ボーイッシュな女の子」を表す言葉となる。「オカマ」の逆の「おなべ」という意味にもなる語彙なのである。また、やはり英語で「ピーピング・トム」=‘PeepingTom’と言うと、これは「覗き魔」という意味になる。このように並べてみると、英語においては、「トム」は人名に使用されるけれど、それに別の単語を繋いだりくっつけたりすることで、「お転婆娘」や「おなべ」になったり「覗き魔」になったりで、少し怪しげで意味深なニュアンスを含む語彙のように思えるのである。また、日本のアニメの代表的な作品に手塚治虫先生作の「鉄腕アトム」がある。これはアメリカでも放映されて「アトムボーイ」=‘Atom Boy'として親しまれていたようである。ただ、この「アトムボーイ」=‘Atom Boy’の読み方を誤って、違うところで区切って発音してしまうと「ア・トムボーイ」=‘a Tomboy'となり、「1人のお転婆娘」という意味になってしまうので注意を要する。言語を変えてみてみると、タイ料理の定番に「トム・ヤム・クン」(ต้มยำกุ้ง, Tom yum goong)というものがある。これは、辛味と酸味、複雑な香りが特徴的な、タイ料理を代表するスープである。「トム (ต้ม)」は煮る、「ヤム (ยำ)」は混ぜる、「クン (กุ้ง)」は「エビ」のことである。これは即ち、「エビ」入りトムヤムスープという意味であり、タイ料理としては、その他にも「鶏肉」や「イカ」等、他の食材入りの「トム・ヤム・スープ」もある。「鶏」=「ガイ」なら「トム・ヤム・ガイ」、「イカ」=「プラームック」なら「トム・ヤム・プラームック」となる。ということで、「タイ語」では「トム」=「ต้ม」=「煮る」という意味になるのである。
次に、アニメではネズミの「ジェリー」=‘Jerry’ であるが、これも「トム」ほど一般的ではないけれど、やはり人や物の名称に使用されている。若い方はもうご存知ないかもしれないけれど、そして本名なのか芸名であったのかも定かではないけれど、たしか「ジェリー藤尾」という名前の俳優の方がいらっしゃった。「ジェリー」=‘Jerry’ の本来の意味は「室内便器」という意味であり、「ジェリー」という名前は日本語的には「可愛らしい」イメージを抱いてしまうけれど、アニメの作者がこの「室内便器」をイメージして「ネズミ」に「ジェリー」と名付けたのであれば、そこには「悪意」というか、それに似たイメージを「ネズミ」に対して持っていたのではないだろうか。
さて、「ジェリー」=’Jerry' の ’r' を’l’に変えても、日本語では’Jelly'=「ジェリー」というふうにカタカナ表記が変わらないのが日本語である。そして、こちらの方の「ジェリー」=’Jelly' は「ゼラチン」を原料にして作られる「寒天状の食材」である。日本語では、カタカナ表記において、「旧表記」と「新表記」という2つの方法があり、「旧表記」で表すと「ゼリー」となる。「ジェリー」という表記は「新表記」なのである。巷の喫茶店のメニューなどを見てみると、'Coffee Jelly’ の表記は「コーヒーゼリー」がまだまだ主流であるように見える。これは推察の域を出ないけれど、’Tom & Jerry’ が日本のテレビで放映されていた頃は間違いなく’Jelly’=「ゼリー」が当たり前になっていたと思われる。同様の「旧表記」の例としては、ミルクセーキ (shake)、 セパード (shepherd)、ゼネラル(general)、ゼスチャー(gesture)などがある。個人的見解では、「セパード」という「旧表記」はほとんど「死語」の域に入りつつあると感じている。英語において、この「ジェリー」=’Jelly’ に「魚」='Fish’ をくっつけて「ジェリーフィッシュ」=’Jellyfish’ にすると「ゼリー状の魚」ということで「くらげ」を表す単語になる。
ところで、最近は、「ゼリー」から「ジェリー」への表記の変化だけでなく、食材の多様化が進展していくなかで、「ジュレ」とか「ジェラート」だとかいう言葉も輸入されてきている。そもそも「ジェリー」=’Jelly’は英語ではあるが、古くはフランスからの借用語であるらしい。そして、最近、市民権を得てきたと思われる「ジュレ」=’Gelee' はフランス語で、「ジェラート」='Gelato’ はイタリア語である。いずれも「凍らせたもの」を意味するようである。「ジュレ」=’Gelee’はフランス語の動詞 ’Geler’=「ジェレール」の過去分詞形であり、その語源は「ゼラチン」=’Gelatin’ 「ジェル」=’Gel’(英語)「ゲル」= 'Gel’(ドイツ語)などと共通しており、それはラテン語の「グラーレ」='Gelare’なのである。
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