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かものはし通信

他是不有吾

「これからもそうだ。」

2012-04-26 04:47:51 | 
田中慎弥著 「これからもそうだ。」 西日本新聞社

芥川賞受賞時のコメントで話題となった著者の、初エッセイ集だそうである。
受賞作の「共喰い」は、強烈な内容だというメディアの宣伝文句が飛び交っていたので少々身構えて読んだが、いや確かに題材は強烈ではあるが、不思議に読後感が心地よかった。前年に候補となった「第三紀層の魚」も、淡々とした、というより冷たささえ感じる文章の底に、僅かな温かみを感じた。そこもまた心地よかった。

このエッセイ集、著者の目線も思いも常に冷え冷えとしていて、とにかく一貫して素っ気ない。
昨今こんなエッセイ、滅多にお目にかかれない。
しかし惹かれる。なぜだ?
著者の下関へのこだわり故か。
彼自身は、こだわりはない、愛着を感じているわけではないという。だが「なぜ下関か。」ということを悶々と考え、下関を離れず、下関を題材に小説を書く。しかも暗く描く。
その、愛憎と諦観の入りまじった複雑な思いが、小説からもエッセイからも立ちのぼっている、そこが惹かれる理由だろうか。

小さな地方都市から彼は離れない。恐らくそこに私は共感を得、彼の文章を辿るのであろう。

「天職は寝て待て」

2012-04-25 04:30:29 | 
山口周著 「天職は寝て待て」 光文社新書

以前にも書いたが、最近の新書は良い意味で裏切られることが多い。あまりにも俗っぽいタイトルとは反対に、中身が非常に優れている、ということだ。
本書もまさにそれに該当する。
転職を繰り返してきた著者が経験だけで「天職探し」を語る、という内容かと想像していたが、然にあらず。語られるのは真っ当なキャリア論である。

日本社会がいつまでも浮上できないでいる理由のひとつとして、ルサンチマンに囚われやすい国民性を挙げている。曰く、「『皆と同じ』であることが道徳的とされ、集団から飛び出して甘いぶどうを取った人々をナンダカンダと難癖をつけてイジメることで、強引に『酸っぱいぶどう』に仕立ててしまう社会」である、と。それが、長い間続いてきた転職を悪と見なす社会の基底にある風潮だということだ。
しかし本書は、だからそれを打ち破って転職しよう!という転職礼賛本ではない。そこが重要な点だ。
転職志向の読者、天職探しの罠にはまりそうな読者に、しっかり考えること、しっかり準備をすること、それによって「よい偶然」を呼び込む下地を築くことを訴える。

これが、本書でもっとも心に残る一節である。
「何でもない毎日をていねいに生きる」

「型破りのコーチング」

2012-04-22 00:00:25 | 
平尾誠二・金井壽宏著 「型破りのコーチング」PHP新書

コーチング関係の書籍は諸々手にしたが、本書はそれらとは少々毛色が違う。が、目が啓かれる要素が山ほど潜んでおり、読後、宝を探り当てたような胸が弾む感覚に囚われた。

平尾氏の言葉は、経験に裏打ちされているだけではない。氏がどれだけ自身の役割をまっすぐ見据え、そのために何をどこで学ぶべきかを考え、多くを学び、実践し、振り返り、そしてまた学ぶということを繰り返してきたか。その重みが、氏のひとつひとつの言葉に大きな価値を生み出しているように思う。

ラグビーには特に興味が無く、平尾氏に関しても「名前を聞いたことがある」程度の知識しか持ち合わせていなかったが、是非とも一度、講演などで氏の生の話を聴いてみたい。

「ジェノサイド」

2012-03-06 20:39:25 | 
高野和明著「ジェノサイド」 角川書店

いまさら紹介するまでもない、えらい人気の「ジェノサイド」
やたらに売れているらしいし、耳にする評価も極めて高い。
興味をそそられながらも時流に乗っかるのを躊躇していたが、ブックオフで対面して手を出してしまった。

まあ、おもしろい。
夜を徹して、とまでは行かなかったが、とにかく先に読み進めたいと気持ちを急き立てる手法が、さすがだなと思わせる。
しかしなあ。。。
この作家の作品は「13階段」と「幽霊人命救助隊」しか読んでいないが、それらも含め、どれもどこかちくちくとした説教臭さがつきまとう。エンタテイメント小説好きの向きには、そんな些細なことはスケールの大きさに全て呑み込まれ、とにかくわくわく感が堪らないのかもしれないが。
尚、これを読み進めながら頭の片隅にちらちらしていたのが笹本稜平氏の「フォックス・ストーン」で、こちらの方が説教臭さがなくシンプルで突き抜けている感じがして、好ましい気がした。
(とはいいながら、笹本氏のこのシリーズは山がらみの作品ほど興味をそそられないので、続刊は手に取っていないが。)

てなわけで、読んだことでとりあえずは満足したが、持っておきたい本にはならなかったので、売り払ってしまおう。

「犯罪」

2012-03-03 19:10:56 | 
フェルディナント・フォン・シーラッハ著 「犯罪」 東京創元社

古本屋で見かけ、お値打ちだったのでとりあえず買った。
「このミス!2位」やら「各メディアで話題独占」やら「映画化決定!」やらの帯の踊り文句から察するに、どうせまた昨今流行りの猟奇趣味、がちゃがちゃ騒々しい中身なんだろう。さっと読んでまた売り払ってしまえ、と舐めてかかった。

いやしかし、これが悪くない。
前半は暴力的な表現が不快だったが、徐々になぜかじわっと暖かみを感じる箇所が増えてくる。
最後の「エチオピアの男」では、涙腺が緩みかけた。(なんとか堪えたが。)
ドイツの司法制度も垣間見えて、なかなかに興味深い。
本棚に残しておきたい一冊になってしまいそうだ。