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かものはし通信

他是不有吾

「神様のいない日本シリーズ」

2012-05-11 05:39:02 | 
田中慎弥著 「神様のいない日本シリーズ」 文春文庫

「図書準備室」で前例があるので、これもそうかと読み始めた途端に悟った。一人の人物が誰かに延々と語っている、そういう形になっている。初めから終わりまで、他の誰もそこに割り込ませない。
しかしその単調になりがちなプロットで、読者を飽きさせないのだから、たいしたものである。

表題の日本シリーズは、1986年の広島VS西武である。この第8戦までもつれ込んだシリーズの、一戦一戦を細かに描写しつつ、それらを中学生の揺れ動く感情に絡める。
表題からは、「バッテリー」ほどではないにしても一応野球小説なのかと想像していた。つまり野球少年が主人公だろうと。しかしそれはきっちり裏切られる。野球少年どころか、全く野球をしたことがない、キャッチボールをしたことも、バットをまともに振ったこともない。ただ「観る」だけ。こういう意外性が、田中慎弥氏の小説についつい手を出してしまう所以だろう。
著者は1972年生まれなので、この主人公とほぼ同じ年頃である。主人公の日本シリーズへの目は、イコール田中慎弥氏の目だといえる。著者も観るだけの少年だったようだ。彼自身の「観る」プロ野球への思いが、この小説に凝縮されているのだろうか。

ちなみに、自分は1986年の日本シリーズの記憶がない。この年のペナントレースの記憶もほとんどない。たしかこの年は人生の転換期を前に、とにかくばたばたと忙しい毎日だったな、と懐かしく思い出す。

「働くプロの心の整理術」

2012-05-09 05:14:28 | 
長野慶太著 「働くプロの心の整理術」 青春出版社

失敗した。
以前この著者の「プロの残業術」を読んで、結構面白かったし納得する部分も多かった。そこで、本書を書店で見かけたとき、深く考えずに購入してしまった。仕事でいろいろと思い悩むところがあったからだ。
しかしこれは、もうひとついただけない。客観的に見て悪い本ではないのだろうが、少なくとも自分に必要な内容ではなかったし、この整理術を素直に実践してみようと思う読者も、正直なところ少ないのではないかと思える。
「プロの残業術」は、しっかり練られ筋道立てて書かれたという印象だった。本書は、あまりきちんと構想を練らずに、著者自身の思いを勢いだけで文字に落とした、という印象を持ってしまう。
しかも最後に松任谷由実の歌詞をもってこられると・・・。自己満足感いっぱいで書き終えた、というムードで締められてしまい、読み手は「なんだそりゃ。」と取り残されている。

著者はまじめで良い人なのだと思う。だからこそ、本書は大変残念に感じた。

「蛹」

2012-05-08 05:03:14 | 
田中慎弥著 「蛹」 新潮文庫「切れた鎖」に収録

川端康成文学賞を最年少で受賞された、その受賞作である。
なんとも不思議な話だ。静かで淡々とした文章は、巷に溢れるはらはらどきどきエンターテイメント小説とは全く対極のはずであるのに、妙な不安が掻き立てられて、ついつい先を急いで頁を繰ってしまう。
そう、その不安が掻き立てられる感覚。アンバランスで不安定な感覚。それが田中慎弥氏のどの作品を読んでいても、常に自分の心にまとわりつき、絡みついてくるようだ。
「母を汚さずにすむ。皮を着続けている意味はどうやらこれだけだった。」
こんな一節をその筆から生み出せる、その才能、いや努力だろうか。何にせよその力を手放しで賞賛したい、との思いが自然に沸き上がってくるので、やはり田中氏は普通ではないと思う。

巻末の解説で安藤礼二氏が、この作品をもって「まさに究極の『引きこもり』である」と表現している。
あ、そうか、これはつまり「引きこもり」か、とうっかり納得しかけた。
が、直後に、いやそんなたったの一語で表せる話ではない、そんな俗な一語で片付けてほしくないのだよ、と反論したくなるのは、贔屓目だろうか。

「会計直観力を鍛える」

2012-05-04 22:16:02 | 
村井直志著 「会計直観力を鍛える」 東洋経済新報社

財務、会計、いくら勉強してもたちどころに記憶から消えていってしまう。焦りから、書店のビジネス書コーナーを彷徨ってはこの手の本を物色し、買って読んだがやっぱり身につかない、なんてことを繰り返す悪循環の日々だ。

読み流さずに、解説されている指標をひとつひとつ手帳にメモしながら読んだことで、時間はかかったが理解は進んだ。目新しい指標は特になかったが、これまで学んだことの程良い復習になったといえる。
読者に馴染みの有名企業の決算書をふんだんに盛り込んでおり、同一業界内の2社をうまく比較することで読み手を飽きさせまいとする配慮も感じられ、まあ総合的には良書かな、という印象だ。

ただ、「会計直観力養成マップ」は少々自分には馴染まなかった。図そのものは良くできていてわかりやすいと思う。もしかすると自分は、表題にもなっている「会計直観力」という奇をてらったような言葉がいやなのか。
同様に「鳥の目」「虫の目」も、言いたいことは分かるし大切なことだと思うが、その言葉そのものが、なんだかいやだ。

こんなどうでもよい些細なことに引っかかってばかりいるから、いつまで経ってもせせこましい人間のままなのかもしれんな。

「冷たい水の羊」

2012-05-03 21:00:32 | 
田中慎弥著 「冷たい水の羊」 新潮文庫「図書準備室」に収録
新潮新人賞受賞作である。文庫「図書準備室」では表題作の後に併録されているが、発表順に読んでみようかと何となく思いつき、こちらを先に試した。

どこかに、彼はこの作品の執筆に10年かけたと書いてあった気がする。その情報の信憑性はどうでもよい。大袈裟でなく、本当にそれくらいかけられたのかもしれぬ、と思わせるほどの濃密さだ。一時たりとも気が抜けない。一息つける場所がない。
小難しい言葉、意図的な古くさい言葉、格好つけてこねくりまわしたような言葉などほとんどない。名詞、動詞、形容詞、使われる語彙はみな日常に溶け込んでいる。しかしその、語彙の組み合わせが普通ではない。
その形容詞の後に、その名詞を持って来るか?
その名詞とその動詞を組み合わせるのか?
その読み手の予測をまったく無視する言葉の組み合わせが、次から次へと繰り出される。こちらはその斬新さにただただ感嘆しながら、とにかく繰り出される不思議な文章を必死に咀嚼して読み進める、そんな感じであった。
物語は、ほとんどが主人公である少年の目線で進む。特に前半は、一貫して少年の目線だ。ところが後半になると、主人公をいじめる少年、クラスメイトの少女、そして母親が語りの中心になる部分がところどころに挟まれる。そこで物語がぐっと広がって、かすかな期待感が膨らみ、いや膨らんだような気にさせられ、また萎む。この妙な感覚をどう表現すればよいのだろう。正直なところ、ぴったりくる言葉が見つからない。
(まあ、無理はすまい。自分の貧しい表現力では、これが精一杯だ。)

さて、特に意図はないのかもしれないが、気になったことがひとつある。
「共喰い」「第三紀層の魚」では、作品中の会話は方言であった。この作品は、標準語だ。「図書準備室」も標準語だ。
手元にある「神様のいない日本シリーズ」も標準語。つまり最近になって会話に方言を使われるようになった、ということみたいだ。
なぜだろう。どこかでその理由を語っておられないか、探してみよう。

最後に、平凡な選択だろうが、この作品の中でもっとも心に残った一文はこれだ。
「この街は今日のために作られてきたようだった。」