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かものはし通信

他是不有吾

「ざっくり分かるファイナンス」

2012-05-25 05:13:36 | 
石井雄一著 「ざっくり分かるファイナンス ─ 経営センスを磨くための財務」 光文社新書

心よりお礼を申し上げたい。有り難い。今の自分にとって、これほど役にたった本はない。
少々大袈裟だが、それくらい感謝の気持ちでいっぱいだ。

どれだけこの「財務」やら「ファイナンス」やらに悩まされていたか。
FCFだのCAPMだのWACCだの。必死に公式を覚えても、現実味がともなわないため全く理解が進まないこいつらを、本書はきっちり現実社会と結びつけてくれた。銀行という債権者の立場と、企業の財務部の立場、双方が投資や調達をどのような考えで進めるのか、どういった傾向があるのか、真の目的は何か。ああ、やっとこさ、今学んでいることが生きた経済活動に直結していたのだと納得できた。
石井氏が勤めた日産自動車では投資判断にNPV法を採用していた、と聞くと、俄然NPV法が身近に感じられるようになる。なんたる単純さ。

とにもかくにも、企業は最終的に何を目指すのか、そのために数ある指標はどう使われるのか、それをここまでわかりやすくまとめてくれた、その力量に脱帽である。

「中国人エリートは日本人をこう見る」

2012-05-22 05:00:04 | 
中島恵著 「中国人エリートは日本人をこう見る」 日経プレミアシリーズ

ここ数年、仕事で中国の方と出会うことが多くなった。連携する他社のチームメンバーが多国籍であることは既に珍しくはなく、そのリーダーが中国人ということもよくある。リーダーのみ中国人でメンバーは皆日本人、ということもあった。
そういったリーダーを務める中国人は、間違いなく皆とても優秀な方々である。業務スキルはもちろんのこと、日本語が大変堪能で意思疎通に齟齬が生じることはまずない。日本語独特の曖昧な言い回しまで使いこなしておられる。そんな方々と一緒に仕事を進めると、内向きになっている日本に比べ、外へ向かう非常に強いパワーを感じる。ああ、こうやって中国は日本を追い抜いていくのだな、と思い知らされるのである。

本書で中島氏が声を集めている「若手中国人エリート」とは、恐らくそんな人々だ。そのエリートたちに、日中間の微妙な問題まで突っ込んで話を聞き、彼らの意見をバランス良くまとめた本書は、実に参考になる。有り難い。なにせ仕事上のつきあいの中で、そんなことは訊けないからだ。
中国漁船衝突事件の時期も、ちょうど中国人リーダーと一緒に仕事をしていたが、日常会話でもお互いその話題だけはうまく避けていた。が頭の隅にはちゃんと引っかかって、それが態度に微妙な変化をもたらし、談笑にも硬さが混じる。そんな居心地の悪さを感じつつ、いつか彼らの本音を聞いてみたいとずっと思っていた。

本書は帯に惑わされない方が良い。「驚きの日本人論!」とか「ここだけの話・・・小泉元首相は中国で人気なんですよ」などと、昨今流行りの右より日本礼賛論のように宣伝されているが、そうではない。著者は真摯に、マスコミで歪められた中国人への印象を正しい方向へ導き、両国民の相互理解が進むことを願って、本書を上梓されたのだと思う。そして、我々日本人が今後も中国人から目標とされる存在で有り続ける、そのためにどうあるべきか、何をすべきか、我々自身がしっかり考えねば、と警鐘を鳴らしているのだ。
最後に綴られている、若いエリートの言葉は、一部の報道に踊らされて嫌中感情を徐々につのらせる我々を、静かに諫めてくれる。
「日本も中国も、世界地図からは絶対に消えない国。今後、日中間にどんなことがあっても、どちらも引っ越しはできず、隣国として共存していかなくてはなりません。そのことをよく理解した上で、お互いに尊重してつき合っていけたらいい。もちろん、つき合っていくのは国家だけでなく、私たち一人ひとりの人間です。」
この言葉は忘れまい。

「地雷を踏む勇気」

2012-05-20 00:07:25 | 
小田嶋隆著 「地雷を踏む勇気」 技術評論社

日経ビジネスオンラインで連載コラム「ア・ピース・オブ・警句」がまとめられた本書は、最近になってようやく小田嶋氏を知った自分が彼の思想をおおまかに掴むに程良い一冊である。
通して読んでみると、やはり氏の視点は他には見られない独特の鋭さがあり、考えさせられる(ときには笑わせられる)ものが多いことに感心する。
だがそれよりも、妙に胸に迫るものがあったのは、小田嶋氏が昨年の地震で相当に参ってしまっていたことを表すくだりだ。それは彼自身の地震体験からくるものではなく、地震報道によってもたらされたストレス、心理的なダメージである。
かなりの頁を割いて綴られているそれらのダメージは、まさに自分も落ち、未だ這い上がることができないでいる地震後の精神的古井戸だ。
毎日のように揺れの錯覚を感じ、食品の放射能値報道やすっかり定着してしまった首都圏各地の観測報道に不安を覚え、自発的とはとてもいえない節電への見えない圧力に不快感がつのる。震災関連の新聞記事やTV番組が、さらにしんどさを増幅させる。

つまるところ本書で、「自分だけではなかった。」というささやかな安心感を得ることができた、それだけのことかもしれぬ。
その「それだけのこと」が、今、自分がどれだけ渇望していたことだったか。ここで改めて、自身の脆さを思い知ったのである。

「老いの幸福」

2012-05-16 05:39:04 | 
吉本隆明著 「老いの幸福」 青春新書

先日亡くなったことで、書店には氏の著書が溢れている。自宅にも積ん読状態の著書が何冊かあったので、重い腰をやっと上げてひとつ読んでみた。
団塊の世代あたりは若い頃に氏の思想に触れ、その影響を受けた人が多いようだ。以前、吉本隆明はとてもいいからぜひ読んでみろと、60歳前後の方に勧められたことがある。(余談だが自分の世代は、馴染んだのはよしもとばななの方だ。)

さて、本書だが、正直なところかなりがっかりした。歳をとられてからの著作だからだろうか。脈絡なく適当にしゃべった内容を、編集者が整理して原稿に起こしただけ、という印象である。手書きでなくてもよい。パソコン、ワープロでも、とにかく自分自身で文章を綴ったのならよいのだが、それを省いて口にしたことを他人にまとめさせたようなものを、自分の「著作」として世に出すこと、吉本氏には抵抗はなかったのだろうか。「戦後思想界の巨人」などと呼ばれる人が、である。
また、語られる思想も首をかしげてしまう内容が多い。たとえば、女子高に数学は必要ない、とやたらに何度も強調する。一生のうちにまた見ることも考えることもない微分、積分やらに膨大な時間を使うのは無駄だ、と。とにかく全体を通して、なるほどと肯ける主張より納得できない主張の方が圧倒的に多かった。読後の感想は、、、ちょっとこれは酷いな、である。

まあ一冊だけで判断すまい。もう少し吉本氏の著作を探ってみよう。

「バカに見える日本語」

2012-05-15 05:09:58 | 
樋口裕一著 「バカに見える日本語」 青春新書

もう10年以上昔のことだが、「むかつく」という言葉を絶対使うまい、と自分に誓っていた時期があった。この言葉が既に完全な市民権を得て、誰もがごく普通に会話の中で使うようになっていた頃だ。そして実際に、使っていなかった。
いつ頃から「むかつく」が、「吐き気がして気持ち悪い」ではなく「腹が立つ」「気分を害する」という意味で使われるようになったのだろう。学生の頃はまだ誰も使っていなかった。30歳を過ぎた頃だったか、10代あたりで使われるようになり、一気に広まったのではなかったか。
元々存在した「向かっ腹が立つ」「ムカッとする」が「むかつく」になった途端に、あまりに乱暴で下品、まともな日本人が使う言葉ではない、と感じた。それで頑なに使わなかったのだ。

今はどうだろう。
これだけ普及してしまえば、お手軽な一言でニュアンスがストレートに伝わる、その安易さに負けて使ってしまうことがある。ただ、口にしたときの何とも言えない違和感、自分が堕落したような情けない負け犬気分は拭えない。

書店で本書をぱらぱらとめくったとき、ふっとこの「むかつく」が目に入ったので、購入に至った。樋口氏が「むかつく」をどう感じているのか、他にどんな言葉が引っかかっているのかを知りたかったのである。
樋口裕一氏には、これも10年以上前だが「ホンモノの文章力」を読み、それ以来信頼をおいている。あれは良書であった。ただその後次々と上梓された本は、徐々にレベルが下がっている気はしていた。
本書も、高尚な内容ではない。挙げられている言葉に「そうそう、そうなんだよ。」と同意して、日頃感じていることを再確認して自己満足して終わる、その程度の本である。ただ、大半のここに挙げられて当然という言葉の中に、いくつか意外性のある言葉が含まれており、そこに樋口氏の思想が垣間見えて面白い。「弱者の立場に立って考えたら」や「地球環境のために」がそれらに該当する。相手の反論を正論で封じ込める卑怯な言葉か。確かにそうだ。「幕末の志士たちは」には笑えた。政治家に結構いる、これを連発する人が。

気になっていた「むかつく」は、「人の感情を荒れさせる非人間的な日本語」だと評されている。
そうだな、やはりこの言葉を使うのは金輪際止めよう。