Club  Atletico  Pistachos ぴすたちお  フッサル!  

いつかは競技フットサルに足を踏み入れたい、そんな人たちです。

1年前の暑かった夏を思い出します。今年は眠れます

2024-08-04 20:01:04 | 日々の活動
昨年の夏から始まった、高校受験への心配事。

さすがに学校に行かないのも三年目となると、さてこの先本当に大丈夫か、という不安がオプティミスティックな私でさえかま首をもたげてきます。

中学校からは、進路の手引きが各人に配布され、志望校を冬に向けて絞っていくことになります。

中学校に集まり、進路説明会も開催されますが、あまり役には立ちません。

基本的には市内の中堅公立高校がボリュームゾーンなので、そこに行く人たち中心のスケジュールや説明がなされます。
ここでは塾にもらった高校ごとの評定の点数配分表が役に立ちます。

どの高校は、5教科の試験点数に加えて評定の割合は何点加えて入学時の全体評価を行うか、塾ではこの情報が充実しているとともに、評定の割合が約150-200点に相当することがわかります。

テストに置き換えれば100点満点の2教科に近い比率。かなり高い配分です。

ここで五段階評価で1ばかりが並ぶ通信簿が効いてきます。

評定の割合は都道府県ごとに微妙に異なりますが、評定の割合を全く考慮しない公立高校は県内に二カ所のみ。
ここを受け皿として、いたるところで薦めてきます。
担任は東京のとある高校は、評定割合が低いところがあるみたいなので、調べてみたら、と言うくらいで全く役に立ちません。ハッキリ言うとポンコツでした。これが進路担当というのは酷い話です。

ここで二つの絶望を経験します。

中学校に行っていない子どもは、かなり成績優秀でも、公立高校上位校は勝負できない、という現実。

挑戦してみてもいいですが、偏差値65クラスの公立高校を受ける生徒たちの評定の値もかなり高く、入学試験の点数だけで追いつくのは至難の業です。満点近いテスト結果が必要。現実的ではありません。

県が用意してくれる公立高校は、正直受験対策はしてくれそうもありません。幅広く不登校の子どもたちを受け入れてくれる体制です。高卒資格を取るにはよいでしょう。

公立高校が難しいとなりますと、次は通信制の高校です。

最近進学実績をあげて盛り上がりを見せている通信制高校ですが、実はなかなかハード。

しかし、選択肢に入れることにしました。

あとは担任の先生に対する絶望。

期待はずれを通り越し、私が私立の難関校をあげるとちょっと鼻で笑うくらいの勢いです。

もはや中学校は頼りにならないことに絶望しました。

先生の気持ちの中に通学していること来れていない子どもを分けて考える気持ちが感じられました。事情があって通えない子どもに寄りそってはくれませんでした。

クラスの1割くらいが学校に来ていない状況を放置するのは普通ではありません。通えない子どもたちが進学校に行くことを、自分たちの教育が否定された気持ちになるのかも知れません。

合格結果を聞いたときは明らかに塾の先生のほうが、体験を受けただけなのに、利害関係なく、喜んでくれました。

中学校の担任は、少し驚いて、面倒が一つ減った、という反応に感じました。これでは不登校の子どもたちがかわいそうです。

とても暑い夏でしたが、沿線のホテルで開催された私立の高校説明会にも参加しました。外では夏祭りが開催。とても賑やかな雰囲気でした。二人で涼しいホテルのロビーで体を冷やして気持ちよかった。

埼玉県春日部市で開催された高校説明会にも行きました。こちらは双子のもう1人のためでもあります。

秋頃から埼玉の推薦入試手続きは、始まっていて、早めに決めてしまうことが可能です。会場で、この高校のボクシング部のビデオを何度も2人で見ました。学校に行っていない人はもう1人のための説明会にも付き合ってくれる優しい子どもです。
埼玉の私立では、中学校から出してくれる評定の結果と、模擬試験の点数を見せると、とある紙に受験担当の先生が会場で、単願の場合は丸を付けてくれます。これで合格確定。便利なシステム。もちろん併願の場合は高い評定の結果と模擬試験の結果がもとめられます。


でもだいぶ辛そうなときもありましたね。

弟の塾の面談についてきてくれたときはずいぶん体を揺すっていましたが、イライラしていたのだと思います。

暑い夏でしたが、公立高校の進学校がかなり厳しいのを知ると同時に、私立の入学方法が多岐にわたる、ということがわかりました。

9月からの模擬試験に向けて模擬試験の結果も有用であるのを知りました。

夏を終えて、9,10,11,12月と毎月模擬試験を受けることになりました。

この結果で私立高校の受験先の参考とすることになっていました。

会社が完全リモート可能になっていたのは幸運でしたね。

上司にも事情は説明していましたし。