僕の父親はスペンサーだった
『初秋』(ロバート・B・パーカー/ハヤカワ・ミステリ文庫)
それが教師であれ反面教師であれ、少年は父親から多くのことを学ぶ。残念ながら自分の場合は後者だったが、『初秋』のポール・ジャコミンよりは恵まれていたと言える。両親はポールに対して無関心だったのだ。そればかりか離婚した両親は互いに相手への嫌がらせのためだけにポールの親権を主張した。
ステロ・タイプと言われようと、父親は息子にキャッチボールのやり方から物事に対する考え方、生き方に至るまで教えるべきだと思う。スペンサーは言う。
「あの子供は行動の仕方を一度も教えられていない。なにも知らない。誇りがない。得意なことは何一つない。テレビ以外、関心事はなにもないのだ」
「それで、あなたが教えてやる」
「自分が知っていることを教えてやる。おれは大工仕事を知っている。料理の仕方を知っている。殴り方を知っている。行動の仕方を知っている」
ポールを自分の許へ置こうとした父親から取り戻すこと、それがスペンサーが受けた母親からの依頼だった。父親が教えるべきことをポールに教えることは、職権を逸脱している。が、スペンサーは放っておくことができなかった。彼はポールと山小屋を作り、バレエを観に行き、彼がやりたいと思えることを見つけてやる。ならず者を利用して、父親が母親からポールを奪おうとし、それをスペンサーと盟友ホークが阻止するアクションもあるが、本作の主題は、大人の男が少年を一端の男に成長させることにある。その方法は徹頭徹尾、前述の通りであり、軸がぶれることがない。ハードボイルドである。
スペンサーに鍛えられた少年は、次第に男へと成長していく。肉体的には5マイルを走れるようになり、150ポンドのウエイト。リフティングができるようになる。精神的には肩をすぼめる仕草をしなくなり、自分から言葉を発し、ついには自分がやりたいことを見つける。既に一人前の男であれば別であるが、そうでない場合は、読者はポールとともにスペンサーから様々なことを教えられるはずである。
「自分がコントロールできる事柄がある場合には、それに基づいて必要な判断を下すのが、賢明な生き方だ」
「自立心だ。自分自身を誇りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ」
そういったことを、ロバート・パーカーは臆面もなくスペンサーの口を借りて語っている。
ハードボイルド小説の楽しみの一つは、主人公の生き方を通じて様々なことを考えることにあるが、その意味で『初秋』は実に多くの楽しみを与えてくれる。玉石混交のスペンサー・シリーズだが、本作は間違いなく「玉」である。
かつて、映画のミニコミ誌で架空の映画制作会社が『初秋』を映画化するというシミュレーションを行っていた、その時のキャスティングはスペンサーに高倉健、ポールに原田知世だった。実現するはずもない企画だが、観られるものなら観たかった。
『初秋』(ロバート・B・パーカー/ハヤカワ・ミステリ文庫)
それが教師であれ反面教師であれ、少年は父親から多くのことを学ぶ。残念ながら自分の場合は後者だったが、『初秋』のポール・ジャコミンよりは恵まれていたと言える。両親はポールに対して無関心だったのだ。そればかりか離婚した両親は互いに相手への嫌がらせのためだけにポールの親権を主張した。
ステロ・タイプと言われようと、父親は息子にキャッチボールのやり方から物事に対する考え方、生き方に至るまで教えるべきだと思う。スペンサーは言う。
「あの子供は行動の仕方を一度も教えられていない。なにも知らない。誇りがない。得意なことは何一つない。テレビ以外、関心事はなにもないのだ」
「それで、あなたが教えてやる」
「自分が知っていることを教えてやる。おれは大工仕事を知っている。料理の仕方を知っている。殴り方を知っている。行動の仕方を知っている」
ポールを自分の許へ置こうとした父親から取り戻すこと、それがスペンサーが受けた母親からの依頼だった。父親が教えるべきことをポールに教えることは、職権を逸脱している。が、スペンサーは放っておくことができなかった。彼はポールと山小屋を作り、バレエを観に行き、彼がやりたいと思えることを見つけてやる。ならず者を利用して、父親が母親からポールを奪おうとし、それをスペンサーと盟友ホークが阻止するアクションもあるが、本作の主題は、大人の男が少年を一端の男に成長させることにある。その方法は徹頭徹尾、前述の通りであり、軸がぶれることがない。ハードボイルドである。
スペンサーに鍛えられた少年は、次第に男へと成長していく。肉体的には5マイルを走れるようになり、150ポンドのウエイト。リフティングができるようになる。精神的には肩をすぼめる仕草をしなくなり、自分から言葉を発し、ついには自分がやりたいことを見つける。既に一人前の男であれば別であるが、そうでない場合は、読者はポールとともにスペンサーから様々なことを教えられるはずである。
「自分がコントロールできる事柄がある場合には、それに基づいて必要な判断を下すのが、賢明な生き方だ」
「自立心だ。自分自身を誇りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ」
そういったことを、ロバート・パーカーは臆面もなくスペンサーの口を借りて語っている。
ハードボイルド小説の楽しみの一つは、主人公の生き方を通じて様々なことを考えることにあるが、その意味で『初秋』は実に多くの楽しみを与えてくれる。玉石混交のスペンサー・シリーズだが、本作は間違いなく「玉」である。
かつて、映画のミニコミ誌で架空の映画制作会社が『初秋』を映画化するというシミュレーションを行っていた、その時のキャスティングはスペンサーに高倉健、ポールに原田知世だった。実現するはずもない企画だが、観られるものなら観たかった。