goo blog サービス終了のお知らせ 

おっさんノングラータ

会社帰りに至福を求めて

初秋(9/10)

2007年10月11日 | 読書2007
僕の父親はスペンサーだった
『初秋』(ロバート・B・パーカー/ハヤカワ・ミステリ文庫)

それが教師であれ反面教師であれ、少年は父親から多くのことを学ぶ。残念ながら自分の場合は後者だったが、『初秋』のポール・ジャコミンよりは恵まれていたと言える。両親はポールに対して無関心だったのだ。そればかりか離婚した両親は互いに相手への嫌がらせのためだけにポールの親権を主張した。

ステロ・タイプと言われようと、父親は息子にキャッチボールのやり方から物事に対する考え方、生き方に至るまで教えるべきだと思う。スペンサーは言う。

「あの子供は行動の仕方を一度も教えられていない。なにも知らない。誇りがない。得意なことは何一つない。テレビ以外、関心事はなにもないのだ」
「それで、あなたが教えてやる」
「自分が知っていることを教えてやる。おれは大工仕事を知っている。料理の仕方を知っている。殴り方を知っている。行動の仕方を知っている」

ポールを自分の許へ置こうとした父親から取り戻すこと、それがスペンサーが受けた母親からの依頼だった。父親が教えるべきことをポールに教えることは、職権を逸脱している。が、スペンサーは放っておくことができなかった。彼はポールと山小屋を作り、バレエを観に行き、彼がやりたいと思えることを見つけてやる。ならず者を利用して、父親が母親からポールを奪おうとし、それをスペンサーと盟友ホークが阻止するアクションもあるが、本作の主題は、大人の男が少年を一端の男に成長させることにある。その方法は徹頭徹尾、前述の通りであり、軸がぶれることがない。ハードボイルドである。

スペンサーに鍛えられた少年は、次第に男へと成長していく。肉体的には5マイルを走れるようになり、150ポンドのウエイト。リフティングができるようになる。精神的には肩をすぼめる仕草をしなくなり、自分から言葉を発し、ついには自分がやりたいことを見つける。既に一人前の男であれば別であるが、そうでない場合は、読者はポールとともにスペンサーから様々なことを教えられるはずである。

「自分がコントロールできる事柄がある場合には、それに基づいて必要な判断を下すのが、賢明な生き方だ」
「自立心だ。自分自身を誇りにする気持ちだ。自分以外の物事に必要以上に影響されないことだ」

そういったことを、ロバート・パーカーは臆面もなくスペンサーの口を借りて語っている。

ハードボイルド小説の楽しみの一つは、主人公の生き方を通じて様々なことを考えることにあるが、その意味で『初秋』は実に多くの楽しみを与えてくれる。玉石混交のスペンサー・シリーズだが、本作は間違いなく「玉」である。

かつて、映画のミニコミ誌で架空の映画制作会社が『初秋』を映画化するというシミュレーションを行っていた、その時のキャスティングはスペンサーに高倉健、ポールに原田知世だった。実現するはずもない企画だが、観られるものなら観たかった。

メシアの処方箋(7/10)

2007年10月09日 | 読書2007
『メシアの処方箋』(機本伸司/ハルキ文庫)
【全板集合】2chにある無駄な知識を集めるスレ

本作を語るのに、全く内容について触れないわけにはいかないため、以下に軽いネタバレを含むことをあらかじめ明記しておきたい。

ヒマラヤの氷河湖が決壊し、下流に設置されたダムに泥水とともに古代の「箱舟」が流される。その箱舟から、木櫃に収納された木簡が発見された。木簡には蓮の花が描かれており、花弁にはいくつかのパターンがあって何かの記号とも文字とも取れる。箱舟の第一発見者であり、入社早々、このダムでの勤務を命じられた「パペティア(人形使いの意、ハンドル・ネーム)」は行きがかり上、このオーパーツの調査に深く関わることになる。

舞台は今から30年後の世界で、環境破壊が少し進んでいるのと、遺伝子工学が発展していることを除いては、現代と大きくかけ離れていない。パペティアを起点とし、インターネットを通じて続々とキーマンが集まってくるのも然り。なかなか解けない木簡の謎を形を変えてwebで公開したところ、あっさり解明する人物が現れたりする辺り、一昔前なら「ご都合主義」と断ぜられるところだが、今なら「それどこのUNIX板?」で済ませられる。

ヒマラヤから日本へと舞台が移ってからは、バーチャルからリアルな人間関係が描かれ、その途端に生臭い話へ発展する。やや強引な展開ではあるが、ゲノム・コンポーザーを使うためには仕方がないか。

本題は別のところにあるので、生命倫理に関しては大して逡巡することもなく、研究と実験は一気に進む。インターネットで応募してきた女性の子宮だって利用する。

バイオ・テクノロジーに関して詳しくなくとも、それに関するニュース報道を理解する知識があれば、置いてけぼりを食らうことはないだろう。素人である「パペティア」に専門家が解説を加えてくれるので、何がどうなっているのか戸惑わなくても済むのである。

物語は中盤から終盤へかけて一気に加速。意外な結末が待っている。なかなか考えさせられる落ちだと言えよう。よく考えると「メシアの処方箋」はいろんなところにあるのかもしれない。匿名掲示板は悪意だけで成り立っているわけではないのだ。

同じ作者の『神様のパズル』は映画化されるそうだが、本作も映像で見てみたい気がする。

イニシエーション・ラブ(1/10)

2007年10月05日 | 読書2007
『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ/原書房)
脱ケータイ小説のイニシエーションに?

トリックの基本は、右手で何かする時は観客の注意を左手に向けさせるといった「ミス・リーディング」だが、叙述型トリックを用いるミステリ小説でも同じことが言える。書いてあることを額面通りに受け取っていたら、最後にがつんと一撃されるというわけだ。『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ)もそのタイプの小説に分類されると思う。

ただ、その左手で進行しているのがままごとみたいな恋愛小説であり、あまりのつまらなさに呆れるあまり、トリックに引っかかるという構成はどうかと思う。自分は恋愛小説にカテゴライズされる小説は読まないので、巷の恋愛小説と比較して論じることはできないが、例えば殆ど石丸と接点がなかった海藤が、いきなり彼女のことを全力を傾注して惚れてしまう件はどうも納得がいかない。

また、最後に右手で明かされる手品も、指の間に挟んでいたスポンジ・ボールを取り出したくらいの驚き。「ああ、なるほどね」とは思うが、真相が明らかになることでそれまで進行していた話の価値が上がるわけでなし、まして帯の惹句にあるように、もう一度読み返したいとも思わない内容だった。よくある話だし、似た経験をした人も多いだろうし、わざわざ作中の登場人物に感情移入しなくても、同じような感情を抱いたり、相手を慮ったりしたことがあるだろう。

web上での評価があまりに高いのでAmazonで取り寄せてみたが、期待外れに終わった。今は文庫版も出版されたそうだが、漢字の変換ミスやルビの付け位置間違いは直っているだろうか?

美点としては、口語に近い文章(ら抜き言葉が容認される)で書かれていることもあり、内容も前述の通りなので、さくさくと読み進めることで、時間を浪費しないで済んだのがありがたい

あるいは、文中で語られる「イニシエーション・ラブ」をこれから迎えようという人なら、もう一度読み返してみて、真の主人公の真情の変化などを楽しめるのかもしれない。

深夜プラス1(9/10)

2007年10月04日 | 読書2007
『深夜プラス1』(ギャビン・ライアル/早川文庫)
男は誰でも「カントン」になる

ある富豪を定刻までにフランスからリヒテンシュタインへ届ける、という仕事を請け負ったルイス・ケイン。万一に備えて、ヨーロッパでNo.3のガンマン、ハーヴェイが護衛につく。簡単な仕事のはずだったが、その万一の事態に陥り、ケインたちはフランス警察、そして正体不明の敵につけ狙われる。彼らは無事に目的地へ到達できるのか?

ざっと粗筋を書けばそういうことになる。大どんでん返しがあるわけでなく、「正体不明の敵」も消去法で考えていけば簡単に想像がつく。むしろ、淡々と展開していくと言っていいくらいだ。それが英国推理作家協会賞を受賞し、日本にも多くのファンがいて、自分も先日、何度目か読み返したのはそれなりに理由がある。

一つには、やはり人物造形の巧さが挙げられる。舞台は戦後のフランスであり、第二次世界大戦の記憶が残っている。ケインはレジスタンスを支援するために送り込まれたイギリス情報部の人間で、カントンと名乗って戦った。レジスタンスにとって「カントン」は英雄の象徴だ。それが現在はビジネス・エイジェントとして仕事をしているわけだが、窮地においてはカントンに戻る。

カントンは、戦場では一流の指揮官となり、女性に対してはスマートで、友情にも厚い(その友情の示し方にはいささか問題があるが)。男にとってはこうありたいと思わせる理想像である。ギャビン・ライアルの作品は玉石混交だが、一貫して言えるのは男の描き方が巧いということだ。本作は特に優れている。アル中ガンマンであるハーヴェイも然り。本来の仕事の納期までは酒を我慢したが、それが過ぎてアルコールに手を出す件、また自分がアル中であることと、それもあって自分の腕に自信がないことを告白する件は男泣きせざるを得ない。

もう一つは小道具。『バイオハザード4』におけるレッド9愛好家なら、カントンがモーゼル・ミリタリーを愛用する理由がわかるだろう。もっとも、レッド9には連射機能はないが。また、カントンにしろハーヴェイにしろ、道具に対するこだわりがいちいち含蓄に富んでいて面白い。

「ピストルは人を殺すためのものだ。それ以外のなにものでもない。それ以外に存在理由はないのだ。だから、よくわからんが、そんなものが華美な衣裳をつけているのが気に入らないのかもしれないね」

飾り銃のコレクションを見てのハーヴェイ感想で、無論、彼の仕事道具であるピストルに対する考え方だが、ケイン=カントンについて論じていると取れないこともない。ケインは、やはりカントンだったのだ。

そうそう、自分の「カントン」はこうであるべきだったと思い出す。また自分の存在理由を見失いそうになった時、『深夜プラス1』を読み返そう。