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ちょっと探険な日記

何気で、ちょっと探険な日記です!! なんて、訳分かりませんね(笑)

掩体豪

2008年05月09日 | 戦争遺跡
女満別にある掩体豪
軍用機を空襲から守るためのもので2つが現存していた。
こちらは道路側にあるのだが、もう一つは
完全に個人の敷地内にある為、許可をもらって撮影した。
今日の宿は、トムラウシのくったり温泉レイクイン
今回の旅で、露天風呂が一番よかったかな~

美幌駐屯地 「美幌海軍航空隊」

2008年05月09日 | 戦争遺跡
美幌駐屯地内にある「北辰館」
ここはかつて、マレー沖海戦等でも大活躍をした
「美幌海軍航空隊」の基地があった場所
駐屯地内には、格納庫の土台がそのまま残っていたり
建物の形が、船の船端部分の形をしていたりと
当時の名残りを見る事ができる。
250mの雪中廊下を見た時には、唖然!!
零戦のビデオもあり、基地内の見学もさせてもらった。
2時間半はいたかなww



戦争遺跡!! 函館要塞 千畳敷戦闘指令所2

2007年09月27日 | 戦争遺跡
ここは戦闘指令所の入り口で、中に入ると左右に通路が分かれ
左側には、裏に通じる出口がある。左右には、何ヶ所かに電話室
が設置されていて、各砲台への指令を出していたのがよく分かる。
今回は、時間の制約もあり、函館山要塞の全てを見る事はできなかったが
次回は、その全てを写真に収めようと思う。

戦争遺跡!! 函館要塞 千畳敷戦闘指令所1

2007年09月27日 | 戦争遺跡
こちらが、今回メインの戦闘指令所
函館要塞の中核で、作戦室、電話室、観測所などがあり
情報収集とともに各砲台へ、指令を発する場所でもあった。
上に立つと市街地はもちろん、津軽海峡の全て、飛行場を
離発着する飛行機なども見渡す事が出来るほどの絶景でした。

戦争遺跡!! 函館要塞 御殿山第二砲台2

2007年09月27日 | 戦争遺跡
こちらも第二砲台の地下砲側庫内(5の部屋)
奥先は、4~1への部屋へとつながっているらしいが
中は土砂等が堆積していて、落盤などが起きたら危険
なので、入り口付近でそれより奥に入るのはやめておいた。
先は、将校の部屋などもあるらしい。

戦争遺跡!! 函館要塞 御殿山第一砲台2

2007年09月26日 | 戦争遺跡
入り口より、奥行き30mくらいはあったと思う。
周りは真っ暗で、この写真は一番奥の部屋ですが
途中にいくつかあったような感じがした。
さらに右手にも塞いだ跡でしょうか、ステンレスの扉
が備え付けられまだ右手に向かって、奥にも延びているようでした。
管理をされている方も、さすがにこっちには入ってないんだよなー
なんてつぶやいていましたが、研究者以外の立ち入り禁止って感じですね。
手前には弾薬庫がありましたが、コンクリで塞がれていました。
明治時代の要塞とは思えないほど、がっちりとした作りでしたね。

戦争遺跡!! 函館要塞 御殿山第一砲台1

2007年09月26日 | 戦争遺跡
今回のテーマはなんといってもここである。
北海道の重要拠点、函館を守る事が目的に
明治31年に着工、35年に完成した。
昭和初期以降は、演習砲台や弾薬の備蓄基地
として使用されたが、航空機の出現で空から
丸見えの要塞施設はその価値も薄れ、太平洋戦争中は
一度も戦闘に参加することもなく、その役割を終えた。
終戦までは、民間の目にふれる事もなく、また山に向けて
の写真撮影等も一切禁止され、敗戦翌年の昭和21年の5月に
初めて、一般に公開された。
写真は、函館山山頂の、地下に築かれていた、地下壕要塞である。
一般の立ち入りは禁止されているが、たまたま管理をしている
方に出会い、特別に許可をもらって同行をしていただいた。
なんてラッキーな日なんでしょうね(笑)
地下要塞の入り口ですが、位置等、一般にはほとんど分からない
所にあります。




戦争遺跡!! 全公開

2007年03月11日 | 戦争遺跡
こちらも埋もれていたので、中に入るのに一苦労!!
おまけにトゲつきの枝がやたら多くて、痛いのなんの!!
帰りにジョイフルで、折りたたみノコ買って帰りました。(笑)
行った全ての場所は、ナビシステムに全て登録して
オリジナルマップを作る事も出来、楽しさも倍増します。
ナビをフルに活用するととても楽しいですよ!!

戦争遺跡!! 全公開

2007年03月11日 | 戦争遺跡
こちらはトーチカ
これを探すのには、ほんとうに苦労しました。
背丈ほどの笹薮をこぎ、少し歩かないと発見出来ません。
土に埋もれているので、注意しないと見逃してしまいます。