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織内将男の日 光 讃 歌 

世界遺産の二社一寺などの歴史、文化を育んだ、日光の自然や地域を訪ねます。

日光讃歌(61)日光三山  「太郎山・日本三百名山」

2013年08月08日 14時43分44秒 | 日光の登山



  日光讃歌(61)日光三山  「太郎山・日本三百名山」  





切込太郎ルート




太郎山頂




太郎山は、標高2,367.5mの休火山で、日本三百名山の一つでもある。

「太郎山」という山名は、この山が、男体山と女峰山の間にできた「長男」とみなされたことによるものと考えられ、この「夫婦」の間には、別に大真名子山、小真名子山も「産まれて」いる。


太郎山は那須火山帯日光火山群に属する標高2,367.5mの火山。男体山の北西、女峰山の西南西、戦場ヶ原の北東の方角にある独立峰である。

太郎山の山体は成層火山、頂上部は溶岩ドームと考えられている。いずれも第四紀火山である。

山麓部にはミズナラ、ブナ、カンバなどの広葉樹が繁茂しているが、山腹より頂上部にかけては主にコメツガの針葉樹林となっており、ほかにシラビソ、オオシラビソなどの針葉樹が交じっている。

山頂の南側、標高2280m付近の旧火口跡の凹地はかつて湿地であった草原があり、花畑という地名が付されている。

太郎山の志津峠からの登山道には日光三嶮のひとつに数えられている「新薙」(あらなぎ;太郎山の山肌にある薙、ガレ場の名称)がある。
この新薙では、薙の脇の岩を登り(下り)、山頂近くから山麓に向け崩落している薙(ガレ場)を渡る。
新薙は男体山から北側に下りた志津峠と太郎山花畑の間の登山道に在る。

太郎山登山道はこのほか山王峠の山王帽子山登山口から山王帽子山を経て小太郎山、太郎山と至るコースと、光徳温泉からハガタテを経て小太郎山、太郎山と登るコースがある。


但し、光徳から三王帽子山や太郎山への谷あいを行く、最短直登コースであった「ハガタテコース」は、1999年の夏の集中豪雨で完全崩壊してしまい現在は通行止となっている。


次回、太郎山権現




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日光讃歌(60)日光三山  「男体山・登拝祭」

2013年07月30日 14時46分56秒 | 日光の登山





 日光讃歌(60)日光三山  「男体山・登拝祭」 




二荒山神社・中宮祠の登拝門




登拝祭は、祭りの終わる8月7日までつづくが、4日には湖畔で「扇の的弓道大会」がおこなわれ、屋島の合戦で活躍した那須与一にちなんで、湖上に扇をかざした船を浮かべ、それをめがけて射る弓の大会である。

無論、那須与一は下野国(栃木県)那須の人で、源平合戦で源義経の軍に参じるとき、二荒山神社に戦勝を祈願したと伝えられている。



那須与一は弓矢の名手として知られ、源平の戦いにおいて源氏・義経軍に参戦している。

讃岐屋島へ逃れた平家を追って、義経は海路阿波に上陸、陸路屋島に迫り、背後から平家を急襲した。 
驚いた平家軍は、船に乗って海へ逃げたが、源氏軍が案外少数と知って応戦し激しい攻防が繰り返された。 

日が暮れて両軍が兵を引きかけている時、沖の平家軍から年若い美女を乗せた小舟が一艘漕ぎ寄せてきた。 

美女は、紅地に金の日輪が描かれた扇を竿の先にはさんで船べりに立て、陸の源氏に向かって手招きをしている。 

これを見た、義経は、弓の名手・那須与一宗高に扇を射抜くよう命令した。 

与一は、馬を海に乗り入れたが、扇の的までは、まだ40間(けん)余り(約70メートル)もあり、しかも北風が激しく吹いて扇の的は小舟と共に揺れている。 

「南無八幡」と心に念じた与一が渾身の力で鏑矢を放つと、矢はうなりを立てて飛び放たれ見事に扇の要近くに命中。 

扇は空へ舞い上がり、ひらひらと海へ落ちた。 この様子を固唾を飲んで見守っていた源平両軍は、どっと歓声を上げて与一を褒め讃えたのであった。

次回、太郎山




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日光讃歌(59)日光三山  「男体山・登山」

2013年07月20日 17時06分55秒 | 日光の登山





 日光讃歌(59)日光三山  「男体山・登山」 




登拝門画像





登山口となっているのは、日光二荒山神社中宮祠の登拝門で、鳥居とその奥にある朱塗りの登拝門を潜った先には、山頂へと向かう階段が続いている。

中宮祠(日光二荒山神社)(栃木県日光市中宮祠2484)などから、登山することができる。


中宮祠までは、東武日光駅から東武バスが出ていて、駅からバスの所要時間は50分前後、無論、中宮祠の場所は、日光二荒山神社本社とは異なる場所にある。

中宮祠と男体山頂上の間には、1合目に遙拝所、4合目に石鳥居、8合目に滝尾神社、山頂に日光二荒山神社奥宮と太郎山神社、および二荒山大神像がある。

3合目と4合目の間は30分ほど車道を歩く。

登りが凡そ4時間、下りが3時間。




登拝祭(とうはいさい)

男体山の登山口にあたる登拝門では、毎年5月5日開山祭を執行、10月25日閉山祭まで御山が開かれ、二荒山神社中宮祠から奥宮へ登拝することができる。
 奥宮へ登拝するに当たり二荒山中宮祠の登拝門からのスターとなる。 この門は、元々は素木造の門でしたが、山頂鎮座1,200年祭記念事業として昭和50年に朱塗銅板葺に改築されている。


1200年以上の歴史を持つ、奥日光の霊場と言われる二荒山神社中宮祠では、各種祭事が行われているが、その内の最大の祭りといわれるのが「登拝祭」である。

登拝祭の各種行事は、7月31日の午後から執り行われ、御内陣参拝、奉納花火、みやま踊り、などの奉納行事のほか、行列やお稚児、子供神輿が町を練り歩く。

又、白装束の行人行列は温泉街を通り、一行は夕方、1合目まで登山する。

夜、中宮祠の社頭で、氏子の奉納するお囃子で「深山踊り」の輪が広がる頃、中禅寺湖上では灯籠流しがあり、花火も打ち上げられる。


そして、8月1日の真夜中の午前0時とともに、本殿のご神体に参拝した人たちが、法螺貝とともに一斉に登拝門から山頂の奥宮に向かって登るのである。



白装束に身を纏った修験者や二荒山講中の人たちは、「六根清浄お山は晴天・・!」と掛け声を掛け合いながら登ってゆく。

六根清浄」とは、人間に具わった六根を清らかにすることを意味し、六根とは、人間の認識の根幹で、五感とそれに加え六巻ともいえる意識だといわれる。

眼根(視覚)、耳根(聴覚)、鼻根(嗅覚)、舌根(味覚)、身根(触覚)、意根(意識、心)

我欲などの執着にまみれず魂を清らかな状態にするための不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じないことが六根清浄である。


中8合目の滝尾神社にお参りし、奥宮に着くころには、そろそろ東の空も明るみはじめ、ご来光を待つだけである。

そのあとは、太郎山神社付近の信仰遺跡発掘跡を見学したり、雄大な自然をながめたりするのもいい。





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