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織内将男の日 光 讃 歌 

世界遺産の二社一寺などの歴史、文化を育んだ、日光の自然や地域を訪ねます。

日光讃歌(72)日光白根山  「花の百名山」

2014年01月27日 14時38分30秒 | 日光の登山




日光讃歌(72)日光白根山  「花の百名山」







http://pds.exblog.jp/pds/1/201207/01/85/c0144185_23254322.jpg
白根山とシラネアオイ



奥白根山の山頂は、標高で2578m、信州から上越・会津・奥日光・秩父へとグルット 360 度見渡せる東北・関東で一番 高所である。

足元からは垂直に切れ落ち、眼下には五色沼が紺碧の水をたたえ、五色・前白根へと続く奥日光への丸沼・菅沼の名前と共に教たの尾根筋が続いている。



周囲の山々を見渡すと南西から北に浅間・白根、武尊山塊、越後三山、巻機山(まきはた)など上越の山々が並び、

さらにその北に尾瀬 至仏 燧ケ岳 会津駒など奥会津の山々。 

そして北から東に 奥白根の尾根筋の向こうに戦場ヶ原・中禅寺湖を前に男体山・太郎山など奥日光の山々が見える。さらに南側には大きな皇海山が眼前に。
そして何より、奥白根からは遠く富士山が展望できる。



又、日光白根山は、花の百名山でもある。

代表的なのが弥陀ヶ原のシラネアオイであろう。
他にも黄色いミヤマアキノキリンソウのお花畑や、木の下にはカニコウモリという白い細い花が群生し、ハクサンフウロ、ハクサンシャジン、ミヤマシャジン、マルバダケブキ、オオバギボウシ、トリカブトなど沢山の植物をこの時期に出会うことができる。




序ながら、平成21年に片品村にある「シラネアオイを守る会」が、自然保護活動が顕著であるとして、環境大臣賞を受賞している。

平成12年に発足した会が、日光白根山の弥陀が池周辺に自生しているシラネアオイを、盗掘や鹿の食害等により絶滅が危惧されるほどに激減した状態から守るため、植生調査や種の採取、育苗、弥陀が池周辺への復元移植、周辺の美化清掃、柵の補修などの保護育成活動を行ってきたことへの高い評価されたとのこと。

シラネアオイを守る会の事務局 
郵便番号 378-0414
住所 利根郡片品村東小川4658-58
電話 0278-58-2211








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日光讃歌(71)日光の山  「日光白根山」

2013年12月13日 17時40分23秒 | 日光の登山




日光讃歌(71)日光の山  「日光白根山」



http://homepage3.nifty.com/kkoon/mt_far/098okushira/0411071054.jpg


http://www5f.biglobe.ne.jp/~teen2/ski/080911sirane/CIMG5220.JPG





日光白根山




さて、奥日光の周辺の山は何といっても日光白根山であろう。
ただの白根山という呼び名で良さそうであるが、上州の草津白根山と対比して特に地名を入れているようである。
共通しているのは、どちらも活火性の山であることであろう。
御存知、草津白根山は現在でもその活動は活発であり、麓には有名な草津温泉や万座温泉を有している。 
一方、こちらの日光白根山は、江戸初期に大噴火を起こして以来、激しい活動こそ休止しているが、麓には湯元温泉が滔々と湧きだしている。

湯元から、正面に壁のように聳える金精峠や温泉ヶ岳については、奥鬼怒山地のところで紹介しているので、ここでは日光白根山を紹介しておく。


「白根山」とは、古来より峯が雪で白く染まる様を形容した名称であるため、同名の山が日本各地にあり、その他の白根山と区別するため日光白根山と呼ばれるが、には白根山とのみ記載されている。
白根火山群周辺には五色沼や湯ノ湖、湯滝、戦場ヶ原、小田代ヶ原など自然の造形物が在り、また貴重な高山植物の植生も見られるため、山域は日光国立公園に指定され保護されている。

標高は2,578メートル。
日光では男体山に比べて地味な白根山であるが、実は上信越近郊の山、又、栃木県の最高峰で白根山より北には白根山より高い山がない。
日光の紅葉は白根山から始まるといい、もちろん標高が高いからであるが、9月の半ばには奥日光の秋が、ここから始まるのである。





日光讃歌(70)信仰の地  「女峰山;登山・Ⅱ」

2013年12月10日 17時22分38秒 | 日光の登山





日光讃歌(70)信仰の地  「女峰山;登山・Ⅱ」





http://www.tochigi-edu.ed.jp/furusato/uploads/72/099_04_4.jpg



因みに、山頂の小社は滝尾神社(たきのお;重要文化財)の奥宮で、本宮神社は日光山内(東照宮)脇から稲荷川に沿って続く滝尾道を約1.5kmほど進むと白糸の滝があり、その傍に日光の聖地といわれる滝尾神社が鎮座する。 
聖地日光の中でも最も聖なる地とされてきて、東照宮還座以前の日光参詣の中心は、この滝尾周辺であったともいわれる。
杉並木のいかにも聖地に続く道という雰囲気で、深山のパワースポットともいわれ、運氣を得る事ができる神社山域とされている。 

日光二荒山神社の別宮で、本宮、新宮(現在の二荒山神社)とともに日光三社権現の一つであり、弘法大師により平安初期の820年に創建されたと伝えられている。 又、弘法大師は、このとき女峰山で修行を積んだとも言われる
現在の御祭神は田心姫神(女峰山の女神)で、女峰山に降臨されたことで祀られた神社ともいわれる。 
田心姫神は、宗像三女神の一柱で、古事記では多紀理毘売命、日本書紀では田心姫(たごりひめ)・田霧姫と表記される。 元より、三女神は海の守り神、水も神ともされ、神名の「タキリ」は海上の霧(きり)のこととも、「滾(たぎ)り」(水が激しく流れる)の意で、早瀬のこととも解釈される。
女峰山からは、激しく流れ落ちる稲荷川の激流があり、その直ぐ横に田心姫を祀る、その名も共通する滝尾神社が鎮座しているのである。
尚、日本書紀の「タゴリ」は「タギリ」が転じたものである。
二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)は男体山を御神体山として奈良時代に奉祀された社です。
神社は、御本社、奥宮(男体山山頂)、そして中宮祠(中禅寺湖湖畔)の三社が鎮座し、御本社は、新宮、滝尾神社、本宮神社の三社で構成されている。
田心姫神は、御本社とそして中宮祠にも祀られている。
尚、日光山では男体山の男神・大己貴命(大国主命と同一神)と女峰山の女神・田心姫命とは夫婦神とされている。

尚、女峰山の登山道には、霧降高原から赤薙山を経由するもの一般的なものと、我が登ってきた日光市内から黒岩の頭、唐沢小屋を経由する長い尾根、それに、小真名子山との間の富士見峠から帝釈山を経由するものの三本がある。
このうち長い尾根沿いの登山道は、登山愛好家の間で女峰の馬鹿尾根と呼ばれ親しまれているようである。






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日光讃歌(69)信仰の地  「女峰山;登山」

2013年10月23日 19時19分44秒 | 日光の登山






日光讃歌(69)信仰の地  「女峰山;登山」


〇〇


〇〇


〇〇



さて、

女峰山であるが、殺傷禁断の石碑、稚児ヶ墓、白樺金剛、七滝遥拝石、箱石金剛、といった歴史ある霊碑が並ぶ

登山ルート上から右手に広大な大峡谷が口を開けている。 「雲竜渓谷」と言われ荒々しい峡谷は必見ものである。
脚下から数10m大きく切れ落ちている断崖絶壁は、一瞬、体が固まる。
良く観ると、周囲全体が女峰山を中心に衝立のように立ちはだかっているようだ。 
そこから白い筋状の滝が数本、一気になだれ落ちているのである。 実に、峻険そのもである。
聞くところによると、この雲竜渓谷の内部見物コースは崩落、落石が頻繁に発生しているため進入は禁止しているらしい。
ただ、底部の方の見通しはあまりなく、黒岩山頂からの展望だと、もっと豪快に眺められた思う。


雲竜渓谷の最奥部の広大で険しい断崖絶壁は、まるで巨大な氷河が削り取ったような様相であるが、実は、火口の跡らしい。
渓谷は、女峰山と赤薙山(あかなぎさん)の爆裂火口の中に発する稲荷川上流にあり、日光連山中で最も代表的な渓谷であろう。 

女峰山直下を激しく下方侵食しているため、豪壮無比な急崖をつくっていて、そこには、友知らず滝・黒岩滝・七滝・胎内滝等があり沢登りのメッカであったが、沢が若く崩壊作用が激しく危険な所でもあった。

近年砂防工事が進んで極端な谷の変化はなく相当浅くなったが、アカナ沢・七滝沢はなお危険で入谷禁止地帯となっている。
尚、厳冬期には谷壁一面に巨大なつららが成長し、さながら氷の回廊のようになる。
特に、この渓谷の上流にある滝・雲竜瀑は、氷結すると100メートルに及ぶ、さながら氷の殿堂、氷壁となり、氷瀑に挑む登山者や見物人の姿で賑わうという。


次回、「女峰山;登山・Ⅱ」








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日光讃歌(62)日光三山  「太郎山・太郎山権現」

2013年08月09日 17時40分34秒 | 日光の登山





日光讃歌(62)日光三山  「太郎山・太郎山権現」





太郎山権現を祀る山頂社、





太郎山は、日光の山々を代表する名山で、日本三百名山の一つでもある。
山容は秀麗で、戦場ヶ原からもその姿は良く確認でき、小さな山(・・?)の割には比較的変化に富んでいて飽きることがない。

特に、太郎山や小太郎山の頂上からは素晴らしい奥日光の展望が得られる。
山頂には、太郎山神社(太郎権現)が祀られている。


太郎山は、男体山、女峰山同様、日光山の山岳修験においても重要な役割を果たした山であり、山自体がご神体(太郎山権現)として登拝の対象となっている。

太郎権現は、男体山(二荒山権現)、女峰山(瀧尾権現)とともに、日光三所権現の一角をなしていて、現在でも、頂上には太郎山神社が祀られている。


元より、日光における信仰の歴史は1200年以上も遡り、山岳宗教・仏教・神道が入り交じった宗教的霊地として栄えていたことが、男体山の遺構などから判っているという。




勝道上人により開山された奈良朝より、既に、山岳信仰と仏・神への信仰が混じり合って信仰されてきたが、特に、平安時代後期になると本地垂迹(ほんじすいじゃく)思想が広まりま、理想の釈迦を本とし、歴史上に現れた現実の釈迦が垂迹であるとする仏教の発想が、仏と神の間で説かれるようになったのである。

つまり、仏が本地で、神が垂迹であるり、仏と神は同一であるとされた。
そして、鎌倉期になり熊野修験の影響を受けた三山信仰が広まると、日光三所権現(にっこうさんじょごんげん)信仰が体系化され、男体・女峰・太郎の山々を御神体とみるものであった。

この太郎山の現在の神は、味耜高彦根命(アヂスキタカヒコネ;大己貫命=大国主命の子) であり、神仏習合時は太郎山権現であり、本地仏は馬頭観世音菩薩である。 そして、里宮である社は、日光山の一角、日光市街地の神橋前にある「本宮神社」に鎮座している。



尚、父母神である男体山、女峰山の仏・本地、神・垂迹は以下のとおりである。
男体山 - 大己貫命 - 二荒山権現 - 千手観世音菩薩- 新宮
女峰山 - 田心姫命 - 瀧尾権現 - 阿弥陀如来- 瀧尾


これらの三仏(三神)は、日光山の大本堂である三仏堂(さんぶつどう)は、この日光三所権現の本地仏(ほんじぶつ)である千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音を祀(まつ)る御堂なのです。
 

次回、女峰山・滝尾神社





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