







多剤耐性アシネトバクター(MDRA)
MDRAはmultidrugresistantAcinetobacter spp.の略語で、カルバペネム系、キノロン系、アミノグリコシド系の3系統の抗菌薬に対し全て耐性を示すアシネトバクターのことをさす。
1.特徴
アシネトバクターとは Acinetobacter属のことをさす。偏性好気性グラム陰性桿で、緑膿菌と同様に自然環境中に存在する代表的な菌の一種である。グラム染色を行うと、通常の陰性桿菌よりも短く、小さな球状の形態を示すため、短桿菌もしくは球
苗を呼ばれる(図8.9)。アシネトバクターは乾燥に強い性質をもつため、通常の陰性桿菌と比較し環境中で生存しやすい。そのため、院内環境においても長期生存し、監視を怠ると感染拡大しやすい菌といえ、非常に厄介である。
2. 感染症
医療現場におけるアシネトバクターの感染症の発症は、侵襲的手技および基礎疾患
または衰弱状態に関連して生じることが多い。特に海外では、医療施設関連肺(health care-associated pneumonia;HCAP)や、人工呼吸器関連肺炎(ventilator-associated pneumonia; VAP)など、いわゆる院内肺炎の原因菌として頻度が高い。
入院患者における感染症としては,カテーテル関連を含む尿路感染症、血流感染症や
創傷感染、術後の髄膜炎や心内膜炎、骨髄炎、角膜穿孔および腹膜透析関連感染症の
原因菌としても重要である。
アシネトバクターはあらゆる臓器・組織で化膿性感染症を引き起こし、肺では多葉
性肺炎、空洞化病変、胸水の誘発が報告されている。また、アシネトバクターはプラ
スチックやガラス表面でバイオフィルムを形成することが知られており、これがカ
テーテル関連感染症などの体内挿入物の存在下における、本菌による感染症の重要な
病態の一つと考えられている。
3. 耐性機構
広域セファロスポリン耐性には、染色体上のAmpC型セファロスポリナーゼ
(ADC-1など)の産生が関与する。カルバペネム耐性には、Acinetobacterbaumannini
が生来もっているOXA型カルバペネマーゼOXA-51-likeの遺伝子の上流にプロモー
ター活性を有する挿入配列(ISAbal など)の挿入や、外来性にOXA-23-likeや
OXA-58-likeなどのカルバペネマーゼやメタロ-β-ラクタマーゼの遺伝子の獲得が
関与している。
キノロン耐性には緑膿菌と同様に、染色体上に存在するDNAジャイレースやトポ
イソメラーゼIVなどのDNA複製酵素のキノロン耐性決定領域(QRDR)のアミノ酸
残基の置換を引き起こす遺伝子変異や抗菌薬排出機構(AdeABC)などが関与する。
アミノグリコシド耐性についても、緑膿菌と同様にアミノ配糖体のリン酸化酵素や
アセチル化酵素,アデニリル化酵素などの産生が関与する。
耐性機構としては、同じ陰性桿菌である緑膿菌と非常に似通っており、ほぼ同じで
あるが、産生遺伝子として、クラスD 型であるOXA型カルバペネマーゼ産生についてはアシネトバクター、特にA.baumanniiにおいて一つの特徴として知っておく必要がある。
4. 今後の動向
長期生息可能なアシネトバクターの、特に耐性菌の広がりは大きく、現に2000年
以降、日本でMDRPのアウトブレイクが起こり問題になっていた同時期、すでに海
外では MDRAのアウトブレイクが深刻化しており、アシネトバクター属の代表菌で
あるA. baumanniiの多剤耐性率が30%であるとのサーベイランス報告もあった。
本邦で最初のアウトブレイク事例は韓国からの輸入例であり、一気に26名に感染し注目されたが、その後現在までに各地でアウトブレイクが起こり、感染と死亡に因果関係のある例もみられている。
世界的にみると、欧州ではI〜Ⅲタイプのクローンが地理的に異なるエリアでアウトブレイクを起こしており、染色体性OXAタイプβ-ラクタマーゼであるOXA-51-like 遺伝子をもつ European clone IIは全世界的な流行株として知られている。現在、このクローンは日本でも検出されている。また、アミノ配糖体の標的分子である 16SrRNAをメチル化する酵素(ArmA)を産生し、広範囲のアミノ配糖体に超高度耐性を獲得した株が中国や米国などで増加しつつあり、最近、本邦でもArmA産生株が確認された。感染拡大の警戒や新たなクローンの輸入の監視も含めたサーベイランスが重要となるであろう。
アウトブレイク対策の一つとして監視培養は重要であり、特に多くの医療器具を使用するICUにおいては、咽頭または直腸スワブの培養がアシネトバクター定着例の検出に有効とされている。現在では、緑膿菌と同様に3剤耐性だけではなく2剤耐性の監視も重要視され、感染対策の徹底が必要である。
また世界的にはアシネトバクターは市中肺炎(community-acquired pneumonia;
CAP)を中心に、市中感染症の原因菌としても注目されている。実際にタイなどでは明らかな基礎疾患を有さない成人における薬剤耐性A. baumanniiによる劇症型CAPおよび敗血症が問題となった。市中からの薬剤耐性菌の持ち込みを十分に念頭におき、対策にあたることが重要である。
5. 感染予防策
MDRA、2系統薬剤耐性アシネトバクターに対しては、標準予防策に加えて隔離・接触予防策を実施し、医療現場における伝播を抑えるための感染予防介入が重要である。
参考文献 感染制御標準ガイド