goo blog サービス終了のお知らせ 

蹴ログ

蹴る、闘う、観る、読む、休む、想う

幅50センチの板の上を渡る に思う

2004-10-19 01:44:41 | Weblog
高校1年生の時の体育の担任だった俊野先生が授業中に語ってくれた言葉をふと思い出した。

"地面に置かれた幅50センチの板の上を歩けと言われたら、ここにいる大部分の人が、簡単に渡ることができるだろう。しかし同じ板が2棟の100階建てのビルとビルの間に立てかけられていたらどうだろう。何人の人が地面に置かれたときと同じように渡ることができるだろうか"

同じ板の上を地面であろうと、100階建てのビルの上であろうと、同じように渡れるようになるために行うことこそトレーニングの真髄だというのが、そのときの先生の話の要点であったと思う。というか、そのときはその話を一面的にしか受け止められず、上のように解釈していた。

しかし今ではこう思う。

100階建てのビルの間に立てかけられた板を渡ることはおそらく難しいだろう。けどいったんそれを地面まで持ってくれば、それは簡単に渡れるかもしれない板なのである。と。

年齢を重ねて、いろんな経験をし、いろんな話を見聞することで培った想像力は、何かをやったことによるリスクや、そのリスクに伴う不安を増大させて、チャレンジする、自分の可能性に挑むことを阻んでいるのではないか。

自分が今できないと思っていることは、もしかしたら板を100階建てのビルの間に自ら板をかけて、渡るのは難しいと言っているのではないか。

どんなに難しいと思えることでも、それを一旦地面まで持ってくる、そんな尺度と姿勢を自分の中に持っていたい。






兄を思う

2004-10-17 23:31:07 | Weblog
兄がワシントン駐在のため明日早朝に発つ。
12歳年が離れる兄は、物心がついたときにはもう東京にでていて、兄弟ではなく、たとえがんばってもがんばってもかなわない絶対的な存在だった。兄のことを知っているという大人が兄をほめることを子供心にうれしくおもっていたが、同時に常に比較されることを、プレッシャーに思う自分がいた。

けど先に自ら道を切り開いた兄がいるからこそ、それを追いかけ続け、今の自分があると素直に今はそう思う。

これからも、先頭を走る兄との距離はなかなか縮まらないだろうけど、焦らず、自分のペースを保ちながら、兄の後ろを自分なりに追いかけていこう。

兄のワシントンでの生活が、無事で実り多きものになりますよう。

シャラポアに思う

2004-10-09 02:10:41 | Weblog
シャラポアは当然のごとく決勝進出を決めた。

シャラポアを初めて見たのは今年のウインブルドンで、杉山愛と闘っているときだった。
ちょうどTVを付けた時にはシャラポアがのりにのっているときで、杉山ファンの自分もこれは勝てんとすぐ思った。その試合のシャラポアの集中力はすごかった。杉山も必死にくらいつこうとしていたけど(そういうところが好きです)、打てども返せども跳ね返された。結局その集中力は決勝まで続いて優勝してしまった。

何せ、背が高くて手と足が長い。そのときも解説者が言っていたような気がするが、彼女はモデルもやっているようだ。
いきなり夏日♪ 参照
東欧には同じようなモデル系テニスプレーヤがまだうじゃうじゃいるらしい。

テニスはコートの大きさ、ネットの高さで、フィールドが制限されるだけに、かなり身体的要因に左右される面が大きいのではないか。日本人選手が3歩で追いつくところを1歩で追いつかれたらさすがにかなわない。しかも俊敏さと力強さも備えられたら、勝てる要素は戦術とメンタルくらいか、、。

そういえば、「エースをねらえ」にお蝶夫人がいた(何で夫人なんだっけ?)。モデル系を超越している彼女ならシャラポアといい勝負ができるのかな。