goo blog サービス終了のお知らせ 

奮闘!花子と双子*育児のあしあと

双子誕生で大騒ぎの日々や、育児グッズなど、思いつくままに書いています^▽^

双子 6ヶ月の頃①

2006年10月01日 | 双子育児記録
新年を、全員病気せずに無事迎え、2004年。

1月9日で、6ヶ月になった双子。
この日をはさんで、双子、BCGとツベルクリン接種。

気がつけば、急にぐーんと楽になっていることに気づく。
(12月に巻き起こった病気スパイラルも、終息したからだろう・・・)

二人が並んで、ニコニコ笑いかけてくる!

ぎゃーーーー!か、かわいいではないですかーー!!!!

花子が週2回一時保育に行っている日なんて

「あーたいくつ」
なんて言葉が自分の口から出たことに、
自分でビックリ!うわー感動!!しんじらんないー
なんて、手帳にかいてある・・・(笑)

その他、手帳のメモには・・・

>それにしても年が明けてからぐーんとラクになったかんじ・・・。
>厄が落ちたか?
>ちび達も6ヶ月になって今までより手がかからなくなり
>双ニの下痢も止まり
>花子は。。。まぁ、きかないけども
>なんとか手なづけ・・・

>うーん、みんな慣れてきたんだろう
>この、双子が加わった暮らしに。。。

>とにかく、誰も病気じゃないってだけで
>こんなに平和で幸せな暮らしなのだ!!


6ヶ月になったら開始、と言われていた、離乳食を開始する。
花子のときも使った、炊飯器の中に入れて少量のおかゆを作れる
おかゆクッカーを探し出し、再びの登板?だ。

最初は一口、二口だからねー
クッカーで全然足りていた。けども・・・

双二は、最初からごくん!と飲んでたけど
双一は、どうも、スムーズじゃなかったっけなー・・・
スプーンが違和感だったかな。

1月。外は冬真っ盛り!!
激さむ・・・アーンド・・・
ひたすら、平日の生活の舞台?は家の中です。
それも、1つの部屋で、全ての生活をしていました。

茶の間で。

寝起き(子供3人と私)、食事、遊ぶのも、何するのも
ぜーーーんぶ、この部屋ひとつ!!

とーちゃんは相変わらず仕事で帰りが遅かったけど
もう、慣れたし、自分的な峠は越えた気がするから
もういいや、って、当時のメモにある。ははは。

この頃は、自分も絶不調から這い上がってきて
それまでの数ヶ月とは違って
だいぶ明るいかんじだ。

楽しみなドラマも始まって(ちなみに、キムタクのプライド)
ウキウキしてたようだ
このことからも分かるように、
小さくても自分なりの楽しみがあるってことが
生活には とても大事なんだなぁと・・・感じます。





双子 5ヶ月の頃 ③

2006年07月27日 | 双子育児記録
暗い話ばっかりで・・・
読んでくださっている人も、いやになっちゃうかも・・・
ごめんなさい・・・

でも、まだちょっとだけこのトーンが続きます・・・



当時の手帳へのメモ書き・・・

>12/25
 双二が下痢、再発。。。
 朝、枕元の長靴を見つけて大喜びの花子。よかったよかった・・・
 体調、回復してきてよかった。パパ、すっかり治ったらしい
 昨日動けなかったツケで、家事がやまのよう・・・
 もういやだぁ、こんな生活・・・
 双子も無事生まれて、シアワセな生活じゃんって、その角度からみれば
 そうかもしれないけど、、、、
 でも体もボロボロの今の私には、悪いけど
 とてもそうは思えない・・・
 今の私、すごくどん底・・・
 それでも、やることが、押し寄せてくる日々・・・はぁ・・・
 でも、夜のとんねるずのTVがおもしろくて、
 救われた・・・気持ちが・・・

>12/26
 夜中、だいぶ泣かれて、寝苦しく、寝不足・・・
 気分も沈む・・・胃腸痛も再び・・・
 目がはれぼったく、人相がヘンと言われる・・・
 本当に暗く、つらい今日この頃・・・
 いつかまた、楽しく健康な日々が来るのだろうか・・・はぁ・・・

・・・なんて、暗いメモ・・・


胃腸炎の一番の重症患者は、双二。
下痢が、なかなかおさまらず、可哀想だった・・・
おしりも荒れてしまって・・・
体重もガクっと減ってしまって・・・



クリスマスも病気の館と化してるうちに過ぎ去り、
時はもう、2003年の、年の瀬だった。


あまりにも私の様子が「きてる」、やばい、と
思われたらしく、ばぁが
「双子を見てるから、友達のトコでも行ってきたら」と。

で、花子を連れて、半日出かけた。27日かな。
友達は、花子と沢山遊んでくれ、
私には、ここで寝ていってよー、横になってしゃべってよーとか、
イロイロ気にかけてくれ・・・
様子をとても心配してくれ・・・

私は、その気持ちの嬉しさと、今までのつらさが一気にこみ上げてきて
そこで、わんわん泣いた。
声をあげて、本格的にギャンギャンと・・・

(花子やそこのお子ちゃまたちも、びっくりしたろうなぁ・・・

おかげで、帰りには、なんか、ムクムクと元気が湧いてきてた
感謝、感謝だぁ・・・


そして大晦日の前日、
双子を、二人乗りベビーカーに乗せて
遅ればせながら、「お買い物デビュー!」させた。
あのベビーカー。みんなチラチラと見ることに
なんだかとても恥ずかしいような、ドキドキしたデビューだったな・・・

大晦日は、色々片付けて居間のスペースを広げ、
1つだったベビーベッドを二つにした。

これまで1つのベビーベッドに、並んで暮らしていた双子、
ついに2つに分かれての暮らしに!

私としては、なんだかもう、この混乱しきった年が早く明けて、
新たな気持ちになりたかったので、
この大晦日は、待ち遠しかった。

花子も夜更かしオッケーにして、紅白見ながら
5人で(といっても双子は転がってるのみだが・・・
ぱーっと忘年会をする。
って、ただ飲み食いしただけだけど、最高に嬉しかったな・・・

だってもう、
誰も具合悪くなく、年越しが出来て、
お正月を過ごせて・・・
それだけで感動で、私は、本当に嬉しかった。



双子 5ヶ月の頃 ②

2006年07月26日 | 双子育児記録
クリスマス・イブの明け方、
数日前から家で流行っていた感染性胃腸炎。

いよいよ私ととーちゃんに、症状が。
トイレと布団を往復して朝になる。

とーちゃんの症状はまだ比較的軽く、出社した。

私は・・・もうダメだった・・・。

3人の子供達と、ばぁが快方に向かってたのが
本当に救いだった。


花子は急に頼んだけど大丈夫と言うことで、一時保育へ。
双子はばぁに頼んで

病院へ・・・。
小児科と内科一緒で、家族でお世話になってるので、
うちの状況を全部把握している先生。

同情、同情、同情の嵐・・・。
そして、
3ヶ月連続の点滴・・・。

「うちに帰っても休めないでしょうから
せめてここで少しでも、眠っていってね」
と、先生・・・・。
眠いのだろうけど、眠れず・・・。

点滴しながらのベッドで、考えていたことは・・・

なにか、私は今までの人生で、あるいは前世で、
そんなに悪いことをしたのだろうか・・・
ということだった。

もう、何かのバチが当たっているとしか思えなかった。
これまでの数ヶ月が。

クリスマスなんて、どっかに吹っ飛んでいたけど、
思い出したら、なんだか自分が
余計にみじめ・・・シクシク・・・。

いままでで、一番印象に残る、クリスマスとなった。


もう二度と、健康で平和な日々なんて、
来ないと思った。
来るとは決して思えなかった・・・。
気持ちも体も、どん底の数ヶ月、
その総決算?とでも言う出来事だった・・・




そう、その2日前。
とーちゃんは、ひどいことをした。

職場の忘年会の日だった。
子供もばぁも具合悪いから、なるべく早く帰ってきてほしいと
と念を押したのに、
帰った来たのは、なんと、明け方。4時!!!!

1日、にらみ続けて、文句を言い続けた私。
それでも気がすまなかった。

いつか覚えてろ、絶対別れてやる!!と、誓った、心に。

言い訳。
5年ぶりに海外から戻ってきた同僚が来ていて、
抜けて帰ってこられなかった。
だって・・・!

コノヒトは、ほんっとうに、今の家の状況がわかってないんだなぁ・・・
と、つくづく思い知らされた一件だった。

結婚したって、所詮他人は他人。
わかってもらうほうがムリなんだなと、半ばヤケクソで
よーくわかった私だった。

この辺から、ずーっと当時の恨みは消えず、
今でもチクチクチクチクと、
事あるごとに言ってる私。

そこまで追い詰められてるとはわからなかった・・・と
後になって詫びるとーちゃん。(双子、3歳の現在)

翌日25日。症状、峠を越える。
でも、もう気持ちが弱って戻らない。

そんな弱りきった夜、たまたま見たTVに、救われた、って
当時のメモ書きに書いてあった。
それは、キムタクが出ていた「食わず嫌い」だったようだ。
よかった・・・そんなときでも、
救われることが1つでもあって・・・

双子 5ヶ月の頃 ①

2006年07月23日 | 双子育児記録
12月に入った。も降ってきた。

先月に引き続き、まだ暗い私・・・。

当時の花子の保育園の連絡ノートを見ると、
ほとんど・・・愚痴・・・。先生、すみませんでした・・・
もう出来ない、自分には3人の母親はやっぱムリだ・・・など、
泣き言が並ぶ・・・
先生、その度に優しく励ますコメントを書いてくれて・・・
これには本当、どれほど救われたことか・・

花子は、私が入院中の時から、
一時保育に行っていた。週1~2回ほど。
もっとお願いしたかったが、
なんせ保育料が・・・
(3歳未満児は、結構、高いのですた・・・)

とってもいい先生で、いい園で、
お願いして本当によかったと思う・・・。
というか、
これを知らなくていたら、一体どうなっていたか、
考えると、こわい・・・

私達親子は、この一時保育で命拾いをしたと言ってもいいくらい、
助けられた・・・

私が双子の世話に忙殺されて、体調も崩れっぱなしで、
思うように花子にかまって上げられなかったこの頃、
園の先生は、本当に、本当に良くしてくれ、
花子もどんなにか楽しかったか・・・
私もどんなに救われたか・・・
このご恩は、本当、一生忘れない・・・





で、ちょーっと落ち着いてきたか?!と思うまもなく、
12月中旬・・・12月20日だったかな・・・

またまた来たのよ、病気スパイラルが・・・
恐怖の、感染性胃腸炎・・・ガーン・・・

最終的に、老若男女、家族全員に、うつりまった・・・

特に、チビのはひどかった・・・症状が、重症・・・
病後計測したら、ガクーっと、体重、減りましたっけ・・・

子供3人、同時感染

下痢オムツ交換x3人。嘔吐のよごれものx3人。
さながら、ちょっとした、地獄絵巻・・・

昼夜を問わず、ずーーーーっと、エンドレスで、誰かのオムツを替えていた。
そして、ひっきりなしに、3人がぐずった・・・

ほんっとにキツかった・・・これは・・・。
これはちょっと、表現できないかんじ・・・

もう、疲労が限界を超えすぎて、針が飛んだような・・・

子供と僅差でばぁも感染。点滴・・・重症・・・。
(もう、あんたたちに係わる生活、いやだぁ・・・と泣かれた・・・)
ただただ、申し訳なくて申し訳なくて・・・


そして、子供とばぁが落ち着いて来た頃。
それは12月24日の明け方・・・。
私ととーちゃんも、ついに症状が・・・!!!

人生で最もつらいクリスマスとなる・・・



双子 4ヶ月の頃 ②

2006年07月21日 | 双子育児記録
この頃の私は、とにかく凹んで凹んで凹みまくりだった。
前記事(1)に書いているとおり、思考回路がネガネガネガ・・・
自分の力では、もうどうにも出来なかった。

双子の世話が大変ってのもあったし、休む暇がなくって
体調も崩れてたけど、
もう1つは、花子のことだった。

普通、単胎なら、4ヶ月くらいなら、
だいぶ連れて歩きやすくなり、上の子と二人連れて
活動できる時期だ。

実際、花子と同じクラスに同じ頃赤ちゃんが生まれたお母さんがいて、
下の子をおんぶして、行事に参加したりしてて
すでに、とってもアクティブだった。

それがうちは、出来ない・・・
身軽に行動できない・・・
花子はあちこち私と行きたがるけれど・・・
その要求に答えてあげられない・・・

そんなこと、仕方のないことなんだけど
その当時は、それももどかしく・・・



もう1つ、重大な問題はやはり、
とーちゃんとの疎通しない関係だっただろう。

後になり、どうしてあの頃
あんなに冷たかったのかととーちゃんに聞くと、

決してそんなつもりはなかったという。
自分としては、やすみで在宅のときは
一生懸命手伝ったから、それでいいと思っていたそう。

労いの言葉や、感謝の言葉がなかったことに関しては
「そんなこと、いちいち口に出すことじゃないと思った。」

愚痴を言うと「世界にはもっと大変な人が沢山いるんだから」
と、怒ったことに関しては
「怒ったつもりはなく、そう思ってこらえてもらいたかった」そう。

うーむ・・・
ここでいーっぱい大きなズレがあったわけだ。

私としては、ちょっとでも言葉をかけてもらえたら
どんなに救われたかと思う。

愚痴だって、そうだね、そうだね、と
うなずいて、ただ聞いて欲しかっただけだ。
それなのに、逆的なことばかり返されると、
ますますストレスが溜まって。
そのうち、愚痴を言うのもイヤになり、やめた。

休みの日に協力してもらわにゃ、いつするんだよ?みたいな・・・


どうしたらよかったのかな・・・(苦笑)
基本的に気が合わない人と結婚してしまったのかな?(苦笑)


ま、むこうに言わせれば、
その頃の私は、とにかく常にこわかったらしく(苦笑)
ナーイフみたいにとがっては~
(BY チェッカーズ。古すぎてごめんなさい・・・
ってかんじだったそうだ。

確かにね・・・
とーちゃんが稼いできてくれてるから
私達は生活できるわけだからね・・・
お互いに、いたわりの気持ちがなかったのが
悪かったのかな・・・(苦笑)


でもこの頃って・・・
赤ちゃんが二人って・・・
かなり大変な状況。
私もいっぱいいっぱい(どころかキャパを超えてた・・・)
とーちゃんもいっぱいいっぱい・・・
みんなギリギリのとこで必死だったのだ・・・。
余裕なくっても仕方なかったかなぁ・・・


双子 4ヶ月の頃 ①

2006年07月20日 | 双子育児記録
11月に入り、だいぶ寒くなってきた。
前月、点滴をした私だったが、一旦は持ち直し、
トイザラスに、二人乗りベビーカーを物色にいったりした。

相変わらず、トーちゃんの帰りは遅かった。
仲も悪かったように記憶している。

夜の授乳も減ってきてたんだけど、
またまた体調を崩すわたし・・・

双子たちも、しょっちゅう、鼻をズルズルさせていた。

そのわけは・・・
花子が保育園の一時保育に週2回、お世話になってたんだけど、
園に行き始めた年って、、、、
とにかく、発生してる菌という菌を
全てもらって来るようで・・・

それがもれなくの中に・・・
そして、抵抗力の落ちている私も、
免疫力のあるはずの乳児二人もなぜか、
菌の餌食に・・・

11月中旬、私、再びダウン。
2ヶ月連続で点滴・・・
こんなの初めて・・・すっかりへこむ・・・

体が弱ると、こんなにもココロまで弱るとは、
こうなるまで、本当に知らなかった。
ってくらい、やられていた。
多分、ちょっと、ウツ、はいってたんじゃないかな・・・
と、後になって思う、この前後の数ヶ月間。

自分と子供達が居るだけで、周りに迷惑なんだと感じていた。
段々どつぼにはまると、自分が子供なんて、産んじゃいけんかったのでは・・・
とか、
いっそ、いなくなったほうが、いいんじゃないか、とか・・・

今思うと、かなり、やばかったような・・・そんな思考回路だった。。。
すごく、孤独感と、終わりがないトンネルに入ってしまったような・・・

花子があんばれっ子なのも、
今思えば、丁度魔の2歳期と、双子へのヤキモチが重なっちゃって
仕方なかったのさーと、考えるけど、
そういう精神状態のときは、もう、
自分のせいだ、自分がダメだからだ・・・
全部がそんな風で・・・

内祝いが届いたと、友達にある晩をもらった。
「パパ、毎日3人の風呂入れ大変だね」と言われ、
とーちゃんは毎晩遅くて、風呂入れは自分だよ、
といったら、
「えーー!今、うちのダンナが後ろで
そんなの離婚したほうがいいって言ってるよー」
と、言われた。
普通のときだったら、別になーんとない会話。
それなのに当時の私はもう、おかしいもんだから、

落ち込んだ・・・
羨ましくてねぇ・・・その時間にパパが在宅ってのが。

一事が万事、この調子で、
この頃の私は本当、
心身ともに、どん底でしたな・・・





双子 3ヶ月の頃

2006年07月10日 | 双子育児記録
気持ちも暗く、微熱も下がらず、
家族はみんな疲れてイライラしていて・・・・

そんな中で、双子は生後3ヶ月に入った。
幸いその後は、熱も再発せず、一安心だった。

が、10月の中旬、
ついに私はダウンした。
ずっと続いてた微熱が高熱に・・・
病院へ行って、点滴を打って、帰宅。
母乳のため、薬もよわーいのを処方して貰って。
でも、いくら熱があっても、寝込むわけにはいきませんでした・・・
ただでさえ、人手が足りないのに
「わたし、寝込みます」とは、
クチがさけても言えない状況・・・

そんなんだから、いつまでも体調は戻らぬまま、
家事と育児に追われる毎日・・・。
私が寝込んで戦力外になると、結局負担が増大するのは母・・・。
母も、疲れと不満がたまって、機嫌悪くなるし、
自分は具合悪いし・・・

本当に、つらかった、この頃・・・
双子の写真も、この時期、全然ない・・・。撮る余裕がなかったんだな・・・

結局、37度台の熱が下がらず、1週間後再受診。

母乳をやめて、ちゃんと効く薬を飲んではどうかと先生。

母乳をあげるのも、かなり体力を消費するし、
今の体が弱っている状態で、無理して続けても
回復せず、気持ちももっと弱るよー・・・とアドバイスを受け。

その日で母乳止めました。
張るかなぁ、痛いかなぁ・・・・(泣)とびびってたけど、
幸い、ちょっとはつらかったけど、使用終了ですね?とわかったのか、
翌々日からはもう、全然大丈夫で。助かったな・・・

双子の母乳期間は、3ヶ月半でした。短かったけど・・・

でも、体のきつさには勝てず。
早く立ち直りたかったので、そうしました。


でも、完全には治らなくって・・・(泣)

双子 2ヶ月の頃 ②」

2006年07月10日 | 双子育児記録
2ヶ月ももうすぐ終わる10月初め・・・
謎の高熱で、二人とも入院してしまった双子。

子供達もきつかっただろうし、
巻き込まれたばぁも、かなり疲れて、イライラきていたし・・・

私のほうも、かなりキていました・・・体が・・・キモチも・・・

入院の付き添いと、家の事とで飛び回ってる途中から、
なんだか寒気がするな・・とは思っていたのだけど、
とてもじゃないけど、私が休める状態じゃないし、
そのまま、重い体を引きずって、日々に追われていた。

そんな中、夫婦の間もバランバランで、帰りは毎晩遅くて
まともに会話をする暇もないし、お互い労いの言葉の一つもなく・・・・
みたいな、サイアクの状態。

で、迎えた、双子が退院した週の週末。
体調も悪いし、とーちゃんの手を借りれることに
すっかりアテにして、自分を励まして乗り切っていたのだった。

しかし。

突然前夜になって
「あした、いないから」
(会社の日帰り出張。ちなみに前からわかってたそうだ 怒!!)

は??!なに?今になって、あす、いないだと?
ちょっと、まって、何でもっと早く言ってくれないの?コノヒト?
体調悪いって、ずっと言ってるのに??

今、うちの中、どんな状態だか分かってんのか?コノヒト?

・・・もう・・・なんつーか・・・

失望、絶望・・・私の中で何かが切れました・・・


双子2ヶ月の頃 ①

2006年06月09日 | 双子育児記録
睡眠不足とやることの押し寄せる毎日、
休むひま無しとは、まさに本当だった・・・。


当時、会社の組織変更やらなんやらで、
実にタイミングが悪く、
どんどん、残業で帰りが遅くなるパパ。
せめて、労いの言葉でもかけてもらえたら
どんなに救われたかと思うんだけど、
実際は一切なし。

自分も仕事がどんどん大変になっていってた時期なので、
仕方ないのかもわからんけど、
そんなパパにますますムカついて態度の悪くなる私に、
ますます労う気など、失せるパパ。

自分だけが世界で一番大変だ、みたいな言い方ばっかりするな!
と、捨てゼリフを吐かれる始末!!
絶対、いつか離婚してやる!!!
と、心に決めて泣いていた、このころの私です。

もう、夫婦関係は最悪の一途です。

そんな、心身ともにボロボロに崩れはじめたころ、
9月末、決定的なことが起こりました。

双二、謎の高熱です。
普通、3ヶ月未満の乳児が高熱なんて出す事はないそうで、
一気に事態は深刻に・・・
夜中に発熱。すぐにNICUに入ってた病院に電話すると
今すぐ診察しましょう、とのことで病院へ。
尿路感染症かと、尿を検査するも違うらしく、
原因がわからないので、解熱剤入れず、様子を見て、
明日朝いちで、小児科外来へ来て、ということに。

翌朝、受診すると、すぐに入院の指示。
その病院に小児科入院施設が無い為、
別の所に紹介状をもらう。

帰宅して、入院の準備をして出発。
花子は一時保育へ行っていたので、
双一を母に頼む。

そこからはもう、修羅場・・・!
24時間付き添い要だわ、
うちにはもう一人乳児はいるわ、
パパは帰り遅いわ、
母は、段々ストレスで機嫌悪くなるわ・・・

病院とウチを言ったり来たりの数日・・・
授乳や泣きあやしで、夜も眠れないし・・・

今思い出しても、よく切り抜けたなぁ・・・
と、記憶に無いくらいの混乱ぶりでしたなぁ・・・。

そうこうしてるうちに、
追っかけて、双一も発熱!!!!!
迎えに行って、並んで入院・・・
結局双二は6日間、双一はそれほどひどくなく3日間で、
一緒に退院。

腎臓のエコーも撮ったし、色々調べたけど、
原因はわからぬまま、幸い元気になってよかったね・・・
という結論。

花子や私が風邪を引いたりしてたから
うつったのかな・・・と後になって思う・・・

でも私は心身ともに疲れ果て、限界の淵に立ってる状態・・・




双子0ヶ月から1ヶ月

2006年06月02日 | 双子育児記録
☆双子0ヶ月目

NICUに入っていたので、毎日搾乳した冷凍母乳を持って、面会へ。
出産前、丸々2ヶ月寝たきりで点滴入院だったので、
体力を回復する期間でした。久々にウチに帰って、花子と過ごせて、
本当に嬉しかったです。幸い、NICUの双子たちも、順調に育ってくれていたし・・・
そして、8月5日。0ヶ月終了目前に、ついに双子が我が家へ!!



☆双子1ヶ月目

双子が退院してきてはじめの数日は、
自分の布団を敷くタイミングさえ失ったほどの大混乱!!
眠るというか、ベビーベッドの横の長座布団に
細切れにに倒れるのが精一杯でした。

花子の世話もあり、(やっぱ赤ちゃん返りして、三つ子になった・・・泣)
もちろん、隣の母にきてもらって手を借りましたが、
それでも、ほんっとう~にきつかったです。

何をするにも花子が手を出してきて(2歳だから、言っても分からないし、
興味だらけで・・・)いちいち大騒ぎ。
そんな毎日に、隣の母は、もうゲンナリの様子・・・
ストレスフル!ってかんじだったので、
できるときだけ来て、手伝ってくれればいいから、と言いました。

洗い物は、多種大量!!哺乳瓶に、ガーゼに、
次々とウンチのつく肌着に・・・ワオー!!苦笑・・・

花子もオムツだったから、ダブルならぬ、トリプルオムツ攻撃!!(爆)
次々と何かが起こり、
座るヒマがほんとになくて、ビックリでした~

でも、まだこの時期は、双子を無事にウチに連れてこれた、という喜びと、
体力もまだあったので、何とか頑張れました。

おしゃぶりには、本当に救われました。
花子のときは、泣いたらひたすら抱っこできたけど、
この度は、そうはいきません。
なるべく抱っこであやさなくてもおさまるようにと・・・
じゃないと、腰痛に耐える自信がなかった。

それでも夜も、当然ながら、交互に泣く双子・・・。
結局、乳児期の3ヶ月は、まともに寝た日はなかったです・・・泣

花子のときは、昼間、花子が寝てる時に休んだり出来たけど、
今回は、その時間は、花子の相手という任務が待っています。キツイ!

入院中、週1,2回、一時保育に行き始めた花子でしたが、
このころは、せっかく私も帰ってきたし・・・と、
毎日うちにいたのでした。

でも、体が段々きつくなってきて、あんまり充分に相手が出来ず、
花子もかなり、ストレスだったようです。
もっとあそぼう、外にいこう、あれしよう、コレしよう、
と、泣いてだだをこねる花子に、
申し訳ないんだけど体が動かず、悲しくてシクシク泣いたりしました・・・

しかし、睡眠不足は侮れないです・・・
気持ちも徐々にボロくしていくのですねぇ・・・(涙)