okatai3のフォトブログ(日記)

風景写真中心のフォトブログです。
お気に入りに追加して時々見ていただけると大変うれしいのですが。

183-チベット族の踊り/中国 黄龍・九寨溝

2007年11月08日 | Weblog
九寨溝には近代的な大劇場が建ち、連日観光客相手のショーが開かれています。
チベット族の踊りはエンターテインメントとしても随分洗練されていて、放牧や自給自足生活とは、イメージが合いません。これが近代化、進歩発展なのでしょう。livedoor

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『こうすれば、<時系列・番号順>に大変分かりやすく閲覧できるよ。』と教えてくれた人が居ます。
『ウーム参った参った。』 【←戻る】 をクリックするなんて「さすが」ですね。
それに、下から<時系列・番号順>に閲覧すると確かに分かりやすい。おそれ入りました。

182-峠「公路最高地点」/中国 黄龍・九寨溝

2007年11月07日 | Weblog
標高4,200mの峠です。「公路最高地点」です。チベット族が放牧をしています。道路のなかったこんな高さまで山腹を大胆に掘削して、自動車の通れる道路が開通しました。そのおかげで黄龍や九寨溝は観光地になり、住民は自給自足の生活から電気や学校など文明の恩恵を受けることができるようになりました。
この峠から5,588mの「雪宝頂」の写真を撮って、何の気なしにバスにヒョイッと飛び乗ったのが運のつき。息は弾むわ心臓はどきどきするわで、ホテルに着くなり、酸素ボンベを買いました。このボンベあまり効果があったとは思えないのですが。livedoor

180-松藩・古松橋/中国 黄龍・九寨溝◎

2007年11月05日 | Weblog
不思議なことにこんな山奥の松藩にも、アメリカの小説「マジソン郡の橋」はよく知られていて、こちらの方が古いと自慢されました。立派な橋です。

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179-松藩2/中国 黄龍・九寨溝

2007年11月02日 | Weblog
松藩は松藩高原湿地帯の入口にあります。1934年10月、毛沢東軍が蒋介石軍に追われて、江西省「瑞金」を放棄し、翌年陜西省「延安」に到達するまで、9,600kmを歩いて移動した「長征」と称する逃避行で、最も大勢の犠牲者を出したのがこの松藩高原湿地帯です。来て見ると、飢えと寒さと泥沼以外に、高さとの戦いであったことが分かります。
毛沢東軍はこの長征以後、その規律の厳格さと思想が人民の圧倒的な支持を受け、蒋介石軍を駆逐して行きます。松藩には今も人民が勝利した記念の像が立てられています。livedoor