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Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

角田光代「くまちゃん」

2012-03-07 01:17:28 | 読書感想文(小説)




古平苑子が学生時代の友人たちとの花見の席で知り合った青年は、風変わりなくまのトレーナーを着ていた。
酒に酔った苑子は、その日のうちに青年と関係を持ってしまい…

誰かに失恋した人は、失った恋と引き換えに「何か」に気づく。
恋をすることで、自分が何を本当に求めていたのかを。
昔の恋人が、自分を大切に思ってくれていたことに。

最初の話で主人公をふった男が、次の話で別の女にふられ、その女がまた違う男に…と、ふる/ふられるが
鎖のようにつながっていく不思議な連作短編小説。終盤、「ああ!」と驚く展開があるのですが、それは
ネタバレするにはもったいないので伏せておきます。

登場人物は、都会に住む二十代から三十代の男女が主なので、ピンとこないシチュエーションの話も
あります。でも描かれる恋愛模様はどこかが自分とリンクするものばかりで、読んでいると自分の古い思い出が
よみがえって、文字がにじんで読めなくなることもありました(※トシのせいではない)。

この小説は恋愛、しかも失恋がテーマなので、男も女もたくさん出てきます。
これまで私が読んだ角田作品では、男はロクデナシか空気のどちらかしかいなかったのですが、
今回はこそこそ若い女と浮気したり愛人を妊娠&中絶させたり妻がお受験でノイローゼ気味なのに
完全ノータッチだったりせず、まあ普通の、むかつくところもあるけど好感が持てるところもいっぱいある、
普通の、標準的な男性がほとんどでした。これだけでも私にとっては衝撃的で感動モノです。
対する女性はというと、誘拐もしないしママ友の子供を殺そうともしないし暗い過去もないしで、
こちらも割と普通な感じ。テーマが誰にでも経験のある(はずの)「失恋」だからなのか、
登場人物も多くの人が同じ目線になれるキャラクターにしたんでしょうか。
確かに、大富豪とか天才科学者とか超絶美人スパイとかが失恋しても「それが何か?」だもんなぁ。はは。

以下は各話の感想。※ややネタバレがありますので、ご注意を。


「くまちゃん」
くまのトレーナーを着た、芸術家気取りの男と、仕事に不満のあるOLの恋。
学生時代、嫉妬に悩んだ過去を持つ苑子が、誰かを妬んだり僻んだりしないで人を好きになれることに
喜びを感じている姿に、己を振り返りました。そして、普通すぎる自分を普通でない人間に見せようと
もがく英之の姿にも。

「アイドル」
苑子と別れた英之は、海の家のバイトで知り合ったゆりえと同棲を始め…。
一応は恋人同士であるはずの2人がなぜ別れることになったのか。最初は「ありえな~い!」と思ったけど
バンドブームの頃の話だと考えると、「都会ならこういうこともあるのかなぁ」なんて考えが変わってきました。
それまで、何の苦も無く女の子とつきあうことができた英之。それは失恋をしたことがなかったから?
ゆりえが去って、英之が「くまちゃん」の時のような芸術家気取りで空回りしている若者から成長できたことに
少しほっとしました。

「勝負恋愛」
憧れの元ミュージシャンのマキトと付き合うことができたゆりえ。しかし、彼には血のつながらない小姑のような
女性がいて…。ゆりえ目線で描かれてるからというのもありますが、もうとにかくこの小姑(でも既婚)がうざい。
目的があからさまではなくて、ただ無邪気に、善意100%の顔でゆりえとマキトの間に割り込んでくる。
そしてマキトもこの状況になんの疑問も感じない。嫁姑問題がこじれる理由がわかりました。
憧れのマキトとの生活のために、それまでフリーダムだったゆりえが色んなことを我慢してるのが切なかったです。
誰かと一緒にやっていくには譲り合いが必要、とは言っても、こっちが譲っているのにまったく気づいてもらえない
のはつらいだろうな…。マキトの元を去ったのはゆりえなのに、失恋したのはゆりえ。傷ついたのはゆりえ。
憧れと現実は違う。奇跡のような恋に終わりを告げられず、必死にしがみついていたゆりえの姿が、
昔の自分と重なった人はきっと私だけではない…と思いたい。

「こうもり」
ゆりえに去られたマキトのところに、女優志望でホステスの希麻子が転がり込んで来て…。
恋なのか恋じゃないのかわからないくらいの関係だったのに、希麻子がマキトの小姑を撃退して、なおかつ
マキトの目を覚まさせることができたというのが皮肉です。でも、それ以外の点では希麻子はマキトを
利用し傷つける、はっきり言ってひどい女です。でも私は、その女のくちから出る呪詛のような愚痴が、
自分が喋ってるんじゃないかと錯覚するくらい、生々しく理解できてしまいました…トホホ。

それでも、希麻子と出会い別れたことで、マキトは自分を見つめなおすことができました。
生きていればいいことあるよ、きっと。うん。

「浮き草」
マキトの部屋を出た希麻子は、今度は若手の人気アーティストの久信もとに転がり込み…。
ほとんど希麻子の一人舞台のような話でしたが、強引で自分勝手な希麻子を痛々しく思ったり、
女優の夢を捨てて久信に依存しようとした自分と決別する姿をまぶしく感じたり、希麻子と同年代の
自分にとっては、希麻子は一番印象に残ったキャラクターでした。

「光の子」
久信の長い長い片思いの話。物語も終盤にさしかかり、思わぬ登場人物が現れます。その人が誰なのか
わかったとき、思わず「あっ」と声を上げてしまいました。
久信は片思いの相手に、かつての栄光を取り戻してほしいと心から願っていました。しかし“その人”は
別の見方をしていて…。正直、久信とその人とどちらが正しいのかはわからなかったのですが、言葉に厚みを
感じるのは、心にすっと入り込んでくるのは、その人のほうでした。それは彼女の過去をこちらが知っている
からというのもありますが。

ラストシーンの、久信の片思いが昇華された瞬間は、胸にじーんと来ました。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ
BLっぽいかな、とも思いましたけどね。。。

「乙女相談室」
バツイチのこずえは、今までの恋愛において自分がずっとふられる側だったことに気づき、ショックを受ける。
彼女の様子を知った職場の同僚は、こずえにあるサイトの存在を教えるが…。
乙女相談室のような会合がほんとにあるのかわかりませんが、実際会ったら覗いてみたいです。でも、
「あんたなんかまだマシ!」「私の時は…」とか言われて言い争いに発展しそうで怖い気もします。
このお話では誰かが誰かに恋をして、というのはありませんが、「恋とは」「失恋とは」という総論が
説かれていて、なるほどと思えることが多くてためになりました。だからといって自分が恋愛上手になれるとは
思わないけどさ…。


最後の「乙女相談室」はエピローグ的な内容で、誰と誰が恋して失恋して、という話ではありませんでしたが、
それ以外はどの話も共感したり、はっと気づかされたり、ひとつひとつ読み進めていくたびに自分の心の中の
何かに気づかされるお話でした。

ラストはいつも切ないながらもさわやかで、前向きな気持ちにさせてくれたのもよかったです。

よーし、私もこれからは張り切って失恋するぞー…って、そんな体力もう残ってないよ(泣)

あと、角田作品らしくこの小説にも料理する場面がたくさん出てきて面白かったです。
冷蔵庫のありあわせでつくる簡単メニューからちょっとリッチなディナーまで、料理の手順が流れるように
描かれていて、目の前に光景が浮かんできました。うーん、角田さんの小説&料理本「彼女のこんだて帖」も
読んでみたいなぁ。というか、これまで作品に出てきた料理のレシピ本とかあればいいのになぁ。



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