柚木麻子さんの「私にふさわしいホテル」を読みました。
先日、本屋をぶらぶらしているときに新刊コーナーでふと目に留まり、気になったので読んでみました。
あるマイナーな文学新人賞を受賞した中島加代子。
しかし、同時受賞した元アイドルに話題をかっさわれ、受賞作は売れる以前に書籍化されず、2年半が経過。
ある日、出版社からの依頼もないのに、山の上ホテルに自腹でカンヅメになった加代子のところに、学生時代の先輩で出版社勤務の遠藤が訪れる。
遠藤の話によると、山の上ホテルで加代子が泊まっている部屋の上の階に、大御所作家の東十条宗典がカンヅメになっているというのだ。
それを聞いた加代子はある計画を思いつくが…
出版界の裏事情…というか、作品を読むだけではうかがい知ることのできない、小説家の側面が描かれた、一風変わった小説でした。
ただ、普段ミステリー小説ばかり読んでいる私にとっては、新鮮ではあるけれどツボにはまったかと言われるとそうでもなく…文庫の帯に石田衣良氏が
「本好きなら、怖いもの見たさで読み始め、最後は小説家への揺るぎない信仰を後光のように浴びてもらいたい」
と書いていますが、残念ながら私には前半の「怖いもの見たさ」のところしかあてはまりませんでした。うーん。
目的のためなら手段を選ばず、努力を惜しまず、状況を即座に分析して利用できるものはとことん利用する、アグレッシブな加代子のキャラクターはとても面白くて、彼女が次に何をやらかすのかワクワクしながら読みました。面白かったんです。ワクワクもしたんです。でも、彼女の怒りと執念に同調することはできませんでした。失敗してもあきらめず、小説家としてステップアップしていく加代子の姿は頼もしく思えましたが、最後までカタルシスはありませんでした。それこそがこの小説の伝えたかったことなのかもしれませんけど。
奥歯にものがひっかかったみたいなことを書いてしまいましたが、軽妙な文章で語られる加代子のサクセス(?)ストーリーはテンポが良くて、さくさく読むことができました。生き生きとした描写は、読むと情景が浮かんでくるほどで、特に冒頭に出てくる山の上ホテルの場面は、読んでいるとまるでこのホテルに泊まったことがあるかのような錯覚を起こしました。学生時代、山の上ホテルの前を通るたびに、ドアマンの制服に見とれたものですが、中に入ることはありませんでした。せっかくだから、今度上京したときに行ってみようかな。お茶でもしに(泊まる度胸はない)。
読みながら、「この人のモデルは誰かしら?」と思い、気になって仕方ない登場人物が何人もいましたが、野暮なので詮索するのはやめときます。でも第三話の「私にふさわしいワイン」に出てくる女優は、ワインつながりでおそらくあの女優では…いやいや、それは失礼すぎるか。そうなると東十条宗典のモデルもあの作家になってしまうし。触らぬ神にたたりなし、と言いますからね。くわばらくわばら。(一応断っときますが、私はあの女優さん結構好きでした。子供の頃大好きだったバラエティ番組のレギュラーだったし。)
加代子の先輩の遠藤にも、モデルになる編集者がいるのかもしれませんが、私はモデルよりも先輩の名前「遠藤」の由来の方が気になります。やっぱり、この名前は編集者泣かせのあの大作家からとったのかと…思い過ごしかな?さてどうでしょう。
あと、この小説には、実在の小説家が実名そのまんまで出てくる場面もあって、そこはさすがに本人の了承を得ていると思いますが、実名で出てくる分インパクトが強烈でした。まさかあの超有名若手小説家が、こんなキャラだったなんて…。
そして、小説家の禁断の内幕を描いたこの小説の最後を飾るのは、石田衣良氏による巻末の解説。正直、「小説本編よりもこの解説の方が面白いんじゃないか…」なんて失礼な考えが頭をよぎるほど、この解説には価値があります。特に終盤の「余計なひと言」が。というか、この「余計なひと言」が面白かったです。いやあ、この解説読んだら皆読み返したくなるんじゃないですかねぇ、「桐島、部活やめるってよ」を。
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