うえはらさんのBLOGの調子が悪いようで、トラックバックもコメントもできないので、ここに書きます。「中内さん」を読んで思い出すのは、四半世紀ほど前によく行っていたパチンコ屋さんです。最近はまったく行かないのでよく分かりませんが、昔のパチンコはアナログと言いますか、ハードウェアと言いますか、今思えば甚だ牧歌的なマシンでありまして、プロペラ機の翼が左右に開いたりするのがハイテクで、昔ながらのチューリップ主体の台も多々ありました。
慣れれば、上の四本の釘の開き方などを見るだけでも多少は出玉の良し悪しが分かりますし、短時間に大量の玉を消費することもありませんから、1000円程度でもかなり楽しめました。
あるとき、財布にお金が少ない時は出なくて、比較的財布が温かい時には出ることに気づきました。また、すったと言っても、よほど熱くなって自制心を失わない限り、2~3000円で切り上げている自分を発見しました。さらに、出たと言ってもせいぜい1万円程度で、時間がないなどの理由で切り上げていることにも気づきました。ついでに、出るのは、だいたい3回に1回程度と、かなりの高確率であることも分かりました。
そのとき以来、
・一回に1000円以上使わない
・上皿(注)の玉がなくなったらやめる
というだけのルールを自分に課すように致しました。
(注)ここにある玉は弾かれますが、下に落ちた・落とした玉は、自ら上皿に追加しない限りなくなりません。
投資額を抑えたため、出る確率が下がりましたが、出るときにはやはり1万円くらいには十分到達しました。このため、10回に1回だけ出るだけで、プラスになっておりました。もちろん2回以上は出ましたし、上皿から玉がなくなっても2000円くらいは残っていることもあるわけでして、この1000円ルールでかなり稼ぎました。
両替していればよかったと思うのですが、要りもしないLPレコード(昔のCDです)とかに換えてしまったので、やはり無駄なお金を使ったことにはなると思います。
先日、長年開けなかったダンボール箱から、なぜ自分が持っているか思い出せないレコードが多数発掘されたので思い出しました。
クーラーの真下で、流行りはじめていた777で当たりが出まして、その途端に冷気に晒されていた腕が痙攣を起こし、右手をハンドルから外すこともできず、激痛と戦いながら続けたこともございます。徹夜明けに行ったときには、視界がどんどん狭くなって、気がついたらパチンコ屋さんの床で気絶していたこともありました。
私がパチンコを始めたのはまったくの暇つぶしでありまして、留年して単位も大体取っていたため、一年ほど本当に暇になってしまったからであります。
そのころ、中学の同窓会がありまして出席しましたら、元担任に手招きされまして、
「おまえ、パチンコばっかりやってて留年したそうだな」
と怒られました。留年したからパチンコやっていたんですが・・・
今にして思えば、パチンコ屋で過ごした時間、もう少し勉強していれば、こんなに悲しい未来にならなかったかも知れないと、後悔いたしております(うそ)。