千鳥ヶ淵戦没者墓苑を出た私たちは代官町通を抜け、かつて近衛師団司令部であった現国立近代美術館工芸館前を通り、北白川宮能久親王銅像を拝し、北の丸公園を通って武道館に達した。
菅原副会長、山本理事長、小菅副理事長、そして武道館で合流した塚田副理事長はAゲートから、他はDゲートから入場した。
「皇室の伝統を守る一万人大会」は15時から始まった。北は北海道から南は沖縄まで全国47都道府県から参加者が集まっていることが紹介された。平日の昼間ながら1階のアリーナをはじめ2・3階席までほぼ満員であった。
主催者を代表して、三好達・元最高裁判所長官より挨拶があった。三好氏は、終戦の詔勅の中で昭和天皇は「朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ」とお述べになり、陛下は国民に深い信頼を寄せられ、国民も陛下の御心にお応えし、今日の日本を築いてきた。しかし現在の皇室典範の改正は、陛下や皇族の方々のご意見も伺わずに皇位の継承を永遠に変えようとするものであり、国民の手で勝手に進めることなど許されないことだと厳しく批判された。
続いて各界からの提言があった。まず京都大学教授の中西輝政氏から「皇室典範に関する有識者会議」の結論には3つの瑕疵(かし)-欠点-があると述べられた。一つは初めに結論ありき。二つ目は第一子優先。三つ目は女系天皇の導入。これらがもし実行されれば、神武天皇に繋がる現在の皇統譜や、神武天皇から更に神話まで繋がっている一つの家系、そしてそこからもたらされる権威がなくなってしまうと指摘された。こういう改正は日本の国柄を革命的に変更するもので断じて許されないと締め括られた。
ジャーナリストの櫻井よし子氏は、まず「有識者会議のあり方は民主主義に悖る」と批難された。有識者会議の結論が17回30数時間の短時間もさることながら、6回や3回も欠席した委員、時には20分で中座した委員など、日本の国柄の根幹に関わる国家の重大事を審議する重要な会合にこのような不真面目な態度は許されないと強く批判された。嘗て昭和天皇は四人続けて内親王様が御誕生になった時、当時の元老であった西園寺公望氏に「養子は取れぬのか?」とご下問になったエピソードを紹介された。昭和天皇でさえ親王様がお生まれにならないからといって皇位の継承を内親王様に継承させることをお考えなさろうとはされなかった。皇位継承とはそれほど重大な事柄であると語られた。
来賓挨拶は、自由民主党を代表して島村宜伸衆議院議員、民主党を代表して中井洽衆議院議員、最後に日本会議国会議員懇談会会長の平沼赳夫衆議院議員から行なわれた。平沼氏は、有識者会議の委員の中には皇室の歴史や法律に通じている方は僅か2人、また「どうして自分が選ばれたか分からない」という委員がいるなど、有識者会議の人選に疑問を呈された。そして男系による万世一系は「世界の宝」であり、これを絶対に守り続けなければならないと決意を述べられた。
このあと出席議員のお名前が披露された。国会議員本人の出席は86名、代理出席は78名、合計164名であった。また拙速な皇室典範改正の国会提出に反対する議員の署名が225名に達したことが電光掲示板で紹介された。そして主催者よりこの日の参加者数が「10,300人」と発表されると、場内は喜びで大きな拍手に包まれた。
この後、各界を代表して5名の方から意見表明が行なわれた。
最初に登壇された元インド駐日大使・現慶應義塾大学教授のアフターブ・セット氏は、わが国の歴史に触れられ、我が国の基礎は聖徳太子の時に築かれたこと、また日本の民主主議的な伝統は十七条憲法を基盤にしていることを語られた。そして日本はこれまで賢明な皇族に導かれ、国民は意見の一致に努力しながら、今日まで国づくりに努めて来たことを紹介された。
続いて台湾総統府国策顧問の金美麗氏は、61年前の敗戦よりも今度の皇室典範改正のほうが国家的危機であると述べられた。何故なら敗戦の時は神風が吹かなかったが、今度は神風が吹いた。紀子妃殿下の御懐妊である。世界には神話を持たない国や歴史の短い国が数多くある中で、日本は神話を持ち、2600年以上の歴史を持っている稀有な国である。しかもその中心には皇室があり、皇室は日本の宝である。皇室の伝統や日本の歴史を大切にすることが重要だと述べられた。
次に著書『天皇陛下の経済学』で有名なヘブライ大学教授のベン・アミ・シロニー氏は来日できなかったので、大会に寄せられたメッセージが朗読された。シロニー氏は、冒頭に皇室の伝統が廃絶されれば世界的な損失であると指摘された。男系による皇統継承は、ローマ教皇が男性に限定されていることやチベット仏教の最高指導者のダライ・ラマが男性で続いてきたこと、更にはヨダヤ教の祭司は三千年に亙り父から息子へ継承されている事実を挙げられ、皇室の伝統に対する理解を示されると共に、伝統継承の維持を訴えられた。
次に外交評論家の加瀬英明氏は、まず有識者会議には「皇室を敬う念」のないことを指摘された。有識者会議の「女系天皇の容認」の「容認」という言葉は、国民が皇室の上にいる感覚であり「不遜だ」と厳しく叱責。更に皇室問題は政治の問題ではなく文化の問題であり、歴史・文化問題を扱わずに議論した今回の審議会のあり方を批判された。そしてこの日上梓された三笠宮寛仁殿下の『皇室と日本人』のエピソードを紹介された。殿下は、この時期にこの本を出すことが政治的発言にならないかと慎重であられたが、法曹界を代表する方の意見を聴取されて許可されたことを語られた。
最後に若手を代表して、ノンフィクション作家の関岡英之氏より、子供たちは日本の建国も初代の神武天皇も全く知らない。しかし神話や日本の国の誕生、歴代の天皇様のことを語ると目を輝かせて聞き入る。日本の国の歴史、天皇様のことを知りたがっている。今の学校教育が教えないのであれば、親が教えなければならないと語られた。
この後、日本大学教授の百地章氏より大会決議文が朗読され、決議文は自民党の下村博文衆議院議員、民主党の松原仁衆議院議員に手渡された。下村氏、松原氏からは、それぞれ皇室典範の本来あるべき改正へ向けて努力していく旨が語られた。
最後に、前拓殖大学総長の小田村四郎氏の先導により、皇室の弥栄を祈念して高らかに聖寿万歳が三唱され、二時間に亙った「皇室の伝統を守る一万人大会」は盛会裡に終了した。
今大会は、主催者はじめ国会議員や何人もの登壇者から大会の盛会さに感動の賛辞が寄せられた。また、我が国の2600年以上続いた皇室の伝統を護持することなくして日本の将来はないとの正鵠を射た言葉と登壇者の決意が語られた、質の高い大会であった。しかし今大会の一番の成果は、この大会が「皇室の伝統を守る国民の会」の設立大会であったことと、この大会を機に皇室制度を検討する「国会議員の会」の設立が進められていくことが決定したことであろう。大会決議に
《皇位継承問題をはじめ、宮家の存続や拡充、皇族方の教育制度、皇室に課せられる相続税をはじめとする皇室経済の問題、皇室関係法規の不備など、皇室制度にかかわる解決すべき課題は山積している。これらの諸問題を抜本的に検討し、万世一系の皇室を磐石ならしめることこそ、いま国民に課せられた責務である》
と示されたように、私たち国民は戦後60年放置されてきた皇室制度に関わる様々な課題を解決していく責務が残されている。この大会を機に民間及び国会議員がその決意を新たにしたのである。世界に誇る皇室の伝統を守るために、ここに大きな第一歩が踏み出されたことを実感した。 (明)