25年余りに亙って私は学校経営を経験し、その中から感じ取った中小企業の経営ノウハウを不定期ながら紹介させて戴きたいと思う。同業の関係者の方々のご参考になれば幸いである。
尚、表現などが露骨な点はご寛恕願いたい。企業の生き残りは正しく戦いであり、戦いの中から感じ取った体験をお伝えすることを目的としたものだからである。
小規模の企業を経営していると「小さいが故の問題」に、それこそ際限がないほどに苛まされる。よくぞこれだけ悩みの種が出てくるものだと驚きを通り越して感嘆すら覚える。今回は、入社希望者の確保と採用についての判断基準について述べたい。
企業活動とは人事面から見れば、就職(就労)によって退職を補っていく無限連鎖の過程ともいえる。新人の流入に中断が生ずると、構成員の平均年齢の老齢化が徐々に進行し、もしこの点での打開が遅れればそのスピードは一気に加速する。長年にわたる新生児の激減により、我が国日本が全体として厳しい局面に向かいつつある中、独り企業だけが蚊帳の外にあることは無理な話である。では如何にして社業の興隆を図るべきか、意見を述べたい。
企業が新人を採用することは、「我が国風」に言えばちょうど花嫁を迎える心境に近い。それは企業という「家」に嫁いでもらわないといけないからだ。しかも前提としての交際期間がないために「お見合い結婚」に似ている。中小零細企業は大手と違って構成員が少ないために、「(会社の)水に合わない」人に入られたらそれこそ大変なことになる。経験から言えることだが、そういう人は例外なく早期退職(10年未満)している。
しかし問題はそれだけに留まらない。場合によっては、企業に相当の爪あとを残して去っていくこともある。その修復に3年から5年かかることすらある。
他人の家に嫁ぐ(=就職する)ということであれば、まずは己を徹底して空しくし、謙虚さを求めることにしている。新卒、中途採用に関わらず、この点における妥協は企業にとっては死だ。ここのところは、長く勤めてもらっている歴戦の現有社員に対して経営者が行なうべき大事な点であろうと思う。忠勤と人徳に対しては地位をもって、実力と功績に対しては恩賞(報酬)をもって待遇することが企業人事の鉄則である。その両者について未知数である新人に対しては、「今までの自分は捨てるように」と要求する。それは、全てを捨てることのできる者しか全てを獲得することができないからである。中小零細は一人ひとりが貴重な戦力であり、「全てを獲得することのできる人」のみを欲しているのである。
譬えを替えれば、新人社員は家族では新生児みたいなものである。まずは役に立たないうえに、絶えず周囲の力と保護を必要とする。新人が何でも一人前にやろうとする無鉄砲な懸命さは有り難いものの、新生児が当たりかまわず手にするものは口に入れるのと同様で親から見ていてハラハラさせられる。失敗すれば先輩や会社のせいにし、成功すれば自分の力と過信しかねないところも、子どもの成長過程と似ている。
もともと子どもは辛抱強く温かい心で抱え込んでいかなければ生きていけないし、家族の一員として成長することはできない。子ども(=新入社員)が家(=企業)を単位とする族(=仲間)の構成員として認知して貰うためには、お互いに守らなければならないルールがあることを理解させなければならない。教育には常に峻厳さが求められる由縁である。
一方、経営者の役どころは、まずは自らの事業体を小なりといえども入社したくなる会社に作り変えることである。次にそれを広く世に告知し、入社したい人(応募者)の流れを作ることである。第三には、作られた応募者の奔流の中からわが社(家族)の一員とするにふさわしい素材を見極め、内定することである。第四は、見極め内定した相手が十分に社風に合うかどうか、「お見合い結婚」故に設けることができなかった「交際期間」を計画的にしっかり設けることである。最後は、わが社にふさわしい立派な素材だと確認できたときに初めて試採用し、就労させる。
中小零細にとっての新人の採用は単なる作業員や人足の補充ではない。それはかけがえのない家族の一員を増やすことに他ならず、24時間一緒に暮らすことになるかもしれない末子(末娘)としての認知行為ともいえる。
とどのつまり、私たち中小零細にとっての新人の採用とは、
①素材の選定(仲間を選ぶこと)
②選定された素材の加工(仲間に加えること)
③加工された素材の商品化(仲間にすること)
そのものである。
中小零細企業の経営者は、素材発掘には大手以上の真剣さと情熱が必要であり、それが生命線なのである。 (亥)