goo blog サービス終了のお知らせ 

福之助の挑戦

「ファンタシースターオンライン2(PSO2)」で活動しております。

長谷川邸

2012-05-30 20:51:14 | 旅行記

今年の大型連休に長岡市にある、

「長谷川(はせがわ)邸」へ行ってきました。

ここは重要文化財に指定されている施設です。

長岡へ遊びに行く時、良く看板を目にするのですが、

まだ行ったことないんですよね~。

道が分からないので看板を頼りに見慣れた道を通りました。

岩塚製菓の飯塚工場を通り過ぎて山道を通ってる最中、

「だんだん山の中へ進んで行くな~。本当にこの先あるのか~?」

と車を走らせると、

「長谷川邸」が見えてきました。

近くの駐車場に車を止めて「長谷川邸」の周りを見渡しました。

P1000177_2

P1000178

P1000179

「始めて来てみたが、結構敷地が広いなぁ」

門を潜り受付で入場券を購入しました。

Img_0005

Img_0006_2

パンフレットを見ると建てられたのが、

享保元年(1716年)300年近く前に建てられた建造物でした。

後で享保元年というのを検索してみると、

江戸幕府8代目将軍徳川吉宗が将軍職に就いた頃になりますね。

重要文化財で指定されているのが、

  • 主屋(しゅおく)
  • 表門(おもてもん) 
  • 井籠蔵(せいろうぐら) 
  • 帳蔵(ちょうぐら) 
  • 新蔵(しんぐら) 
  • 附庭掘(ふにわほり) 
  • 裏門 
  • 宅地(周囲の堀を含む)

昭和57年6月11日指定にされたそうでした。

その後に、

  • 新座敷(しんざしき) 
  • 棟札一枚(むねふだ) 
  • 古文書3冊

平成3年5月31日に追加指定されたそうでした。

  • 井籠蔵(せいろうぐら) 
  • 帳蔵(ちょうぐら) 
  • 新蔵(しんぐら) 
  • 附庭掘(ふにわほり) 
  • 新座敷(しんざしき) 
  • 棟札一枚(むねふだ)
  • この辺は説明が面倒なので省略させて頂きます。

    (難しい専門的用語なので説明しきれない。)

    この時受付の人に、

    「写真撮影って大丈夫ですか?」

    と尋ねた所、

    「はい、大丈夫ですよ。ただ、奥にある掛け軸等は写すのはご遠慮願います。重要文化財なので。」

    と言われてしまいました。

    受付から通り、

    中がちょっと暗いですけどこのようなものがありました。

    P1000184

    P1000186

    かまど(かな?)です。

    結構大きいですよね。

    少し進むと座敷が見えました。

    P1000192

    P1000193

    P1000194

    P1000195

    「(奥にある掛け軸って、1番写したい床の間の所じゃね~か。)」

    ちょっと残念ですけど写真を撮るのを諦めました。

    P1000189

    P1000190

    P1000197

    P1000198

    P1000191

    この飾り、何だか分かります?

    これ「釘隠し」(くぎかくし)という飾りなんだそうです。

    長押(なげし)や鴨居(かもい)を取り付けた後、

    釘を打つのですがそのままだと見栄えが悪いので、

    このような装飾を取り付けて釘を隠す訳なんですよ。

    今風の一般住宅ではあまり見かけませんよね。

    これは「鶴」(だと思う)の形をした釘隠しです。

    他にも扇など色々な形をしたのも展示されてました。

    P1000199

    これは「蝋燭立」になりますかね。

    電気がない時代は、

    通路の「蝋燭立」に火を点けて周りを明るくしてたんですよね。

    P1000201

    P1000202

    「井籠蔵」(せいろぐら)の手前にこのような立て札を見つけました。

    P1000203

    P1000204

    P1000205

    説明文を読むまでは「床下収納」の蓋にしか見えませんよね。

    少し先に進んで床を見ると、

    「なんでここだけ色が違うんだろ?」

    と天井を見ると他とは明らかに違う作りがありました。

    P1000206

    P1000207_2

    これは天井裏へ出入りする為の扉で、

    横にスライドするんですよ。

    多分、この上に階段が上がっていると思います。

    昔の人は良く考えたものですよね。

    P1000208

    入り口に戻るとこのような立て札がありました。

    長さ13尺・巾3尺8寸・厚さ2寸5分「式台」と言われる板が取り付けられてありました。

    写真撮るの忘れちゃいました。

    欅(けやき)という木材の1つです。

    この長さを一般的な数字に直してみます。

    1寸⇒3.03cmになります。

    長さ13尺⇒3,939cm 

    巾3尺8寸⇒115.14cm 

    厚さ2寸5分⇒7.575cm

    重量は3435538.6845g⇒3.4㌧

    材木は欅(けやき)ですので比重を0.7に設定すると、

    2404877.07915g⇒2.4㌧

    になりますね。

    でもこれ作った当時だと瑞々しいでしょうので、

    その倍の4.8㌧になるでしょう。

    (計算間違えてなければこれで良いはず。

    「今は乾燥されてるとは言え、良くこんなの運んで来れたよなぁ。」

    P1000209

    建物の下は石の上に載っていました。

    中庭に出て建物を見ると、

    茅葺(かやぶき)屋根が妙な形になっていました。

    P1000210

    傍には仮設足場が設置されてました。

    気にはなってたのですが他を見回しました。

    P1000211

    P1000212

    P1000213

    P1000214

    ここは立ち入り禁止になってますねぇ

    P1000183

    P1000215

    P1000182

    奥に進むと「旧長谷川家収納品展示室」がありました。

    中へ入ると様々な展示品がありました。

    そのひとつに女優「一色紗英」サイン色紙と記念撮影の写真が展示されてました。

    映画「藏」を撮影するに当たり、参考としてここを訪れたものだと思います。

    当時、その映画の宣伝が至る所で見かけましたけど、

    考えてみたら、あの映画、未だ見てないですねぇ。

    少し見回して見ると、

    第2次世界大戦で日本の海軍指揮官「山本五十六」が当時の長谷川家の当主宛てに書いた書簡がありました。

    「こんな展示品、結構貴重だよなぁ。」

    さらに進むと、2004年10月23日に発生した、

    「新潟県中越地震」で被災した際、

    その復旧作業を写真付きで展示されてました。

    壁や土間が至る所でヒビが大きく入ったり、

    建物が大きく傾いたりと、

    いかに被害が大きかったかを物語ってました。

    曳(ひ)きや職人の方々が油圧ジャッキや角材で土台を持ち上げたり、

    左官職人が土間に鉄筋を敷き、採石混じりのコンクリートをポンプ車で流し込みながら、

    磨き鏝(こて)等で土間を平らにしている風景が撮影されてました。

    この復旧作業、49ヶ月(うろ覚えですいません)も掛かったそうでした。

    それが今では綺麗に修復されました。

    この「旧長谷川家収納品展示室」の受付の方に、

    「主屋」の裏側の茅葺(かやぶき)屋根の事を尋ねました。

    「あの屋根ってどうしたんですか?」

    「あれはですね、今年雪が沢山降り積もりましたでしょ?その雪で茅葺が抜け落ちたのですよ。」 

    「えっ?じゃあ、あれだけ積もったら、これだけの敷地の雪を除雪するの大変だったんじゃないですか 

    「そうなんですよぉ。」 

    「(そういや、表門から主屋までの道が雪で埋もれてた状況の写真が展示されてたなぁ。)」

    とそんな話で持ちきりでした。

    「長谷川邸」を出て少し歩くと、

    「三波春夫」の石碑がありました。

    P1000217

    P1000216

    P1000218

    実はこの「旧越路町」という地域は、

    歌手「三波春夫」の出身地でもありました。

    傍には歌の歌詞が刻まれた石碑があり、

    その隣にはスイッチとスピーカーが付いた石碑もありました。

    札には「マイクなどで録音しないで下さい。」と書かれていました。

    誰かそんなことやってるんでしょうねぇ。

    P1000219

    P1000220_2

    P1000221

    傍の記念館は入場無料となっていたので中へ入りました。

    「三波春夫」が地元消防団との記念撮影がありました。

    小生はなんかの拍子に、

    「世界の国からこんにちは」という曲は良く耳にしてましたので、

    その曲以外は存じませんけど、

    今まで出したレコードの表紙がずらっと展示されてました。

    「これが三波春夫の一番若い頃の写真なんだ。凛々しいなぁ。」

    一通り室内を見回り、記念館を後にして、

    この日の旅は終わりました。

    ではまた~。


    最新の画像もっと見る

    コメントを投稿

    ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。