ピアノ教室の生徒たち 「Sweet Child」

2018-08-23 22:48:23 | 随筆
バウムの両親は、ミャンマーからの移民である。 キリスト信者である彼らは、祖国での激しい弾圧から逃れ、今から25年ほど前に日本へ逃れた。 そこから、アメリカへ渡った。 バウムの姉と兄を含めた3人の子等はこの国で産まれた。 親達はミャンマーの言葉で話しかけるが、子供達は皆、英語で返答する。 若いころ、日本の自動車修理店で働いていたお父さんは、まだ日本語をおぼえていて、バウムにピアノを教えるために、毎週彼らの家を私が訪問すると、流暢な日本語で挨拶をする。

「先生、今日も暑いですね。 ひと雨降りそうです。」

今年の秋、大学生となる長女のリンと高校生の長男ルークも、昔は私の生徒だった。 

リンはかなり上級まで進んだが、歌うことのほうが好きで、ピアノはやめた。 美しい歌声に恵まれ、いつも笑顔で話す彼女からは、その性格のよさがにじみ出てくるようだ。 息子を持つ母親達が、頭を下げて、ウチの愚息と交際をしてください、と頼みたくなるような女の子である。  

ルークは天才的なピアニストで、クラシック音楽よりも、教会で賛美歌を弾くことに専念したいと言い、レッスンをやめた。 perfect pitch (絶対音感)の保持者で、姉のリンが即興で歌い始めると、その音を耳で拾って、伴奏をしたり、母親が台所で料理中、しゃもじで鍋の端をかんかんと叩くと、「Fシャープの音だ。」と言う。 (アメリカではドレミを使わず、A  から G までのアルファベットを使用する。)

それぞれ音楽の才能があるだけではなく、学校の成績もよく、スポーツも得意、という姉と兄を持つバウムは、世間一般の目で見ると、全く目立たない子である。 初めてレッスンを受けたのは今から5年前、6歳の時、祖母に手を引かれ、彼女の後ろに隠れるようにしてやってきた。 

丸いニコニコ顔を、少し緊張させてベンチに座った彼に、まずどのキーが、なんと言うアルファベットの名前か、ということから説明を始めた。 小さな子供達を持つ親達からよく質問を受ける。 何歳からピアノのレッスンを始めたらよいか、という質問だ。 何歳でもかまわぬが、アルファベットの A から G
まで、そして数字の1から5までを知っていたら、始めさせてもいいでしょう、と言うのが私の答えである。 キーを順番に並べると、

A B C D E F G
ラシドレミファソ

となる。

また、親指が 1で、2、3、4、そして、小指が5と、番号がついている。 それぞれの差はあるが、通常女の子達の精神的成長は男の子より早いので、早くて3歳。 男の子は、5歳か、6歳ごろがよいのではないかと思う。 (絶対音感を養わせたいのであるなら、3歳前に音の訓練を始めないといけない、それ以上年をとると、不可能である、と言う専門家もいる。)

キーの位置から見ると、A より C から説明を始めたほうがわかりやすいので、いつものようにレッスンを進めた。

「この真ん中にあるのが、C ですよ。」
「...。」
「では、C から隣に上っていきましょう。 (右側へ移動することを上る、左へ行くことを下る、と言う。) このキーの名前は何でしょう?」

D のキーを指して、質問をすると、バウムはう~、と言った。

「アルファベットの ABC を順に言ってごらんなさい。 C の次にくるのは何ですか?」
「う~...。」

これを数回繰り返した後、何かがおかしい、と思った。 私たちの後ろに座っている、おばあちゃんがイライラして孫に言う。

「D じゃないの。 C の次は、 D でしょう?」
「う、うん。 D ...。」

今度は、B のキーについて質問をするが、う~、としか言わない。 こんな調子で、レッスンを3週ほど続けたが、ついにおばあちゃんが言った。

「ミス フィー。 バウムにはまだ早いようです。 2年生になるまで、もう少し待たせたほうがいいかもしれません。」
私は、そうですね、と言ってその日のレッスンは終わった。

彼の親からは何も聞いていないが、バウムに learning disability (学習障害)があることは明らかだ。 何らかの障害を持った子の親達は、時として、教える側に説明するべきか迷う。 家族の秘密を知られたくない、という思いであろうが、レッスンを始める前に知らせてくれると我々は助かる。 何年も前に、軽い自閉症の子を教えたが、ただの我儘な子だと誤解した。 

その一年後、バウムのレッスンは再開されたが、歩みは著しく遅く、他の生徒達の2、3倍の時間がかかった。 彼の後からピアノを始めた子らがどんどん先へ進み、毎年秋のリサイタルの時にはバウムの名前を通り越し、彼より幼い生徒達の名前が、中級クラスの欄に名を連ねた。 たいてい後輩に先を越されると、自尊心を傷つけられ、嫌気が差すものだが、彼は一言も愚痴らなかった。 毎週ニコニコ顔でやってくる。 姉と兄が使い古して、しわくちゃになった教本を抱えてやってくる。 あちらこちらセロテープで修理してあるので、ページをめくると、がさがさと音がし、表紙は破れてどこかへいってしまった。 

この子を教えるときには、忍耐を必要とし、毎週苦労であるが、私は一度とて、彼を教えることをやめたいと思ったことはない。 なぜなら、バウムは 「Sweet Child」だからである。 sweet という単語は菓子などが甘い、という意味だが、アメリカ人は人の性格を表す際、好んでこれを使う。 心優しく、思わず抱きしめて、頬ずりをしたくなるような人のことを言い表すときに使う。 毎週、玄関の戸を叩くと、笑顔で開けてくれるバウムは、いかにも家族全員から愛され、大切に育てられたであろうと思われる優しい子だ。 まだ小学生なのに、よく気がつき、おばあちゃんに手を貸したり、母親の料理を手伝ったりと、人への気遣いが細やかである。 還暦となってから、さらにトイレが近くなった私に、レッスンが終わると、彼はいつも同じ質問をする。 

「ミス フィー、お手洗いは大丈夫?」

バウムの両親は、彼の sweet さは、イエス様からの贈り物である、と言った。

昨年、私は隣町へ引越したが、その後生徒達の家へ私が出かける、「出稽古」をすることになった。 秋のリサイタルが終わり、引越しと重なったので、私は肉体的にも精神的にも疲労困憊していた。 ずきずきする頭を抱えながら運転をしたが、ハンドルを握る手まで痛い。 この日のレッスンは、ある意味で、最悪のものとなった。 ゆっくりと説明を繰り返し、何回同じところを弾かせても、理解できない少年に、私はいらいらし始め、「だから、ここは...」と言う、自分の声が険のあるものに変わってゆくのがわかった。 鼻の頭に汗を浮かべて、バウムは、「う~、」だとか 「え~っと、」を繰り返す。 私の手には楽譜の音符をひとつひとつ指してゆくのに使う、鉛筆が握られていたが、ただのいらいらが怒りに変わった時、鉛筆の芯がぼきっと折れ、ピアノの本に穴が開いた。 私は、はっとして、折れた鉛筆の先を見つめたが、生徒の顔を見る勇気がなかった。 

「ご、ごめんね、バウム...。」

すると彼は言った。

「心配しないで、ミス フィー。 もうこの本はボロボロだったし。」

違う、そうじゃない。 本のことじゃない。 どうにかこうにかとりつくろって、レッスンを終えたが、早くこの家から出て行きたかった。 慌ててハンドバッグをつかんだ時、「それを言わないで...。」と心の中で願っていたことが、バウムの口から出てきた。

「ミス フィー、お手洗いは?」

お願いだから、優しくしないで。 お願いだから...。 やりきれない気持ちで、帰途に着いた。





 
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