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慣れと思い込みだけでは何ともならないこともある

2005-08-10 22:19:39 | 社会
高齢運転、家族は「危険」 本人「免許返納考えぬ」8割 (朝日新聞) - goo ニュース


ニュース内に書いてあるように、政府が『10年間で交通事故死者を5,000人以下にするという目標を03年に掲げている』のであれば、高齢者ドライバーへの対策のみならず、現在の道交法も更に改正すべきだろう。
なぜなら、道交法が、運転免許制度についても、指定自動車教習所についても、その教習所の教習指導員・技能検定員についても定めているからだ。(勿論、運転免許制度の所管や指定自動車教習所への監督指導や教習指導員制度の審査などは公安委員会が全て取り仕切っているが)

日本の運転免許制度は、他の先進国と比べるとかなり厳しい(料金の面でも)方である。
日本の運転免許の有効期間はゴールド免許でも5年であるが、アメリカは同じく5年なものの、イギリスは10年だし、フランスやドイツにいたっては生涯有効だ。だから当然、フランスやドイツでは更新もなく、その分の費用負担もない。
免許を取得するまでの講習・練習にしても、日本の場合は指定であれ非公認であれ教習所に行って教習指導員の同乗がなければ公道で練習することはできないが、アメリカ(州によって異なるが)やイギリスでは、免許保持者の同乗があれば練習可能だ。

勿論、道路事情交通事情を考えれば日本がある程度運転免許に厳しくなるのは致し方のないことだが、その割に事故は少なくないしドライバーの意識も余り高くは感じられない。
ドライバーになろうという人間のマナーや人間性については教習でどうにかなるようなものではないが、教習所の画一的で融通のないカリキュラムや教習指導員の質にも問題がないとは言えない。(教習指導員・技能検定員の資格を取るのは実際かなり大変な筈なんだが)

ペーパードライバーでないドライバーなら誰しもうなずかれるろころだろうが、教習所の教えるように法定速度を遵守していたら却って交通の流れを妨げて危なくてしょうがないし、「キープレフト」にしたって、道路の構造(排水のため中央が高く端にゴミが溜まる)や視野の確保を考えたら実際ウソっぱちだってのはすぐに分かる。

私の卒業した教習所は都心部にあって、「指定自動車教習所卒業者の初心運転者交通事故状況」の東京都の統計では常にトップクラス、つまり免許取得後すぐに運転を始めて事故を起こす人間が少ない、指導員も比較的厳しい教習所だったのだが(*注1)、それでも仮免の実技検定でびっくりするようなことがあった。
センターライン超えっぱなし、ハンドブレーキかけっぱなし(解除し忘れ)、クランクでは後輪乗り上げ・・と「大丈夫この子?」と他人事ながら心配してしまうような女の子が試験で私と同じ車だったんだが、何故かスンナリ(?)通っていたのだ。試験場での一発技能試験ではなく所詮教習所での仮免とはいえ、定められている基準が低過ぎるのか指導員の恣意がかなり入っているのかは分からないけど、あれだけ基本ができていなくて通すのはちょっと酷い。
教習所の方も、懇切丁寧に1人の生徒に付き合ってる余裕はなく、回転率上げてさっさと卒業させなければいけない経営の事情ってのもあるんだろうが、人命に関わる資格なだけに、制度的に教習所がそうせざるを得ないのであればそれは制度の欠陥と捉えられなくもないだろう。


で、表面上の制度と実状とを鑑みて、本当に日本の運転免許制度が厳しいのか、厳しいにしても実際それに見合った効果があるのかには疑問を抱かざるを得ないが、私は高齢者ドライバーも含め、もっと合格基準や更新の制度を厳しくしてもいい、いやすべきだと思っている。
そもそも、現行の更新制度は、取って付けたように更新時に講習を設けてはいるけれど、ドライバーとしての能力・適性を維持できているかどうかの検査は簡単な視力検査のみで、手数料目当てなのがみえみえだ。資格を更新する本来の目的を考えれば明らかにおかしい。

「認知」→「判断」→「操作」(修正)のサイクルが運転では必要だというのは教習所では皆習うことで、これは殆どのスポーツにおいても同様のことが言えるが、その中でも「認知」に属する視機能は特に重要だ。人間は外界の情報収集の約8割を視覚に依存しているらしいが、スポーツの分野でもその重要性を認識して「スポーツビジョン」という、スポーツにおける視力の研究が進んでいる。

一般に「視力」といえば視力検査の時のみの「静止視力」のことを指すが、他にも主に、
☆動くものに眼を追従させる「動体視力」(水平方向に移動するのを見極めるDVA動体視力と、遠方から一直線に近づいて来るものを見極めるKVA動体視力がある)
☆素早く視線を切り替え目標物を補足する「眼球運動」
☆瞬間的に、目標を見極め知覚する「瞬間視力」
☆目標物に対する距離感を図る「深視力」
☆広い視野を確保する「周辺視野」
など、スポーツに必要な視力には様々な種類があり、レーサーになる訳じゃないにしても「運転」も全く例外ではない。

タクシードライバーなど1日中車に乗る職種であれば、多少視力が衰えていてもパターン認識や上記のサイクルの慣れによってある程度補えるが、加齢によって視力全般のみならず反射神経も衰えるのは明らかなことで、更新時に最低限の静止視力を測るだけで済ませるのはどう考えても「危険」極まりないのだ。

別に年齢で一律に返納制度などを設ける必要はないが、1tもの鉄の塊を高速で走らせる危険性というのをもう一度行政も乗る側も再認識すべきだろう。特に、歳を重ねれば重ねるほど「頭の中で自分が思い込んでいる年齢とその能力」と実情には隔たりが出るものだし。
「衰え」を認めたくない気持ちは私も老齢になればしっかり理解できるんだろうけど、だからと言って周囲を危険に晒していいってことにはならないですからね。


*注:
(1)
私なりに、その卒業した教習所が結構優秀な理由を考えてみると、単純に「都心部にあるから」という要因が最も大きいと思う。何故なら、第二段階の路上教習では当然交通量が激しく多い、道も狭い、車道を走ってる自転車や横断歩行者も幾らでもいる中を走らされるので、自然に慎重に走らざるを得ないからだ。