南大東島には商店街は有りませんが、歓楽街は有りました。ただし、200メートル弱の短い距離ですが。昼間の歓楽街は写真にあるとおりの姿です。喜作という料理屋が歓楽街の入り口で、ここから道の左右にスナック、居酒屋がポツポツと並んでます。以前は砂糖きびの収穫の時に来島した季節労働者や、工事現場に派遣された建設作業員などを相手にして、歓楽街には32軒の飲食店が開業していたそうです。その時には「大東村社交組合」という組織も結成されて業界はおおいに賑わったそうなのですが、人口が減少し、若者達が以前ほど酒を飲まなくなったので飲食店で開業しているのはスナックが4軒ほど、居酒屋が3軒ほどに激減してしまいました。組合は解散し、昔の面影が無くなってしまった、と或るスナックの経営者は嘆いていました。
写真にあるスナック「レナ」は、一見すると営業しているように見えますが、現在は休業していました。似たような形態で休業している飲食店は多数見かけられますが、その大半が住居と兼用していて、何かの社会状勢の変化で酔客が増えるような時期が来たら再開するのでしょう。東京の飲食店のように、家賃を払って経営しているのではないため、客が増えてきたらその時にまた開店すればいいのです。客が少なくなったら一休みするだけのことです。
なお、どこの飲食店もメニューはありませんでしたが、飲み代は統一されたように同じでした。スナックではビール、焼酎、水割りなど何でも1千円均一でした。ただ、島のスナックは付き出しが無料となっているのがルールなんだそうです。「付き出しがタダなのだから居酒屋よりも安いヨ」とスナックのママが力説していました。スナックではボラれることは皆無ですが、東京の下町のスナックに比べると少々高いのでは、と思われました。なお、居酒屋ではビール類は5百円程度のようでした。
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