ひだまり

65才を過ぎて、ゆっくり人生を歩みたい・・・

孫・ハニーちゃんとの夏休み

2015-08-24 15:59:07 | 日記

              

 小学4年生になった孫ハニーちゃんの待ちに待った夏休み ・・・

前半の何日かは パパの実家の白馬へ・・・ ここでは 最近までペンションを経営していた

おじいちゃんとおばあちゃんと お子さんが3人いらっしゃるパパの妹さん家族と過ごし

 

賑やかに楽しく過ごしたようでした

我が家には 12日からママとやって来ましたが パパは お仕事が休めないらしく ママのいる間

我が家から東京までの通勤となりました

 

15日には ママとパパは帰りましたが ハニーちゃん一人残り ば~ばと1週間過ごす事に

なりました

マタマタ 老体鞭打って頑張らなくては・・・

 

お食事は出来る限り ハニーちゃんの喜びそうなものを 体に良さそうなものを・・・ 

日中も出来るだけ退屈させない様に厚かましくも 私のお孫さんのいるお友達のお家に

遊びに行ったり 近くの陶芸教室に連れて行ったり・・・

 

週末には 二女が来てくれたので ちょっと足を延ばして ひたちなか海浜公園へ・・・

その足で 近くに住む 私の一番上の姉の家に寄らせて頂いたり 最終日には

つくば市のねぶた祭りに連れて行ったり 忙しい1週間でした

 

お陰で ハニーちゃんもなかなか 満足の滞在だったようで 昨日元気に帰って行きました

 

             

 

 

 

 


2015年・お盆

2015-08-12 11:14:09 | 日記

 

猛暑日連続○○日と 毎日テレビで報道される中 熱中症にはならない様にと 日々奮闘しながら

とは言っても 室温に気を配り 水分を取る事を忘れず バランスの良い食事を取って 良い睡眠

休養がとれる様 程々 体と頭を使って・・・なんて言うのが高齢者の私の日常です

 

お陰さまで 何とか 体調を崩す事もなく 今日は これと これをしようかなあ・・・と考えた事を

こなせています

今日は 長女とハニーちゃんが 我が家に来る事になってます

 

掃除や食料など 買い物は昨日の内に済ませているので 今朝は とりわけ早起きする事もなく

のんびりとした 心地良い目覚めを頂きました

 

何故か 目覚めと共に 携帯の昨年の今頃の 子供達との 父親の病状についての

メールのやり取りに目が止まり じっくりと読み直しておりました

4人の子供を残して 20年前に離婚をした元夫は 昨年9月23日に 癌を患い

 

闘病6か月でこの世を去りました

つい 先日8月9日に 父親の弟妹達と 子供達で1周忌の法要を済ませたところです

明日13日には ご先祖の御霊と共に お宅にお帰りになる事でしょう

 

それにしても 昨年の今頃は 厳しい末期の闘病の最中で 本人の苦しみ計りしれないものが

あったでしょうし 子供達も 遠方より 足しげく通う見舞いの中 両親が離婚をしている現実には

多くの心労があった事と メールを読み返して感じとりました

 

しかし 有難い事に 叔父 伯母である弟妹も 理解ある対応で 葬儀を執り行ってくれ

きっと きっと 仏様も 喜んで成仏してくれたものと 信じております

 

この 親を見送ると言う一大事に関して 半年間続けられたメールのやり取りから

改めて 子供たちが 立派に成長してくれた事に 授けてくれた父親と 周囲の多くの方々に

感謝の思いひとしおです 

 


戦後70年・・・

2015-08-02 09:36:42 | 日記

今年は戦後70年・・・ 私は 台湾生まれで 今年 もうすぐ来る9月の誕生日で72歳・・・

戦争時代の記憶というのは 全くありませんが 最中は 2才に満たない赤子と

上の兄 姉を引き連れて 戦火を逃れて 山手に逃げ廻った そして 母親は 栄養不足の為

 

お乳が出なくて 困った 重湯を飲ませた話など聞かされた記憶がかすかに残る

やがて終戦となり 父親より一足先に 母が6人の子供を引き連れて 木の葉のように揺れる船に

押し込まれて 限られた荷物のみを持ち 引き上げ 母親の実家に 身を寄せ お世話になった

 

程なくして 私達家族だけの家に引っ越し 家族の生活が始まった

その時分は 家族で住まえる家があっただけでも 十分幸せであったと思うが

今の時代の子供達に見せたら それは 相当お粗末な貧乏やだった

 

おまけに 遅れて引き揚げてきた父親は 程なくして 肺結核であることがわかり

不治の病と言われた肺結核と戦う中 母親が 過労で倒れ 突然帰らぬ人となり

その後を追うように 4日後 父親も 力尽きて 帰らぬ人となったのでした

 

その後 当時6歳私は 姉 兄達の愛情を一杯に受け 余り淋しい思いも 貧乏故の辛い思いも

感じずに 過ごしておりましたが 今思うと 姉 兄達の苦労は半端ではなかったと思います

何しろ 当時長姉24歳・一人だけ県庁に勤める給料で 学生の弟・妹達を養っていたのですから。

 

お陰で 学校にも行かせてもらい それぞれが 良き仕事 と良き伴侶に巡り合い

今の時代に より普通の生活が出来ている事に 命の尊さと 今までに頂いたご恩に

限りない感謝を新たにいたしたところです

 

私は 23歳で 両舅のいる所に嫁ぎ 機会ある度に 戦争に行った頃の話を聞かされました

ある時は 「ああ~~ 大変だったんだな~」 と感動して聞いたこともありましたが

若き忙しい時代は 「 ええ~~ 又戦争の話か~」 と早くその場を逃れたい気持ちで

 

聞いていた事もありました

今年は 完全に テレビ独占の今の生活です 毎日 戦後70年の報道 ドラマ 映画を

じっくりと観賞し 過ぎこし先人の事を思い 話を思い出し あの時 もっと おじいちゃんの話を

 

聞いておけばよかった もったいなかったとの思いしきりです

決して繰り返してはいけない みじめな戦争 そして 平和が続けば こんなに 経済も発展し

豊かな生活が出来る事 命あってこそ その喜びを感じられる事を思いながら

私の 微々たる経験を 少しでも伝え残して行きたいものです